願いわらしのねがいごと
五時の鐘が鳴ると、願いわらしはぴたりと遊ぶのをやめなければいけません。
「遊んでくれてありがとう。とっても楽しかったよ」
「えっ。もう、おしまいなの?」
サトル君はまだ遊びたいという顔をして、願いわらしを見ました。もちろん、願いわらしだって、もっともっと遊びたいのです。でも、これは決まりごと。
「うん。五時になったから、おしまい。そういう決まりなんだ」
「そっかあ」
そして、もうひとつの決まりごと。
「じゃあ、言うからね?」
「うん」
「願いわらしさん。願いわらしさん。お願い聞いてくださいな」
「いいですよ。遊んでくれたお礼に、ひとつお願い聞きましょう」
願いわらしは、遊んでくれた子のお願いをひとつだけかなえるのです。
「なんでもいいの?」
「なんでもいいよ」
「じゃあさ。…じゃあ、ボク、新しいゲームがほしい」
サトル君は目をキラキラさせて言いました。
「ゲームだね」
願いわらしはうなずくと、おでこの上にだけちょことんとある髪の毛が光って、一本ひきぬきました。すると、髪の毛はたちまち形を変えて、サトル君のほしかったゲームになったのです。
「はい。どうぞ」
サトル君は大喜びでゲームを受け取りました。
「ありがとう」
「どういたしまして。さあ、帰る時間だよ」
「うん。じゃあねっ」
サトル君が元気に手をふったので、願いわらしも小さく手をふりました。
「ばいばい」
うれしそうに帰って行くサトル君の背中を、願いわらしはじっと見つめています。
そうして見つめていると、サトル君の背中はみるみる透明になっていき、やがてすっかり消えてしまいました。
「あーあ」
願いわらしはためいきをついて、神社へもどっていきます。
これでもう、サトル君とは遊べません。
お願いを聞いてもらった子は願いわらしが見えなくなってしまい、願いわらしのほうもまた、お願いをかなえた子が見えなくなってしまうからです。
願いわらしは一度遊んだ子とはもう遊べないのです。
これも決まりごと。
一度にたくさんの子と遊ぶこともできないし、それから、五つをこえた子もだめです。
「あーあ」
神社の中で、願いわらしはもう一度ためいきをつきました。
願いわらしは子どもと遊ぶのが大好きです。
鬼ごっこも、かくれんぼも、お絵かきも、かくれんぼも好きです。
それから、お願いを聞くことも好きなのです。
お願いがかなった子供のキラキラした笑顔を見るとうれしくなるし、「ありがとう」と言われるのも、くすぐったくてよい気持ちになるからです。
願いわらしは、自分が願いわらしであることをとても気にいっていました。
でも、ひとつだけ。
そんな願いわらしにも、ひとつだけ願いごとがありました。
それは 「ずっといっしょに遊べる友だちがほしい」 ということ。
毎日毎日いっしょに遊べる友だちがいたら、どんなに楽しいでしょう。
一日だけではわからないことを―― その子の良いところやすてきなところ、ちょとわるいところも―― 知ることができるはずです。
それに、自分のことだってもっともっと知ってもらえるにちがいありません。
想像すればするほど、願いわらしは友だちがほしくなってきました。
どうすれば、ずっといっしょに遊べる友だちができるかしら。
五時の鐘がなっても 「ばいばい」 じゃなくて 「また明日」 って言えたら良いのにな。
どうすればいいかな。
願いわらしは考えて、考えて、ある日のこと。
とても良いことを思いついたのです。
「そうだ。お願いを聞かなければ良いんだ!」
お願いをきかなければ、次の日も、その次の日だって遊べる。
ずっとお願いを聞かなければ、ずっと遊べて、ずっとお友だちでいられるにちがいない。
そう思ったのです。
「すごいぞ。すごいぞ!」
願いわらしはさっそくためしてみようと神社をとびだし、お願いを聞いてない子をさがすことにしました。
※
元気よく町におりてきたのはよかったのですが、願いわらしはなかなか子供を見つけることができません。
それはでも、しかたのないこと。
願いわらしはお願いを聞いていない子供しか―― それも、その子が一人でいるときにしか―― 見ることができないのですから。
たとえば、このあいだお願いを聞いたサトル君の姿はもう見ることができません。
サトル君のほうもまた願いわらしを見ることができないので、二人がすぐとなりを歩いていたとしても知らないうちにすれ違ってしまうでしょう。
さびしいけれど、そういう決まりなのです。
願いわらしは町の中をあちらこちらと探し回り、町はずれまで来たところでようやく一人で遊んでいる子をみつけました。
見えるということは、まだお願いを聞いていない子です。
願いわらしはさっそく声をかけました。
「あーそーぼっ」
ふりむいたのは男の子。急に声をかけられて、おどろいた顔をしています。
「ね。いっしょに遊ぼうよ」
きっと一人でたいくつだったのでしょう。男の子はすぐに笑顔になってうなずきました。
「うん、いいよ。何してあそぼっか?」
「じゃあ、神社へ行こう!」
いつものように、願いわらしは男の子を神社へ連れて行くことにしました。
というのも、願いわらしはあまり長い時間、神社を離れられないからです。
「じんじゃ?」
「神社!」
男の子はちょっとふしぎそうな顔をしましたが、すぐに賛成してくれました。
「うん、行こう」
「行こう、行こう!」
いつもならひとっとびで神社に戻るところですが、今日は歩いていくことにしました。なにしろ、願いわらしはふつうの子供のふりをしているのですから。
道の途中で、二人は自己紹介をしました。
男の名前はヒロキ君。やさしそうな男の子です。
願いわらしは名前がないのでこまってしまいましたが、いろいろと考えたあげく『タカシ』ということにしました。
それは、願いわらしが初めてお願いを聞いた子の名前でした。
神社に戻るのにはずいぶんと時間がかかったはずなのですが、ヒロキ君とお話をしていたので、いつもと同じくらいあっという間のようでした。
※
「何して遊ぼうか?」
「じゃあ、かくれんぼ!」
「ええー」
願いわらしの提案に、男の子はつまらなそうな顔をしました。
男の子だけではなく、どの子も最初はつまらなそうな顔をするのです。もっと楽しい遊びがたくさんあるのに、と。
でも、願いわらしは古い遊びしかしりませんし、新しい遊びを教えてもらっていたらそれだけで五時の鐘が鳴ってしまいます。一日しか遊べないのですから、そんなもったいないことはできません。
それに、どんな遊びもやっているうちに楽しくなってくるものです。
最初はつまらなそうだったヒロキ君も、だんだん夢中になっていきました。
というのも、願いわらしが鬼になると、ヒロキ君がかくれているそばに近づいてもなかなか見つけられないからです。
鬼が近づいてきたときの、あのドキドキと息をひそめるスリルはたまりません。
願いわらしがあんまり見つけられないので、音をたててヒントをあげたりもしました。
「ヒロキ君はかくれるのがうまいね」 と言われれば、ますます楽しくなります。
かくれんぼの次は鬼ごっこ、鬼ごっこの次はクツとばし、少し疲れたら地面に大きな絵をかいたり、おしゃべりをしたり……
なかにはドキリとする話題もありました。
「ボク、てっきりタカシ君が願いわらしだと思ったよ」
ヒロキ君がそんなことを言ったのです。
「どうして、そう思ったの?」
願いわらしはドキリとしましたが、平気な顔をして聞きました。
「だって、みんなが言ってる願いわらしと同じかっこうをしているんだもの」
みんなの話によると、願いわらしは『お祭りに行くときのような服を着て、カラカラ音のするサンダルみたいなくつをはいていて、おでこの上にちょこんと髪の毛がある』とのことでした。
まったくその通りのかっこうをしています。
願いわらしはうっかりしていました。
願いわらしの姿が見えなくなるからといっても、願いわらしのことを忘れてしまうわけではないのです。願いわらしだって、お願いを聞いた子のことを忘れたりしません。
願いわらしがどんなかっこうをしているのかなんて、みんな知っているのです。
「ボクは願いわらしなんかじゃないよ! ほんとだよ」
それでもちがうと言い張る願いわらしに、ヒロキ君は「うん」と、笑顔でうなずいたのでした。
※
時間はあっという間に過ぎて、とうとう五時の鐘が鳴りはじめました。
五時の鐘が鳴ると、願いわらしはぴたりと遊ぶのをやめなければいけません。
「遊んでくれてありがとう。すごく楽しかったよ」
「え。もう、おしまい?」
ヒロキ君はまだ遊びたいという顔をして、願いわらしを見ました。
「うん。五時になったから、おしまい。そういう決まりなんだ」
願いわらしが遊ぶ手をとめて立ち上がると、ヒロキ君もズボンの砂を払いながら立ち上がりました。
「じゃあ、ボクも帰るね」
「うん」
さあ。いつもなら、ここで子供がお願いを言うところです。
「願いわらしさん。願いわらしさん。お願い聞いてくださいな」と子供が言ったなら、願いわらしは 「いいですよ。遊んでくれたお礼に、ひとつお願い聞きましょう」と、子供のお願いをきくのです。
でも、今日はちがいました。
願いわらしはヒロキ君にウソをついて、自分が願いわらしだと教えていないのです。
いっしょに遊んだ子が願いわらしだと知らないヒロキ君は「お願い聞いてくださいな」と言えません。
子供が「お願い聞いてくださいな」と言わなければ、願いわらしも「ひとつお願いききましょう」と言えないのです。
願いわらしの思ったとおりでした。
そして、ついに。
願いわらしはずっと言いたくて言えなかったことを言ったのです。
「ねえ。また、明日も遊ぼうよ」
ヒロキ君はまるい目をぱちぱちとさせてから、ニッコリと笑いました。
「うん。いいよ」
「やくそくだよ」
「うん。じゃあ、今度はボクの友だちも連れてくるね」
「あ、それはだめ。だめ」
うまくいったと思った願いわらしは、あわてて首をふりました。
願いわらしが遊べるのは子供が一人のときだけです。たくさんの子供が来てしまったら、願いわらしも子供もおたがいに見えなくなってしまうでしょう。
「どうしてだめなの?」
もちろん、そんなことはヒロキ君に言えません。自分が願いわらしであることは秘密なのですから。
「おおぜいで遊ぶのは恥ずかしいんだ」
あたふたと考えたあげく、願いわらしはそうこたえました。
「大丈夫だよ。みんな、すごく楽しいから。サトル君も、いっ君も、ユキちゃんも、リナちゃんだって」
ヒロキ君が言うのだから、きっとそうなのでしょう。
だけど、いっしょに遊びたくても遊ぶことはできないのです。
「ボクはヒロキ君と遊びたいんだ。だめかな?」
「それは、いいけどさ」
「じゃあ、また明日遊ぼうよ」
ヒロキ君は何か言いたそうに願いわらしを見ましたが、けっきょく何も言わずにうなずきました。
「わかった。それなら明日はボールを持ってくるからさ、それで遊ぼうよ」
「うん。そうしよう」
「じゃあ、また明日ね」
「また明日」
小さく手をふるヒロキ君に、願いわらしも元気よく手をふりかえしました。
そしてそのまま、背中を向けて帰っていくヒロキ君のうしろ姿をじっと見つめます。
いつもなら神社の階段を降りる前に、だんだんと背中が透明になって見えなくなってしまうのですが、今日はそんなことはありませんでした。
ヒロキ君が階段をおりてしまうまで、ちゃんとその姿が見えていたのです。
「やった! やったぞ!」
願いわらしは、うれしさのあまり跳びあがりました。
また明日、ヒロキ君と遊べるのです。きっと次の日も、次の次の日も、その次の次の日だって。
「また明日ね」
なんて、すてきな言葉でしょう。
その晩、願いわらしはなかなか寝つくことができませんでした。
「明日は何をして遊ぼうかな。ボール遊びって何をするのかな」
夢のなかでも、ずっとそんなことを考えていたのです。
※
次の日。
ヒロキ君は約束どおり神社へやってきました。
もしかしたら来ないかもしれないと思ってドキドキしていた願いわらしは、ヒロキ君がびっくりするぐらい喜んだものです。
教えてもらったボール遊びは、楽しくてしかたがありませんでした。
ヒロキ君の頭ぐらい大きいボールを、投げたりけったりするのです。
願いわらしがとくに気に入ったのは「あてっこ」でした。おたがいにボールを投げあって、落としたほうが負けというゲームです。
願いわらしは落としてばかりいましたが、うまくとれたときやヒロキ君にあてることができたときは、跳びはねて喜びました。
そして、今日もまた五時の鐘がなります。
「え、もう五時なの!」
願いわらしはびっくりしてさけびました。あんまり楽しすぎて、時間がたつのを忘れてしまっていたのです。
「今日はおしまいだね」
転がってきたボールをひろいあげて、ヒロキ君が言います。
「うん」
願いわらしは残念そうにうなずきましたが、それでもいつものようにさびしい気持ちにはなりませんでした。
だって、こう言えるのですから。
「また明日も遊ぼうよ」
それは、魔法の言葉のように願いわらしを幸せにしました。
※
やがて、願いわらしはヒロキ君と遊ぶのがあたりまえのようになっていきました。
もちろん、ヒロキ君もほかの友だちと遊んだりするので毎日ではありませんでしたが、今までのように一度しか遊べないわけではないので、楽しくてしょうがありません。
次はボールけりをしよう、次は戦いごっこをしよう、ひさしぶりにかくれんぼをしよう、その次はあれを、その次はこれを……
やりたいことはたくさんあります。
それに、近ごろではお話しもたくさんするようになりました。
と言っても、願いわらしにはあまり話すことがないので―― 口がすべって、うっかり願いわらしだとばれてしまったら大変ですし―― ヒロキ君の話を聞くばかりですが。
ヒロキ君の話はとても楽しいものでした。
お父さんのこと。お母さんのこと。お兄ちゃんのこと。
それから、友だちのこと。
ヒロキ君の話すお友だちのなかには、願いわらしがお願いを聞いてあげた子の名前もたくさんありました。
たとえば、サトル君。
サトル君は願いわらしに新しいゲームがほしいとお願いした子です。もちろん、ちゃんとお願いを聞きました。
それから、いっ君。
いつき君からは、背が2メートルになりたいというお願を聞きました。大人になるころには、ちゃんと2メートルになっているでしょう。
ユキちゃんは、空を飛びたいというお願いでした。とても短い時間ではありましたが、願いわらしはちゃんとお願いを聞いてあげました。
「ねえ、みんなといっしょに遊ぼうよ」
ことあるごとにヒロキ君は願いわらしをさそいます。
「すごく楽しいから」と。
そのたびに、願いわらしは「また今度ね」と言ってごまかしてきました。
いっしょに遊べたらどんなに楽しいでしょう。
でも、それはできないのです。
話をしているうちに、もうひとつ気づいたことがありました。
どうやら、ヒロキ君には好きな子がいるようなのです。
名前はリナちゃん。
リナちゃんの話をするたびにヒロキ君のほほが少し赤くなるので、すぐにわかりました。
ただ、それを言うともっともっと顔を赤くして怒るので、願いわらしはときどきしか言わないことにしています。
リナちゃんは、ヒロキ君よりひとつ年下ということ。髪の毛がすごく長いこと。目が大きいこと。とても明るいこと。
それから、せきをたくさんするので、スプレーみたいな薬を持ち歩いているそうです
「リナちゃん、元気になればいいのにな」
「そうだね」
願いわらしはうなずぎながら、心がチクリと痛むのを感じました。
もしリナちゃんが願いわらしと遊んだら、きっと健康になりたいとお願いするにちがいありません。
そして、願いわらしはそれを聞くことができるのです。
でも、お願いは一回ずつしか聞けません。ヒロキ君のお願いを聞いてからでないと、次の子のお願いはきけないのです。
だから、これからもリナちゃんはせきをたくさんしたままでしょう。
願いわらしの心はまたチクリと痛くなりましたが、ヒロキ君と楽しく遊ぶことをたくさん考えてしらんふりをしました。
「ねえ。あてっこしようよ」
「うん。いいよ」
そして、二人は今日も五時の鐘が鳴るまで遊ぶのです。
※
それからも、願いわらしの楽しい毎日は続きました。
ヒロキ君と遊べる日は五時の鐘が鳴るまでめいっぱい遊び、遊べない日はつぎにヒロキ君が来たら何をして遊ぼうかと考えて過ごすのです。
これからも、ずっとそんな毎日が続くのでしょう。
ずっと。
※
ある日。
願いわらしは、ヒロキ君の様子がおかしいことに気づきました。
いつものように遊んでいても、元気がないのです。
「どうしたの?」と聞いても、ヒロキ君は「なんでもないよ」と首をふるばかり。
もちろん、そんなはずがありません。
何度も遊んでいるうちに、願いわらしはヒロキ君のことをずいぶんとわかるようになっているのです。
初めて遊んだ子だったら、きっと気づけなかったでしょう。
何度もしつこく聞くと、ようやくヒロキ君は教えてくれました。
「リナちゃん、引っこしするんだって」
リナちゃん。
その子の名前は何度も聞いていたので、願いわらしはすぐに思い出しました。
リナちゃんは、ヒロキ君の好きな女の子のことです。
ヒロキ君よりひとつ年下で、髪の毛がすごく長くて、目が大きくて、とても明るい子。
それから。
せきをたくさんするので、いつでもスプレーみたいな薬をもってる子。
「ここにいると、せきがどんどん悪くなっちゃうんだって。だから、もっと空気がきれいなところへ引っこすんだってさ。しかたないよね」
ヒロキ君は願いわらしを見て、泣きそうな顔で笑いました。
願いわらしはだまってうつむいています。
ヒロキ君がどれだけリナちゃんことが好きなのか、願いわらしは誰よりも知っています。
リナちゃんの話をするときのヒロキ君は、いつもそっけなくて悪口ばかりでしたけど、顔は真っ赤でした。
バレンタインのチョコをもらったときは、さすがにうれしさをかくせなかったようで、ニコニコ笑いながら願いわらしにも見せてくれました。
小さな小さなチョコレート。
大切ににぎりしめていたら手の中でとけてしまい、ヒロキ君はべそをかきながら手のひらをなめていました。
きっと、リナちゃんにとってもヒロキ君はとても大切な子だったのでしょう。
「ヒロキ君は、リナちゃんに引っこしてほしくないんだよね?」
ヒロキ君は歯をくいしばってこたえません。リナちゃんが元気になるには、引っこすほうが良いとわかっているからです。
「じゃあ、リナちゃんに元気になってほしい?」
「うん」
今度はすぐにうなずきました。
「だから、引っこしたほうがいいんだ」
鼻をすするヒロキ君を、願いわらしはじっと見つめています。
そうして見つめながら、心の中でずっと言おうとしているのです。
もう一つの方法があることを。
引っこしをしなくても、リナちゃんが元気になれることを。
ずっと言おうとして、でも口にだせずにいるのです。
方法はとてもかんたんです。
だって、ヒロキ君が願いわらしにお願いをするだけなのですから。
「リナちゃんが元気になってほしい」と、お願いを言うだけで良いのですから。
そうすれば、リナちゃんはたちまち元気になるでしょう。
だけど。
お願いを聞いてしまったら、願いわらしはもうヒロキ君と遊ぶことができなくなってしまいます。
お願いを聞いた子供とは、二度と会うことはできません。
それが、願いわらしなのです。
それでも。
長い《なが》長い時間がすぎたあとで――
「リナちゃんを元気にできるよ」
とうとう、願いわらしは言いました。
「え?」
「引っこさなくても、リナちゃんは元気になれるよ」
なみだ色の目を丸くさせるヒロキ君を見て、願いわらしは笑顔で言います。
「ボク、願いわらしなんだ」
ずっと。
ヒロキ君に声をかけた日からずっと秘密にしていたことでした。
でも、それも今日でおしまいです。
とても悲しいことだけど、願いわらしは心のどこかでホッとするのを感じていました。
「ボクはずっと、いつも一緒に遊べる友だちがほしかったんだ。でも、願いわらしのボクは、お願いを聞いた子とはもう遊べなくなっちゃう。だから、願いわらしなんかじゃないってウソをついてヒロキ君のお願いを聞かなかったんだ。…ずっと」
願いわらしは頭をさげてあやまりました。
「ごめんなさい」
ヒロキ君は何も言いません。きっと、ひどく怒っているのでしょう。
ずっとウソをついていたことを許してくれないかもしれません。
願いわらしは怖くなって、ぎゅっと目をとじました。
ところが、ヒロキ君は願いわらしが思ってもみないことを言ったのです。
「そんなの、とっくに知ってたよ」
「え?」
今度は願いわらしが目を丸くする番でした。
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
「いつから知ってたの?」
「ずっと前から」
「ずっと前?」
「うん。ずうっと前」
「どうしてわかったの?」
願いわらしがふしぎそうに聞くと、ヒロキ君はちょっとだけいつもの元気を取りもどして言いました。
「だって、ふつうの子はそんなおかしなかっこうをしてないもん」
願いわらしは自分のかっこうをみて首をかしげます。お祭りのときみたいな服に、カラカラと鳴るサンダルみたいなはきもの。それから、おでこの上だけにちょこんとある髪の毛。
「そんなにおかしいかな」
「ちょっとだけね」
「ほんと?」
「やっぱり、すごくおかしい!」
ふたりは顔を見あわせて笑いました。
いつものように明るく、いつもよりも大きな声で、目に涙をためながら。
やがて、五時の鐘が鳴り始めます。
「僕がお願いすれば、ユキちゃんは良くなるの?」
願いわらしはコクリとうなずきました。
「でも、お願いを聞いてもらったら、もう君と遊べなくなるんだよね」
ヒロキ君の顔は今にも泣きそうで、声もふるえています。
「そんなの、いやだな」
願いわらしは悲しそうなヒロキ君の顔をみて、ふるえている声を聞いて、とてもうれしいと思いました。
だって、ヒロキ君は引っこしてしまうリナちゃんと同じくらい、自分とのお別れを悲しんでくれているのですから。
願いわらしがヒロキ君を大切な友だちだと思っていたように、ヒロキ君も自分のことを大事な友だちだと思ってくれていたのですから。
それは、とてもすてきなことでした。
「お願いを言ってよ。ヒロキ君」
だからこそ、願いわらしはヒロキ君のお願いを聞いてあげたいのです。
「でも、そうしたらもう遊べなくなっちゃう」
「もう、いっぱい遊んだよ。…それにさ」
ヒロキ君にお願いを言わせるために、願いわらしはもう一度ウソをつくことにしました。
「ほんとのこと言うと、もうヒロキ君と遊びたくないんだ」
「え?」
「ずっといっしょだったから、あきちゃったんだよ。ボク、そろそろちがう子と遊びたいんだ」
願いわらしはニヤニヤ笑いながら言いました。
笑っていないと泣いてしまって、ウソがばれてしまうから。
「だからさ、お願いを言ってよ。ちがう子と遊ぶためには、ヒロキ君のお願いを聞かないといけないんだから」
ヒロキ君は何も言わず、ニヤニヤ笑う願いわらしを見つめていました。
よく見れば、その目には涙がたくさんたまっています。唇だってふるえていました。
ずっといっしょだったから、願いわらしがウソをついてもわかってしまうのです。
ずっといっしょだったから、ヒロキ君がお願いを言うまでウソをつきつづけることもわかってしまうのです。
「もう、ボクと遊びたくないんだね」
「うん。遊びたくない」
「ほかの子と遊びたいんだよね」
「うん。ほかの子と遊びたい」
「そっか」
だから、ヒロキ君は言うのです。
「じゃあ、お願いをいうよ」
願いわらしはニヤニヤ笑いをやめて、うなずきました。
「うん。お願いのしかたはわかるよね?」
「この町の子なら、だれでも知ってるよ」
ヒロキ君は願いわらしの前に立ち、大きく深呼吸をしました。
「願いわらしさん。願いわらしさん。お願い聞いてくださいな」
願いわらしは静かにこたえます。
「いいですよ。遊んでくれたお礼に…… ずっと遊んでくれたそのお礼に、お願いひとつ聞きましょう」
すると、願いわらしの髪の毛が―― おでこの上にちょこんとある髪の毛が―― 光り始めました。
その髪の毛を見つめながら、ヒロキ君は、かみしめるようにお願いをしました。
「リナちゃんを元気にしてください」
「リナちゃんを元気にしたいんだね」
「うん。すごく元気にしたい」
「うん。すごく元気にね」
願いわらしはうなずくと、光る髪の毛を一本ひきぬいて空へと浮かべました。
そして、何ごとかをつぶやいてフっと息をふきかけると――
光る髪の毛は、いきおいよく町のほうへと飛んでいったのです。
あっという間のできごとに目をまるくしているヒロキ君に、願いわらしはやさしく言いました。
「大丈夫。これでリナちゃんは元気になるよ」
「うん!」
お願いを聞いてくれてありがとう!
お礼を言おうとしてふり返ったヒロキ君でしたが、声にすることはできせんでした。
願いわらしのからだが透明になっていくのを見てしまったからです。
そして。
願いわらしもまた、透明になっていくヒロキ君をみつめていました。
願いをきいてもらった子供は願いわらしの姿を見ることができなくなり、願いわらしもまた、願いを聞いた子供が見えなくなるのです。
二人はもう、おたがいの姿がほとんど見えません。
「遊んでくれてありがとう。すごく楽しかったよ」
願いわらしはやさしく笑って言いました。
ほんとうに、ほんとうに楽しい毎日だったから。
「じゃあね、ヒロキ君」
透明な手をふる願いわらしに、どうしてもさようならを言えないヒロキ君は、かんがえて、かんがえて、
「これ、あげるからさ!」
手にもっていたボールを願いわらしにおしつけて、叫ぶように言いました。
「また、そのボールで遊ぼうよ!」
願いわらしは受け取ったボールを抱きしめて、ヒロキ君を見ました。
そして、消えていく笑顔にのせて、最後にもうひとつだけ、願いをこめて、ウソをつきました。
「うん。遊ぼう!」
※
五時の鐘が鳴ると、願いわらしはぴたりと遊ぶのをやめなければいけません。
「遊んでくれてありがとう。とっても楽しかったよ」
「え。もう、おしまいなの?」
女の子は目を大きくして願いわらしを見ました。とても元気な子で、まだまだ遊びたいという顔をしています。
もちろん、願いわらしだってまだまだ遊びたいのです。
でも、これは決まりごと。
「五時になったらおしまい。そういう決まりなんだ」
「うん。そうだったね」
その決まりを一度だけやぶったことがありましたが、それはないしょ。
もう、そんなことはしません。
「はい」
女の子は遊んでいたボールをひろって願いわらしにかえしました。
願いわらしはボールを受け取り、いつものように『お願い』をまちます。
それは、もうひとつの決まりごと。
願いわらしは遊んでくれた子のお願いをひとつだけ聞いてあげるのです。
ところが、女の子はなかなかお願いをしません。
「お願いのしかた、知らないの?」
ふしぎに思って願いわらしが聞くと、女の子はニコニコ笑って言いました。
「あのね。わたしのお願いはもう聞いてもらってるんだ」
「え、そんなわけないよ」
願いわらしはおどろいて女の子を見ました。
そんなわけはないのです。
だって、願いわらしは、お願いを聞いていない子供としか遊べないのですから。
「ボクはまだ君のお願いを聞いてないよ」
「聞いてくれたよ。お友だちがね、わたしのかわりにお願いしてくれたの」
「お友だち?」
「うん」
「お友だちが、君のお願いをしたの?」
「そう。わたしのお願いを言ってくれたの」
それなら、何もおかしなことはありません。
お願いを言ったのは女の子の友だちで、女の子が願いを言ったわけではないのですから。
願いわらしはなっとくしましたが、でも、ふしぎに思いました。
どうしてその子は自分のお願いではなく、女の子のお願いを言ったのでしょうか。
「その子は、なにをお願いしたの?」
願いわらしが聞くと、女の子はニッコリ笑ってこたえました。
「私が元気になりますようにって」
「――ああ、そっかあ」
そのとたんに、すべてがわかりました。
願いわらしはその子のことを―― 大好きな女の子を元気にしてくださいと願った子のことを―― よくおぼています。
忘れたことなど一度もありません。
だって、たいせつな、とてもたいせつな、友だちですから。
「だからね。今度はわたしが、その子のかわりにお願いするの。いいでしょ?」
「うん。もちろんだよ」
「じゃあ、言うね」
女の子は願いわらしの前に立つと、お願いをはじめました。
「願いわらしさん。願いわらしさん。お願い聞いてくださいな」
「いいですよ。遊んでくれたお礼に、ひとつお願い聞きましょう」
願いわらしはいつものようにこたえて、お願いをまちます。
そして、女の子は元気いっぱいに言いました。
「願いわらしが、みんなといっしょに遊べますように!」
おしまい。