25.恋する実香さん(1)
この世に生を受けて二八年。
かつて一度だけ恋愛らしきものをしたことがあった。
あの時も、彼女からの突然の告白を、快く受け愛されるままに愛した。
自分から女性にアプローチすることが不得手な彼は、常に受動態で恋愛と向きあってきたのだ。
恋を失ってから十年。
彼はこの十年を、小説を書くことに費やしてきた。
それは、愛した女性との優しく切ない恋を忘れないように、あのときのきらめきを書き続けてきたのだ。
彼は今、PCに向かい新たな恋物語をつづり始めようとしていた。
大いなる野望を抱く、究極の草食系男子。
それが実香の恋人、福間天馬である。
天馬は、小さな明かりだけを点けた薄暗い部屋で、PCに向かっていた。
なんとも根暗チックな彼は、電気代節約にいそしんでいるのだ。
なぜそれほどまでに節約しているのかと言えば、彼の野望が作家になることだからだ。
その野望のために、定職につかず日々小説を書き続け、出版社へ送るという挑戦を続けてきている。
しかし、それも現実的には経済の困窮を招き、バイト三昧の四日間を過ごしたわけだ。
根暗マンな彼は、日雇いの引越し屋業務で疲れ果ててはいたが、少ない金を手にすると、これでまたあくなき野望へ向かって前進できるとほくそ笑んだ。
しつこく言うが、彼は人生をスタートさせて二八年経っている。
つまり、二十八歳にして未だフリーターと言うわけだ。
「へぇ、同じフリーター仲間じゃん」
ひとしきり聞き終えた菜都芽が、さすが似たもの同士が出会うものだ、と大きく頷いた。
「フリーターだけど、彼は夢を持ってる」
「へぇ、恋愛キラーの実香が、そんな青臭いことを言うとはねぇ」
「恋愛キラーってねぇ。菜都芽だって同じじゃん」
「私は大人だからぁ」
そう言いながら、胸を張って見せた。
確かに同じ年齢ではありながら、社会の中でもまれ続けている菜都芽と、学生のバイトと変わらぬ生活をしている実香とでは、責任のありようも違ってくる。
結果、おのずと思考パターンも変わってくる。
スタートは同じ大学であっても、片や社会人、片や学生気分の抜けぬフリーターだ。
「大人ねぇ。恋を忘れたカナリヤでしょ」
「恋を忘れたカナリヤ?」
「大学の頃は、恋愛を楽しんで綺麗な声でさえずっていた菜都芽さんも、社会という鳥かごに入れられ、さえずることさえ忘れてしまった。もとい! 止めてしまった」
「うまいこと言うね。うまいこと言うけど、失礼だね」
失礼だが、真面目にうまい。
実香さんにそんな発想がでてくるとは、やはり恋とはすごいものだ。
「それにしても、告って速攻そこまでリサーチするって、さすがだね」
「その場で聞いたわけじゃないわよ。メルアドだけもらったのよ」
「なるほど、逃がさないためには必要なアイテムだ」
「だから、失礼だね」
「ケイバンもゲットしたの?」
「赤外線でプロフをそのままもらったから。とりあえず、ケイバン、メルアド、年齢、誕生日、名前と住所は分かるよ」
「告られてすぐに、そこまで個人情報を流していいのかねぇ」
「そこはあまり考えてないんじゃないの。ていうか、付き合うんだからいいじゃん」
「付き合ってみて、厄介な女かもしれないじゃない」
なるほど、そう言うこともあるかもしれない。
「あのねぇ、私のどこが厄介なのよ」
「実香がって言うんじゃなくてさ。そういう人って、誰でも簡単に信じちゃうのかなって思っただけよ」
「純粋なのね~」
「ダメだ。恋する女は異常注意報だ」
「異常ってさぁ」
菜都芽さんもお上手。




