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第二話 僕とまろの話 【前篇】

脱走…ハムスターが自分の小屋から、飼い主の許可なしに勝手に抜け出すこと。主に、小屋の外で遊ぶのが目的。人間に例えると、中学生が、親にも知らせずに夜遊びするような感じ。

「おはよう、ビンちゃん」

「おはようってまだ昼の四時なんだけど」

「さわやかなお目覚めだね」

「今の僕を見てそう言っているんならまろの目は節穴ってことになるけど?」


こんにちは、ビンです。突然ですが、今の僕はたたき起こされて非常に機嫌が悪いです。いや、昼の四時なんてお前寝すぎだろって言う方もいるかもしれないけど、僕たちハムスターは基本夜行性で、この時間は本来ならまだ寝ているはずの時間なんだ。でも、まろだけは例外だ。というのは、まろの飼い主が最近、テスト週間というものに入ったらしく、夜遅くまで勉強している。その勉強の合間にまろの飼い主がまろを可愛がったりしているうちに、まろがお昼に活動する体質になってしまったという訳だ。でも、お昼に起きても僕たちハムスターにとっては回し車を回す以外にすることがあるわけでもなく、まろの小屋の隣の小屋に住んでいる僕がこうして話し相手になっている。

はっきりいって、勘弁してほしい。


「ねぇ、ビンちゃん。脱走しよう」

「こんなにも堂々と脱走しようと言うハムスターを僕は初めて見たよ」

「今日はね、【眠れる猛獣の巣】に行こうよ」

「僕の話は無視なの!しかもすごいことをさらっと言ってるし!」


前の話から出ている【眠れる猛獣の巣】。その名の通り、ここには猛獣が住んでいて、その眠りを妨げた者は無事では済まない(と、タロが言っていた)。ここにいる猛獣がなんなのか調べようとしたハムスターもいるらしいけど、そのハムスターは一週間後、傷だらけで自室の小屋の隅で震えているところが目撃された(と、タロが言っていた)。それ以来、そこは【眠れる猛獣の巣】と呼ばれ、恐れられている(と、タロが言っていた。余談だけど、【眠れる猛獣の巣】という名前を付けたのもタロだ)。


「勘弁してよ。僕はまだ眠いんだ」

「じゃあ、五分後に机の下に集合ね」

「ねぇ、僕の話ほんとに聞いてる!?話が全然かみ合ってないんだけど!!」

「じゃあ、またあとでね」

「まろさぁぁぁぁん!!僕の話聞いててますかぁぁぁぁ!!」


のんびりと去っていくまろの背中に向かって叫ぶけど、本人(本ハムスター?)が気づく様子はない。このまま無視して眠ろうとした時、僕はふと思った。

もし放っておいたら、一匹でも平気で【眠れる猛獣の巣】に行くだろう。そうなったら、タロが話していたハムスターと同じようになってしまうかもしれない。まろは天然だけど嫌いじゃないし、僕の大事な兄弟だ。そんな目にあって欲しくない。

……まぁ、危なくなったら途中で止めたらいいか。







「やぁ、ビンちゃん。早かったね」

「うん、二時間も遅れた君に比べたら早いだろうね」

「ごめんね…どうしても外せない用事ができちゃって。なるべく早く来ようと頑張ったんだけど用事ががなかなか終らなくて。でも、久しぶりのビンちゃんとのお出かけだからなるべく時間を切り詰めたんだよ」

「二時間も遅れたのに?」

「本当にごめんね。怒ってる?」

「いやー、ぜーんぜんおこってないヨー」

「よかった、怒ってなくて」

「今、君は僕と話していて、本当に、僕が怒ってないと思ったのかい…!?」

「うん」

「なんか、真面目に怒ってた僕がすごく情けなくなってくるのは何故なんだろう…」

「え、本当は怒ってたの」

「本気で気づいてなかったの!!」

「うん」

「…もう、いいよ」

「そうかい?なんだか、君が落ち込んでいるように見えるんだけど」

「気のせいだよ…」

「もしかして、僕と脱走するのが楽しくないの?」

「…別に」

「…ビンちゃん」

「…何だい」

「僕ね、最近ビンちゃんとあんまり一緒にお出かけしてなかったでしょ」

「……」

「だから、こんな風に脱走したいなぁって思ってたんだ」

「……」

「小屋で一緒に僕と話していても、ビンちゃんは、全然うれしそうじゃないし…」

「(そりゃ、誰だってぐっすり寝ているところを無理やりたたき起こされたら、そうなるよ)」

「…僕、みんなともっと仲良くなりたいんだ」

「…!」

「僕って、なんか話したりするのが苦手だから、みんなの会話に入っていけなくて。

でもね、そんなとき、僕に話しかけてくれたのがビンちゃんだったから。

ずっと、お礼を言いたいと思ってたんだ。

でも、最近、なんだか話す機会も減っちゃって…

僕、寂しかったんだよ。

お願い、怒ってるんなら、謝るから許して」

「(まろ…。)うん、全然気にしてないからそんなにしょんぼりしないで!」

「…本当に?」

「もちろんだよ、だって僕たち同じ兄弟じゃないか!」

「なら、良かった」

「うん!あっ、そういえばどうしても外せない用事って何だったの?」

「あぁ、実はね、どうしても〈お試しするのか!!〉のタナさんの野菜ダイエットが成功したのかどうか気になって見ていたら、二時間もたっていたんだ」

「うん、とりあえず一回、噛みついてもいいかな?」


そんな会話を繰り返した後、僕たちは【眠れる猛獣の巣】に向かうことにした。


そこにどんな恐怖が待っているかも知らずに。







【眠れる猛獣の巣】。

この家の魔境の中でも特に恐ろしいといわれるこの場所は、普段はどこにあるのかは誰も知らない。

でもまろちゃんは昨晩、【眠れる猛獣の巣】の場所をタロから聞いたらしいのだ。

だからってそれが行く理由になるだろうか。そういえば、まろがどうしてこんなに【眠れる猛獣の巣】に行きたがっているのか僕はまだ理由を聞いていなかった。

一応聞いておこうとした時。

まろがいきなり立ち止まってこう言った。


「そこの壁を登るんだって」

「ここ?でもすごくすべすべしてて登れそうにないよ?」

「ほら、すぐそこの壁に紙が上からかけてあるだろう?そこに足を引っかけて登るんだよ」


見てみると、確かにA4サイズぐらいの紙が貼り付けてあった。貼っているといってもそんなにきっちり貼っている訳でもないので僕たちにでも登れそうだ。


「僕が先に登るからビンちゃんは後ろからついてきてね」

「わかったよ」


まろは手慣れたようにすいすいと登って行く。

僕も後からそれに続こうとした時、頭に何かが当たった。それはよく見てみると、紙の端の部分の破れた部分だった。

おそらく、この家のハムスターの誰かにかじられた跡だろう。僕たちハムスターには目の前にこの紙の様なヒラヒラした物が前にあるとかじりたくなるという習性がある。おそらくこれもその類なんだろう。

何気なしにそれをよく見てみると、何か模様が書いてあるのに気が付いた。たぶん、人間の文字だ。

えーと、これは確か…10って読むんだっけ?次の文字は確か(てん)って読む文字だったと思う。10点?何の数字だろう。なんか赤いペンで書かれてるし。しかもなんかこの部分だけやけに強調されるようにこの紙が貼ってあるように感じる。まるでどうかこの部分をかじってくださいとでも言わんばかりの様な…


「ビンちゃーん、置いていくよー」


まろの声が上から響く。どうやら登り終わったようだ。

僕は若干、後ろ髪を引かれる様な気がしながらも(まぁ、髪は生えてないんだけど)登って行った。







「たろの話だとね、この中に【眠れる猛獣の巣】があるらしいんだよ」


僕たちの眼下にたたずむ水槽を見ながらまろが言った。水槽のふた代わりなのだろうか、鉄格子とおもりにおかれてある本と水槽の周りに巻かれているタオルのおかげで真っ暗で何も見えない。よく見てみると、細かくちぎられた新聞紙が敷き詰められている水槽の床がかろうじて見えた。

真っ暗なせいで中に何がいるのかも全然見えなかった。さすがにこの中に入るのは危ないだろう。


「まろ、ここまで来たからもういいだろう?小屋に戻ろう」

「じゃあ、先に降りるね」

「話を聞けえええぇぇ!!」


まろが動かないように、僕はまろの上に乗っかった。下でじたばたしているけど、気にしない。今回ばっかりはまろの天然に流されたら、痛い目を見ることになる。かわいそうだけど、これもまろの為だ。


「どいて。僕、この中に何がいるのか確かめたいんだ」

「【眠れる猛獣の巣】があるってことが分かっただけでいいじゃん!いくらなんでも危険だって!」

「とめないで。もしここで行かなかったら、僕のプライドにかかわるんだ」

「プライドなんかよりも命の方が大事だよ!そんなこともわからないの!」

「だってしょうがないじゃないか。タロが僕の大事にしている寝床の綿を取って、「返してほしければ、【猛獣の巣】に何がいるのか確かめてこい」って言うから」

「タロおおおぉぉ!!」


そんなことだろうと思ったぁ!なんでこういうややこしい事件には必ず、アイツが絡んでるんだよ!?どんだけ性格悪いんだ!!どうせ、「中に何がいるのか知りたいけど、なんか怖そうだから」なんて理由でまろに行かせようとしたんだろう。どんだけ性格悪いんだよ!大事なことなので、二回言いました!


「大丈夫だよ。もしかしたら、中にいるのはかわいいメスハムスターかもしれないってタロが言ってたし」

「タロの言うことなんか真に受けちゃダメだ!アイツのせいで今まで何匹のハムスターが犠牲になったと思ってるんだ!」

「まだ犠牲になったのはブーちゃんだけだから、大丈夫」

「いや、もう犠牲になっちゃってるから。一匹犠牲になっちゃってるからあぁぁ!!」

「あと、ついでにお父さんも」

「おとうさああぁぁん!!」


タロは既に自分の親まで手にかけていた。末恐ろしいやつだ。僕と兄弟なんて、同じ血が流れてるなんて思いたくない。…でも、まろについで扱いされるお父さんって一体。

そんなどうでもいいことを一瞬考えていた次の瞬間、まろは僕の一瞬の隙をついて起き上がった。いきなりだったので、僕は後ろに転がり落ちる。

まろはさっさと【眠れる猛獣の巣】のふたの上に下りると、水槽の壁とふたの間にあるわずかな隙間から中に入ろうとした。でも僕だって、伊達に何年もハムスターをやってない。まろを阻止するために勢いよく上から【眠れる猛獣の巣】のふたの上に飛び降りた。

…ここで飛び降りたのがいけなかったんだと思う。それとも焦っていたのが悪かったのか。

たまたま僕の下りたところは、まろの体の上だった。いきなり、体勢が不安定なハムスターの上にもう一匹ハムスターが飛び降りるとどうなるか。

…まぁ、当然と言っては当然だよね。


「あっ」

「えっ」


まろは体勢をくずした。そのまま、落ちてゆく。

下にいたまろが落ちたので、当然だけど、まろの上にいた僕も落ちて行った。


【眠れる猛獣の巣】の中に。







目が覚めると、そこは水槽の中だった。僕たちが落ちてきたふたの隙間から差し込む光のおかげで、あたりがよく見える。そもそも、僕たちは夜行性なので、すぐに目が慣れるだろう。今の問題はそれじゃない。


「ビンちゃん…」


後ろでまろの声がした。どうやらまろも起きたらしい。でも、今の僕にまろのことを気にかけている余裕はなかった。

僕の目の前にたたずむ大きな新聞紙の山。それがごそごそと動いていた。その中で何か目の様なものが二つ、きらりと光った。どっしどっしとそれが近づいてくる。おそらく、眠れる猛獣だろう。


…終わった。僕の人生終わった。いや、人生じゃなくてハムスター生って言うべきなのかな?


さよなら、飼い主。

さよなら、お母さん。

さよなら、お父さん。

さよなら、タロ。お前は末代に至るまで呪ってやる。


僕はゆっくりと目を閉じた。

体の周りがほんわかとした温かさに包まれた。



なんでハムスターが文字読めるのかとか、A4なんて紙のサイズ知ってるのかとか、宇宙の広さに比べたら、些細な問題ですよね。

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