表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/73

26.恋する実香さん(2)

「菜都芽も恋をすればいいのに」




 昨日まで同じ仲間だったはずの実香さんだが、恋をゲットした今、上から目線だ。




「恋ねぇ……」


「そうよぉ。恋よぉ。仕事ばかりしてたら、気がついたときには女性としての貴重な時間が過ぎてるかもよ」


「貴重な時間ねぇ……」




 どうも、菜都芽の言い方には、なにやら含みがあるようだが、今の実香には何も見えないようだ。




「そそ、恋は人生を明るくするわよ~。久しぶりに、髪の毛トリートメントしちゃったし」




 と、肩まで伸びた髪を五本指で梳いて見せた。




「なに? 今までトリートメントしてなかったの?」


「ここまで念入りにやろうって気は起きなかったわね」




 何を言っても笑っている実香に、ため息交じりの菜都芽だ。




「ふ~ん。実香をそんなに変えるだけの人って、どんな人なんだろうねぇ。

なんだか、興味が湧くわね」


「不思議な人よ~。あれは、天使よ」




 と言うと、大きなぬいぐるみに顔を埋めると嬉しそうだ。


 そんな実香を、喜びと哀しみの両者を伴う複雑な表情で見つめる。




「良かったね」


「そうね~」


「幸せそうだね」


「幸せだよ。ていうか、彼を好きだとは思わなかったんだけどね。

彼に会えなかったことで、やっと自分の気持ちが分かったみたい」


「へぇ……」


「学生の頃とは、全く違うんだよね。というより、今までの相手とは全く違うのよ」


「天使だから?」


「そうかもしれない」


「その、天使っていうのが理解できないけど」


「店内に差し込む光の中で、一人静かにパソコンに向かっている彼を見れば分かるよ。あれは、まさしく天使の姿なのよ」


「という、実香のイメージね」


「そうやって、現実を見せないでよ」


「現実を見たときに幻滅しなといいわね」


「菜都芽も恋をしなさい」




 今日の実香は勝者の笑みを浮かべている。


 それが、菜都芽を傷つけていることに気がついていなかったのは、仕方のないことなのだが。


 いつもは、自分が上の立場の菜都芽だけに、フリーターの実香にこうまで言われると、面白くないばかりかヤキモチさえ感じられるのだ。




「恋ね。はいはい、実香も成長できるといいわね」


「成長? そうね、恋を重ねると女は美しく成長するからね~。

でも、さすがに最後の恋にしたいけど」


「最後の恋って、相手は夢を食べて生きるバクみたいな人じゃない。

そんな人と人生を共に生きようって?」


「そんなことまで考えてはいないけど。

でも、彼といると本当に落ち着くのよ」




 恋する女に何を言っても無駄だと言うことで、菜都芽は『明日も仕事だから、帰るね』と立ち上がった。


 実香は満面の笑みで、ぬいぐるみを抱いたまま玄関まで見送ってくれたのだった。

 



 車に乗り込む。


 キーを差込、セルを回す。


 菜都芽は深くため息を吐いた。


 実香が告白したと聞いて、相手はどんな人なのか興味をいだいた。


 浅はかな興味に突き動かされて、仕事がある身でありながら車を飛ばして、惚気を聞きに来たのだ。


 自分の愚かさに笑いがこみ上げて来る。




「何をやってるんだろう。私は実香に何を求めてきたんだろう」




 そんな呟きが、車内に流れる軽快なリズムと重なる。


 菜都芽は再度大きなため息を吐くと、車をスタートさせた。


 菜都芽を待つ、明日という仕事へ向かって車が走り出した。


 


 明と暗。

 



 そんな菜都芽の重い心も知らず、実香はベッドの上でケイタイを握り締めていた。


今日という、記念すべき日を握り締めるように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ