30.初デート(2)
「季節の色ね~。使いようによっては、ロマンチックな話になりそうだけど」
菜都芽が笑いながら、ピザを食べている。
時々「おいしいよ、食べたら」というが、別段実香が食べようとどうしようとあまり関係はないのだ。
「他には、どんな話をしたの?」
「他に? 名前の話とか」
「名前?」
福間天馬。語呂が良すぎる気がするその名前の由来は?
実香は天馬の名前に興味を持ったのだ。
「あぁ、別段たいした意味はありませんよ。親が天を駆ける馬のように、俺が偉大な人になってくれたらいいということだったらしいです。
ところが、この語呂が良すぎる名前のおかげでいじめにあったんですけどね」
小学生の頃には、名前が原因でいじめにあうということはよくあることで、天馬も例外ではなく、いじめの的となった。
「それは……。辛かったですね」
実香は幸せなことに、いじめの対象に選ばれたことがないのだ。
それゆえ、いじめにあった人の気持ちが分からない。
「そうですね。辛いと言えば辛かった。我慢に我慢を重ねて爆発しました。
あの時は、自分にあんな力があるなんて思いませんでしたから」
「あんな力?」
「俺は体も細くて、力なんてなくて、どちらかと言うと暗い性格だから。
友達も少なかったんです。でも、人間キレルと思わぬ力が発揮されるようで、学校で相手を叩きのめしてしまったんです」
「へぇ……」
「実際、相手をどうやって叩きのめしたのかは、覚えていないんですけどね。そこの部分は記憶がないもので」
と言いながら、鼻の頭をぽりぽり。
(これが、この人の癖なのね)
実香は心が温まってくるのを感じていた。
始めてこの癖をみたときに、妙な安らぎを感じたものだった。
「実香さんは、いじめとかは?」
「私は、いじめにあったことはないんです。もちろん、おかしな名前ですから、いろいろと言われましたけどね」
「おかしい? おかしいかなぁ……。可愛い名前だと思いますが」
天馬はまっすぐ前を向いて、じっと考えると、おもむろに実香を見て言った。
その考え方も、首を斜め前に傾けて考えるのだ。
見ていると首がそのまま落ちるのではないかと思ってしまう。
「それは、実香と言う名前だけなら、いいかもしれないけど……」
小学生の頃お約束のように、自分の名前の由来を親に聞いてくる、という宿題が出された。
実香は自分の名前がどんな意味を持っているのか、わくわくしながら親に聞いたものだ。
いや、最初は何も考えていなかったというのが本当なのだ。
と言うのも、この宿題が出されたときに、友達から
『実香ちゃんは、きっと綺麗な香りがする人になるようにって、つけられたんだろうね』
と訳の分からないことを言われたのだ。
それが、大いなる興味へと進化し、学校から帰ると瞳を輝かして母親のエプロンの裾をつかみ、問いただしたのだった。
「お母さん、実香の名前はどうして実香ってつけたの?」
小学生でありながら、名前の由来についてだけは、しっかりと覚えている。
それは、あまりにもインパクトがありすぎたからかもしれない。
「名前の由来?」
母はじっと実香を見ると、大量に持っていた洗濯物を畳の上に置いた。
「由来ねぇ」
「うん、何で?」
「聞かないほうがいいと思うんだけど」
そうは言うものの、母の口がアヒルのような形になったのだ。
この口をするときは、話したくて仕方がないという合図なのだった。
実香はじっと母が話し出すのを待った。
母は洗濯物をたたみながら、含み笑いをすると、話し出した。
「実香の誕生日は秋だよね」
「うん」
「秋に美味しいものと言ったら?」
「……栗!」
「うん、うちの苗字と同じもの」
「柿?」
「そう! お父さんとお母さんは、とっても一生懸命に考えたの。
秋でしょ~。苗字は柿野でしょ~。で、ひらめいた! しかも、二つの由来」
母は楽しそうに、思い出し笑いをしながら続けた。
「それはね。『柿野実香』をどこで切って読むか。『柿野実 香』」
「え? 切るとこ違うよ」
「そうだけどね。とりあえず、『柿野実 香』で意味は「柿の実がいい香りだ~」って言う意味」
「え……。それだけ?」
さすがに小学生の実香も愕然とした。
まさか、自分の名前が「柿の実がいい香りだ~」って酷すぎる。
「それだけじゃないわよ。失礼ね~。もうひとつは『柿野 実香』」
「それが実香の名前だよ」
「そうそう、これがね~……ククッ」
さすがにここまで来ると、母の笑いが恐ろしくなってきた。
しかし、最後まで聞かないと宿題にならないではないか。
実香はじっと母を見つめた。
若干涙目になっていたと記憶しているが、母は覚えていないだろう。
「読み方よね『かきの みか』と読まないで、『かきのみか~』って読むと、凄く残念そうでしょう」
と言って、大笑いした母だった。
その母を見て、こんな宿題を出した先生を恨んだ実香だった。
「なるほど、なかなかシュールなお母さんですね」
話を聞き終えて天馬が鼻をぽりぽりしている。
さすがに、この話を聞いて夢物語を語ることはできないだろう。
現実なんてこんなものだ。
「でも、素敵なご両親です」
「え?」
どこが素敵なのだろう。
ここまで子供の名前で遊べる親が素敵だとは、到底思えないのだが。
「それだけいろいろなことを考えてくれたのですから、実香さんに向ける愛情の深さを感じます」
その言葉が冗談であってくれたら、天馬という人間を少しは普通の人だと思えたことだろう。
しかし、残念ながら彼は筋金入りの【変人】のようだ。
「私さぁ、この話をして両親を褒められたの、始めてなんだけど」
目の前で、菜都芽が大笑いしている。
しかもむせるほど笑うとはどういうことだろうか。
「ごめんごめん。また、変なヤツに恋したものだねぇ」
確かに、かなり変なヤツだ。
それでも、惚れてしまったのだから仕方がない。
「で、今回のデートは散歩して、夕暮れにはさよならしたわけだ」
「そうよ、そうそう。クリスマス・イヴのデートが子供と同じ時間にバイバイするって、最高だね」
「そりゃぁ、かなり健全な青年だわ」
「健全すぎるでしょ」
「おかげで私は楽しいクリスマス・イヴだけどね」
ピザにワインにサラダ、そして最高の会話。
今年ほど、楽しめたクリスマス・イヴもないだろう。
「イヴはいいとして、明日はクリスマスだよ。彼氏がいるのに、クリスマスは結局ひとりかぁ」
「家族がいるじゃない。楽しいお父さんとお母さんが」
と言うと、笑いを堪えきれず爆笑する菜都芽だった。




