24、天使にラブコール(2)
こういう話は直接話したほうが良いのは分かりきっている。
実香は大きなクマのぬいぐるみを両腕に抱えると、幸せ一杯という感じにベッドに倒れこんだ。
その顔は嬉しさの絶頂を表していた。
一時間もすると、外に聞き覚えのあるエンジン音が聞こえてきた。
窓から顔を出すと暗闇に赤い車が止まっている。
どうやら、菜都芽がすっ飛んできたらしい。
「好きだね~」
クマのぬいぐるみに向かって話しかける。
完全に頭のネジが外れているように見える。
それから三分後には、実香の部屋に座り込んでいた。カップラーメンと同じ速さだ。
「で! 何が起こった!」
聞いてくると言うよりは、尋問口調だ。
それもまぁ、二人の関係だから許されることなのだが。
ベッドから下り、ぬいぐるみを抱きしめたまま、ベッドに背を預ける形に座る実香。
Gパン姿の菜都芽は、実香の前で胡坐を掻いて詰め寄る格好だ。
そんな対照的な二人の間には、女性らしく菜都芽がお土産に持ってきたケーキが置かれている。
傍から見たら、なんともこっけいな図だろう。
「ちょっと待ってよ」
笑いながら実香が答える。
「それより、明日の仕事はいいの?」
いつも『明日は仕事だから』と逃げるように話を終わらせる菜都芽が、夜だと言うのに車を飛ばしてやってきたのだ。
しかもこれから話をするわけだから、明日の仕事に支障をきたすのではないのかと、実香は思わなくもなかったのだ。
ただし、本気で菜都芽の仕事を心配しているわけではないのだが。
「明日があるから、さっさと話してよ!」
「だったら飛んでこなくてもいいのに~」
「いいのに~ じゃないでしょ! あんな前振りされたら、だれだって生ライブで聞きたくなるわよ!」
「じゃ出演料もらおうかな」
「ケーキ持ってきたから終わり。早く話せ!」
さすがにこれ以上引っ張ると、つかみかかられそうだ。
実香本人にしても、聞いて欲しいわけだから電話したのだ。
しかし、嬉しすぎて、そう簡単にすべてを話したのではもったいないと言うものだ。
なんてことは、菜都芽には内緒だ。
「あの時はね、自分でもよく覚えていないんだけど――」
彼が店のドアに向かったとき、実香の頭は真っ白になっていた。
思いはたった一つ。
(天使を捕まえるんだ)
恋愛に長けているはずの実香さんにしては、大変少女的な考え方ではあるが、現実とはこんなものかもしれない。
そして彼女がとった行動は、ドアに向かう彼の腕を取るということだった。
驚いたように、実香につかまれた腕に視線を向けた彼は、戸惑っていた。
「好きです。あなたに会えなかった時間が、辛かった。あなたのそばにいさせてください」
彼は更に驚いたように、目を見開いたが、今の言葉が真実なのかいたずらなのか判断するように実香をじっと見つめた。
実香の行動を、口から心臓が飛び出すのではないかと言うほど、驚いている者がいた。
言わずと知れた連君だ。
彼は、実香の行動に驚くと同時に大きな声で「えー!」と叫んだのだ。
その叫びがあまりにも長く、大きかったせいか、店長に後頭部を引っぱたかれて、やっと静かになったのだった。
店長はと言うと、そこは大人なのだろう。
普段は子供のようなことばかり言っているが、この素晴らしい展開に多少の驚きはあったものの、次の瞬間にはニッコリと笑顔を浮かべると、黙って事の成り行きを見つめていた。
しかし、この状況を一番驚いていたのは実香自身かもしれない。
自分が一体何をしているのか、頭の中の真っ白な霧が晴れると、自分の腕が彼の腕をつかんでいることが分かり、おかしいくらいに狼狽した。
顔が真っ赤になっていくのが分かる。
二六歳の女性が、こんな少女のような告白をするとは。
いや、少女だって人前で告白などしない。
舞台を整え、学校の裏や体育館の隅などを告白の場所に選ぶだろう。
これでは相手もなんと返事をして良いのか、困るどころの騒ぎではない。
我を取り戻した実香は、
(なんてバカなことをしたんだろう。もう、おしまいだよー)
と心の中で叫んでいた。
その叫びが相手に聞こえなかったのだけが救いだ。
しかし現実とは、誰も考えられないような魔法がかかる瞬間があるようで、その魔法は今この瞬間を選んでくれたらしい。
「ありがとう。俺も、あなたのそばにいたい」
そう言うと、彼は鼻の頭を掻いて見せた。
実香は、自分の頭上に天の光が降り注ぎ、教会の鐘が鳴り響き、小さな天使がラッパを吹き、ピンクの花びらが舞っている……ような、錯覚にとらわれた。
ただし、連だけは悪魔に肩を叩かれたように、うなだれていたのだが。
「へぇ。そんなキセキのような展開が待っていたとはね~」
話を聞きながら、ケーキを口に入れていた菜都芽が言った。
「で? 彼って、名前は?」
「福間 天馬」
「変な名前だね」
確かに変だが、そこは親が決めたことだ。
『天馬』という名前だけを考えれば、大変素晴らしい意味を感じるのだが、苗字と重なるとごろが悪い。
しかし、そんなごろの悪ささえも実香は気に入っていた。
なぜなら、自分の名前も同じようなものだからだ。
「柿野実香? いいじゃん」
「この名前って、本当に適当な由来なんだよ」
「由来があるだけいいじゃない。うちなんか、都に菜っ葉の芽が出るようにって、どうよ」
「でもそれって、都会にでても食べていけるようにっていう風にも考えられるじゃない」
「まぁ……。あたらずとも遠からじってところらしいけど」
「私の名前なんてさぁ」
実香は親から聞いた名前の由来を事細かに話して聞かせた。
もちろん、その話を聞いて菜都芽に大爆笑されたのは言うまでもないのだが。
しかも、その笑いがなかなか終わらず、我が名を呪わしく思った実香さんだった。




