20.クリスマスの過ごし方(2)
「さて、私はお風呂に入って、明日の準備をして寝るよ」
独り暮らしの菜都芽は、そう言うと電話を切った。
「しょうがない。私もお風呂に入るか」
他に友達がいないわけでもないが、あえて電話してわが身の寂しさを訴えるのも偲び難い。
実香はお風呂に入るべく、階下へと下りていった。
「お風呂入るよ~」
家族と暮らしていて面倒なところは、一言声を掛けないと、父親が鼻歌交じりにお風呂に乱入してきたり、母親が電気を消したりとアクシデントが多発することだ。
特に、柿野家では物事を深く考えないという性質があるようで、その手のアクシデントには事欠かないのだ。
「ん~」
そして、返事も「ん~」の一言で終わる。
これが連の家庭だったらどうだろうか。
母親はなんと返事をするのだろうと、実香はおかしくなった。
冷えた体をシャワーで温め、ゆっくりとバスタブに浸す。
洗顔クリームを顔に塗りつけ、マッサージするように洗い続ける。
体を湯に浸しながらのんびりと時間をかけて、体の隅々まで綺麗にしていくと、心が落ち着いてきて今日という日の疲れがすべて抜けていくような気がする。
以前その話を母にしたところ『確かに! 気がするだけだわ』と相手にされなかった。
さすが柿野家、そんなものだ。
「きもちいい~」
(これで、バラの花びらが水面に浮かんでいたら、お姫様気分よね)
などと考えてみるが、実際そんなものがあったら邪魔で仕方がない。
顔を洗い流し、足を伸ばし鼻歌交じりに時間を費やしていると、さっきの電話が思いだされる。
菜都芽は仕事のクリスマス。
咲枝は怪獣と夫と過ごすクリスマス。自分は?
「二六歳のクリスマスは、独り自室で早寝するかなぁ……」
口に出して言ってみる。
口に出してみると、案外それもありかなと言う気になってくるから不思議だ。
これが、二六歳という年齢なのだろうか。
母が言うには『若い肌』だそうだが、実香はそんな自分の肌にお湯を掛けてみた。
流れるお湯は、肌の張りを現しているのだろうか、確かに自分の若さを確信させてくれる。
「若い、若い。若いし、きれい~」
そんな戯言を口にする。
ぼんやりと宙を見つめ、窓に目を向けると、湯気で曇った窓ガラスにぼんやりと浮かぶ面影。
(なに?)
その面影は次第に形を成し、毎日同じ席で珈琲を飲み、パソコンに向かうセーターの君へと変化していった。
あの日、始めてハンプティにきた彼は、毎日同じ穴の開いたセーターを着て、同じ席に座るのだ。
決まった時間の決まった席。
窓から差し込む日の光。
(天使……)
最初に思い浮かんだイメージは、今なお変わらず彼が現れるたびに暖かく店内を満たしている。
「彼は、天使よ……」
ぼんやりと思い浮かぶ彼の姿。彼の暖かさ。
時間が緩やかに過ぎていく。
実香はいつもより長く、お湯につかりいつしか意識がはるか遠くへと飛んでいくような錯覚を覚えていた。
丁度そのとき、お風呂場のドアが勢いよく開き、怒声が実香の脳天を直撃した。その声は大きく一言――
「いつまで入ってるの! 後がつかえてるんだから、さっさと出なさい!」
そう、ここは柿野家である。




