10.譲渡(2)
「おはようございまーす!」
昼過ぎの時間帯ではあるが、業界用語というのだろうか、仕事はじめの挨拶を元気に投げてきた者がいた。
「おはよう」
店長がにっこりと笑顔で応えた相手は、フリルショートパンツにトレーナー姿の千尋だ。
実香の視線が釘付けになる。
「何ですかー、実香さん。そんなに見つめられても、実香さんの気持ちにお応えできませんよ。その気はないからぁ」
「私だって、その気はないわよ」
その気も、この気もあったら怖い。
「じゃぁ何ですか? あー、このショーパンですか? あげませんよ!」
確かに買おうかどうしようかと悩んでいたが、人が履いているものを脱がしてまで手に入れいるつもりも無い。
「えー、じゃぁ、なにかなぁ……。制服じゃないからですかぁ? 別に学校をサボったわけじゃないですよ」
それも分かりきっている。
何せ千尋は、今こそメジャーになりつつある、通信高校生なのだ。
別段、制服を着ていなくても問題は無いだろう。
「えーと……。じゃぁ……」
「千尋、彼氏欲しい?」
実香の脳内で素晴らしいひらめきがあったようだ。
「そりゃまぁ、欲しいですけど~。そんな簡単には見つかりませんよね」
「どんな人が好みなの?」
千尋がエプロンをつけながら、『そうだなぁ』と考えていると、その姿を見ている店長が『可愛いね~』とニヤニヤしている。
相変わらず、中年のオヤジ丸出しだ。
自分もこうやって見られてきたのだと思うと、成長の無い店長に笑いさえこみ上げて来る。
「やっぱり、働いてる人がいいですよね。お金あるし」
最初にお金のことが出てくるところが、なかなかシビアである。
「背は私より高い方がいいな。で、痩せてて。草食系はやだな。
やっぱ、男は肉食系でしょ」
「草食より肉食って、ベジタリアンはダメなのか?」
店長が話しに割り込んできた。
「ベジタリアンじゃなくてぇ。店長、ググってくださいよー。めんどくさいなー」
千尋にあっては、店長も面倒なオヤジになってしまう。
「なるほどねー。そういう人がいたら、付き合ってみる?」
実香がニヤリとしながら、千尋を見た。
「えー! いるんですか? そういう人。いるなら、付き合いたい。その人、何でも買ってくれますかー?」
買ってくれるかどうかは実香には分からない。が、ここで本当のことを言ったのではせっかくの策略が水の泡だ。
「働いてるから、千尋のお願いくらいは聞いてくれるでしょー」
「俺だったら、何でも聞くよー」
またしても店長が乱入してきた。どうしても会話に参加したいようだ。
「店長と付き合う気はありませんから。買ってくれるよりバイト代上げてください」
やはりシビアだ。
「じゃ、今度その人に会わせてあげるよ。結構、いいと思うよ」
「その人って、いくつなんですか?」
「二十歳よ」
「千尋と近いですねー」
自分のことを千尋と呼ぶところを見ると、かなり乗り気のようだ。
「うん、近いちかい。メッチャ近いわー」
もう、どうでも良い。
ここまでくれば、悩みの半分が解決したようなものだ。
「仕事は何をしてるんですか?」
「聞いてないなぁ。自分で聞いてくれる? 会ったときのために話題は残しておいた方がいいでしょ」
と、お姉さんからの入れ知恵らしく聞こえるが、実際はわざわざ聞いてあげる気にもならないというところだ。
「わー、楽しみー」
「うんうん、楽しみー」
本当に楽しみだ。




