28.コーヒーと天馬(2)
いつもと変わらない時間が流れ、いつもと同じように日々が重なっていく。
そうしているうちに、何かが吹っ切れたように連の表情が明るくなり、元のKYが戻ってきた。
最近は店長の口癖が『青春だね~』に変わってきているのが、多少聞き苦しいのだが。
機嫌が良いので、そこは敢て誰も突っ込まない。
さて、実香さんが衝撃の告白をしてから二週間が過ぎようとしていた。
彼女の今までの経験からして、告白の次はデートと相場は決まっているものだが、どうしたことかメールのやり取りも、実香がメールしたことに対して、返事が返ってくるくらいだ。
しかも、いつまでも敬語のままなのだから、実香のほうもどう会話を展開させて良いのか分からなくなる。
巷のクリスマスムードと反比例して、実香の心は戸惑い、天馬の腑に落ちぬ態度に食傷気味になりだしていた。
店に来ても、にっこりと笑いかけてくれるだけで、それ以上の会話がない。
言葉を掛けてくれることがないのだ。
実香の方から、声を掛けても聞いたことに対して返事をするだけで、会話が途切れてしまう。
実香はこの不思議な天馬の行動に焦りだしていた。
かつての恋人たちとかけ離れすぎている。
メールで『お店に来たときに、何も話しかけてくれませんね』と書けば『あなたの仕事の邪魔にはなりたくありません』と来る。
思慮分別のある人だと尊敬の念が湧くが、今は止めといて欲しいと言いたくなる。
しばらく考え込んでいた実香さん。
このままでは、何も進展しないと判断した。
そしてある日、北風が窓を叩く午後に、実香の作戦は決行された。
「珈琲を」
そう言って笑った彼に、湯気のたつコーヒーを持っていく。
テーブルにカップを置くと、実香は天馬の前に座り込んだ。
「実香さん、仕事は?」
実香の行動に驚いた天馬は、目の前に座った実香に聞いた。
「すぐに戻ります。天馬さんと少しだけ話ができたら。メールではなくて、顔を見て話しがしたいから」
「そういうことですか」
そう言うと、実香のとっぴな行動に多少驚いたようだったが、頷いて笑ってみせた。
「単刀直入に聞きますが、私たちはお付き合いをしているのでしょうか?」
この実香の切り口上に、耳をダンボのように大きくしていた連が、目を大きくしてひとつのテーブルを凝視した。
天馬は楽しそうに笑みを浮かべると『もちろんです』と頷いた。
「よかった。天馬さんの中では、私たちはお付き合いしているということになっているのね」
「おかしなことを言いますね。実香さんから嬉しい言葉を聞いた日から、俺はずっと実香さんと一緒にいたつもりですよ」
「ここにいるときは、お客とウェイトレス。
家に帰ってメールをしても敬語で、私には天馬さんが理解できません」
「そう言う実香さんも敬語なんですが」
そう言いながら笑って鼻の頭を掻いている。
確かに自分も敬語であることは、実香も認めるところだ。
しかしそれも、天馬が敬語で来るからしかたなしに敬語で会話しているようなものだ。
恋人同士のはずが、敬語で話すなど実香の恋愛倫理にはありえないのだ。
「それは、天馬さんに合わせているからです」
困ったと言いながらも、全く困った様子が伺われない。
それどころか、実香と話している天馬は、とても楽しそうなのだ。
「天馬さん、プライベートでゆっくりと会いたいのですが……」
「いいですよ。いつがいいですか?」
「天馬さんの都合に合わせます」
「俺はいつでもいいんですが、ただ実香さんの思うようなところへは連れて行ってあげられません」
「私の思うようなところ?」
「女性が好みそうな場所やドライブ、おいしいものを食べたり、何てことも俺には無理なんです。とても言いにくいのですが、俺は売れない作家です。
貧乏神と友達のような生活なんです」
「分かってます。別にどこへ連れて行って欲しいわけではありません。
ただ、ゆっくりと話がしたいの」
「良かった。女性はどこかへ連れて行って欲しいのかと思っていました」
心底安心したのか、満面の笑みを浮かべている。
(なんだ、そういうことだったのか。お金がないから、誘えなかっただけなのか)
実香は納得したと同時に、ほっとしていた。
相手が誘ってこないのは、自分に魅力がないからではないかと、いつになく自信を失いかけていたのだ。




