22.指定席(2)
テーブルのセットが終わる頃、入り口のベルが鳴り、人が入ってきた。
それが客であるのか、商店街の用事で来た人なのかは、入ってきてからでないと分からない。
とりあえず、三人は「いらっしゃいませー」と声を掛けた。
すると入ってきたその人は、三人にニッコリと微笑んだ。
その笑顔は、疲れた体を癒しに帰ってきた旅人のようだった。
実香は再度「いらっしゃいませ」と言うと、水をトレーに乗せ客がついた席へと向かった。
テーブルに水を置き、笑顔を向けると客は嬉しそうに笑い返してきた。
「珈琲ですね」
実香がいうと、客はゆっくりと頷き「はい」と短く答えた。
「ブレンド入ります~」
カウンターへ戻ると、店長に伝える。
「はいよ!」
店長も嬉しそうにサイフォンをセットし始めた。
店内にあふれるように流れるコーヒーの香り。
それはいつも以上に、安らいだ香りがする。
さっきまでの寂しさが嘘のように消え、今実香の心の中を満たしているのは、春風のように暖かい、菜の花のように優しい風だった。
(あの寂しさは何だったのかしら。他のお客さんが来なくなった時も寂しさは感じるけど。再来してくれたときに、こんなに暖かくて嬉しい感情はなかった……)
店長もまた、鼻歌交じりにコーヒーを淹れている。
珍しい限りだ。
一人連だけが、いつもと同じように、ぼんやりと立ち尽くしているのだった。
(彼がいる……)
実香は、コーヒーの香りに包まれながら、幸せを感じていた。
「はい、お待たせ~」
白いカップを真っ白な皿に乗せ、銀の小さなスプーンを添える。
それをトレーに乗せ、ミルクを添える。
静かに歩き出す。
コーヒーがこぼれないように、一歩一歩を大切に歩く。
テーブルにはPCがところ狭しと置かれ、いつもどおりに彼はPCに向かって考え込んでいるように見えた。
「お待たせしました」
テーブルの端に静かに置く、コーヒーカップ。
カップからは白い湯気が、久しぶりの出会いを喜んでいるかのように立ち上る。
「ありがとう」
「お久しぶりですね。忙しかったんですか?」
いつもは、真剣にPCに向かっている彼に、話しかけることなどできなかった。
ところが、久しぶりにあったせいだろうか、実香の口から自然と言葉が流れ出した。
「実は、バイトしてたんです」
彼は照れたように、実香を見た。
「バイト? フリーターなんですか? 私もフリーターなのよ」
同じフリーターなのかと思うと、妙に親しみが湧いてくる。
「いや、フリーターってわけでもないけど……」
「そうか、本業のほかにバイトしてたのかしら?」
「いや、うん、そうかな」
なんとも歯切れの悪い言い様だが、そんなことはどうでも良かった。
こうして話していることが嬉しかった。
嬉しくて楽しかったのだ。
これほど、穏やかに会話を楽しめたのは、始めてのことだ。
一体これはどういうことなのか。
実香は彼がコーヒーを口に持っていくのと同時に、テーブルから離れた。
実香が離れると、PCへと向かう。
その姿は、一瞬のうちに自分の世界へと飛んでいってしまったように感じた。
「来たね、彼」
満足そうに店長が言う。
「そうですね」
短く答える実香。
さすがに客がいるときは黙っている連。
静かに時間が流れていく。
実香は、この時間が好きだと思った。
そして、この時間を永遠にしたいと思うのだった。




