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16.1ピースの恋(2)

「そんな、見つめないでください。恥ずかしいですよ」




 耳まで真っ赤になりながら、連がうつむく。




「でも、俺の1ピースは実香さんのような気がするんです!」




 と、連が顔を実香に向けて言った丁度そのとき、店長がカウンターに現れた。




「なるほどね~。いい話じゃないか」




 連の大事なクリスマスが消えた瞬間だった。




「店長の1ピースは、やっぱり奥さんですよね」




 実香が店長に話を向けると、店長がニヤリと笑いながら




「1ピースの恋と言うよりは、1ピースの詐欺だね」




 と苦笑いだ。




「何ですか? そのサギって」




 連にとって、夫が奥さんを詐欺師呼ばわりするなど、考えられないらしい。


 どこまで平和な家庭に育ったのだろう。




「連君は、知らなくていいんじゃないの。そのうち分かるから」


「そのうち分かるんですか……。じゃぁ、楽しみに待ってます」




 にっこりと笑って見せた。


 この引き下がりの良さもたいしたものだ。


 普通なら、最後まで知りたくなるものだが。


 性格というのは恐ろしいものだ。




「俺の1ピースは、これから来るんだ。きっと、そうに違いないんだ」




 拳を握りながら、力説する店長。


 これもまた性格なのだろう。困ったものだ。




「店長、そろそろクルシミマスツリーを飾りますか?」

 



 実香が店長に聞くと、連がすかさず突っ込んでくる。




「実香さん、苦しみますツリーでは縁起が悪いし、言葉を間違えてますよ」




 わざと言っているのだから、笑って終わらせて欲しい。




「連君……」


「おい連! クリスマスは年間通して一番暇なんだ。と言うことで、苦しみますツリーが正解なんだよ」




 店長が腕を組んで、いかにもすごいだろうと言いたげに話しているが、腕を組んで偉そうに言うほどのことでもない。


 と言うより、偉そうに言わないで欲しい。逆に虚しくなる。




「何で暇なんですか?」




 こういう話になると、興味が湧くようで、連が更に突っ込んでくる。


 店長は嬉しそうに話して聞かせているが。


 実香としては、さすがに自分が働いている店が、クリスマスに一番暇だなどと聞きたくはない。




「いいか連。クリスマスと言えば、誰だって恋人と過ごしたり、家族と過ごしたりしたいだろう」


「そうですね」


「それもできることなら、奥さんの手料理で。あるいは、彼女の手料理でテーブルを囲み、ローソクの灯りでワインを飲む」


「そこはローソクだと仏壇が浮かぶので、キャンドルにして欲しいです」




 さすが若い方は、ローソクよりはキャンドルだろう。


 しかし、店長にしてみたらローソクでもキャンドルでも火がつけば同じことだ。




「静かに音楽が流れる。ここはやっぱり、クリスマスソングだろうなぁ」


「そうですね~ ホワイト・クリスマスなんていいですよね」


「彼女が微笑む、それを見て幸せを感じるんだよ。分かるか?」


「分かりますよ~。店長! やっぱり、クリスマスは彼女と一緒に過ごしたいです!」




 何を力説しているのだろうか。




「と言うわけで、わが『ハンプティ』に来るくらいなら、家で彼女としっぽりしたいわけだ」


「しっぽりですかぁ」




 二人の顔がいやらしく歪んだところで、天の助けなのか客がカランコロンとドアのベルを鳴らして入ってきた。




「いらっしゃいませ~」




 実香が水を用意して、客席へ運ぶと




「珈琲を」




 と言ったきり黙ってしまった。


 客の顔は窓の方を向いているので、顔を確認することができない。が、狭い店内だ。そのうち顔を見ることもあるだろうと、実香は「はい、コーヒーですね」というと、席を離れた。




「店長―。ブレンドですよ~」


「おい、実香。あの客は始めての客だな?」




 さすがは店長だ。


 バカな話をしていても、ちゃんと客のことは観察しているようだ。




「よく分かりましたね~」


「うちの客で、コーヒーを珈琲というヤツはいない!」


「店長。それって、文字表現ですから、聞いただけなら同じです」


「そこは置いといて、ブレンドだな」




 そう言うと、カウンターの中で優雅にコーヒーを淹れ始めた。


 さすがに、コーヒーだけはどこにも負けないと豪語するだけのことはある。


 香りからして、落ち着くから不思議だ。

 

 実香がこの店で永いことバイトをしている理由のひとつに、コーヒーの香りがあるのだ。


 店長の淹れるコーヒーは、どこの店よりも実香をホッとさせる。


 癒しと言っても過言ではないのだ。

 

 香りを楽しみながら、店内に目を向ける。


 自然と客のテーブルを視野に入れることになる。


 すると、客のほうもコーヒーの香りが気に入ったのか、カウンターの店長をじっと見つめているのだ。


 その目は優しく暖かく、実香の心をコーヒーの香りと共に優しく包んでくれるような気がした。




(やっぱり、始めてのお客さんだわ)




 しばらくして、コーヒーができる頃には、客のテーブルにはノートパソコンが置かれ、画面を見ながらじっと考え込んでいる客の姿があった。


 その姿は、窓から指す午後の光を受けキラキラと輝いて見えた。




(天使……)




 実香の心に天使の真っ白な羽が一枚、ゆっくりと降って来るような優しい感覚を覚えたのだった。


 コーヒーの温かい湯気と、心落ち着く香り。


 窓辺の客の穏やかさ。

 

 時が止まったように、優しさが店内を充たした。



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