2.柿野実香(2)
「そりゃ、可愛いかったな。制服が良く似合ってなぁ」
「店長ぅ。なんか、とお~い目してますよぉ」
「店長も年だよね」
千尋が店長の桂木誠二をからかうと、実香も面白がってからかう。
客のいない『ハンプティ』の日常風景だ。
「そういえば、ずっと聞きたかったんですけどぉ」
千尋が店長に目を向けた。
「おっと、このダンディな店長に聞きたいこととは何かな?」
居住まいを正すように、背筋を伸ばしウィンクをしてみせる。
確かに中年男性ながら、若く見える誠二だが、実際若い二人には気持ちが悪い。
「ダンディだか、パンティだか知りませんが。この店の由来を聞きたいだけなんです」
「おいおい、どうせならダンディな店長に、愛の手ほどきを請うてみろよ」
がっくりと肩を落として、誠二が笑いを誘うようにしゃべると、実香が大笑いする。
「千尋、パンティな店長がなげくから、ストレートに聞いてあげないとだめだよ」
「ストレートに、店長の愛は欲しくないですけどね」
さらに凹む店長、誠二。
「実香ちゃんには彼氏ができるし、千尋からは愛を拒まれるし、俺はどうしたらいいんだぁ」
「素直に店の名前の由来を教えてくれればいいんですよ」
夕暮れ間近の店内に、さらに大きく笑い声が響き渡る。
「店名ねぇ。……あれは俺が、まだ若い頃のことだったなぁ」
あごに手を持っていき、遠き思い出に浸るがごとく語りだしたところで、実香がさらっと由来を話してしまった。
「店長がコーヒーと紅茶の両方が好きだったのよ」
「おっと、実香ちゃん。これから、ゆっくりと話して聞かせようと思ったのに、ひどいなぁ」
「何ですかそれ?」
まるでわからないと言いたげに千尋が実香を見た。
「つまり、喫茶をするにあたり、店長はコーヒーも紅茶も好きだった。
そこで、半分紅茶が好きだと言うことに気がつき、さらに『半分ティ』が好きだと考えた」
「あ! 『半分ティ』をもじって『ハンプティ』ですね」
千尋が『分かった』と目を輝かせてみたが、次の瞬間『な~んだ』とあざけるように笑ってしまい、余計に店長が凹むこととなった。
「それにしてもお客、来ないですね」
「いいのさ。昼間は趣味の域だからね。本番は夜だから」
早くも復活した店長が、満面の笑みを浮かべて答えた。
「あぁ、夜はお酒出すんですよね」
千尋がカウンターの脇に据え付けられた棚へ目を向けた。
そこには、数多くのウィスキーやブランディーのビンがならなんでいるのだ。
「夜って、色気ムンムンの女の人とかが仕事に入るんですか?」
どうも千尋はキャバレーやバーと勘違いしているようだ。
「残念ながら、俺のお眼鏡に叶う女性がいないんだよ」
と本当に残念そうだ。
「奥さんに手伝ってもらえばいいじゃないですか」
昼間はこうして、若い実香や千尋と楽しく仕事をしているが、家に帰れば契約違反だと、裁判を起こしたくなるほど太ってしまった妻が、これまた良く肥えた子供二人と誠二を待っているのだ。
待っていると言ったところで、二人の子供は思春期真っ只中で、親の言うことなどまるで聞かず、自室にこもりっきりなのだが。
妻は夫の帰宅を待っていると言うより、昼間誰とも会話をしていないので、ストレスのはけ口のように捲したてるために待っているようなものだった。
「あの人に手伝ってもらったら、狭い店内に客が入れなくなるでしょ」
本音とも冗談ともつかない言葉が店長の口から漏れてくると、実香と千尋が再び大爆笑したのだった。




