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願いわらしのねがいごと

作者: つちふる

 五時のかねが鳴ると、ねがいわらしはぴたりと遊ぶのをやめなければいけません。

あそんでくれてありがとう。とっても楽しかったよ」

「えっ。もう、おしまいなの?」

 サトル君はまだ遊びたいという顔をして、願いわらしを見ました。もちろん、願いわらしだって、もっともっと遊びたいのです。でも、これは決まりごと。

「うん。五時になったから、おしまい。そういう決まりなんだ」

「そっかあ」

 そして、もうひとつの決まりごと。

「じゃあ、言うからね?」

「うん」

「願いわらしさん。願いわらしさん。お願いいてくださいな」

「いいですよ。遊んでくれたお礼に、ひとつお願い聞きましょう」

 願いわらしは、遊んでくれた子のお願いをひとつだけかなえるのです。

「なんでもいいの?」

「なんでもいいよ」

「じゃあさ。…じゃあ、ボク、あたらしいゲームがほしい」

 サトル君は目をキラキラさせて言いました。

「ゲームだね」

 願いわらしはうなずくと、おでこの上にだけちょことんとあるかみの毛が光って、一本ひきぬきました。すると、かみの毛はたちまちかたちえて、サトル君のほしかったゲームになったのです。

「はい。どうぞ」

 サトル君は大喜おおよろこびでゲームをりました。

「ありがとう」

「どういたしまして。さあ、かえ時間じかんだよ」

「うん。じゃあねっ」

 サトル君が元気に手をふったので、願いわらしも小さく手をふりました。

「ばいばい」

 うれしそうに帰って行くサトル君の背中せなかを、願いわらしはじっと見つめています。

 そうして見つめていると、サトル君の背中せなかはみるみる透明とうめいになっていき、やがてすっかりえてしまいました。

「あーあ」

 願いわらしはためいきをついて、神社じんじゃへもどっていきます。

 これでもう、サトル君とは遊べません。

 お願いを聞いてもらった子は願いわらしが見えなくなってしまい、願いわらしのほうもまた、お願いをかなえた子が見えなくなってしまうからです。

 願いわらしは一度いちど遊んだ子とはもう遊べないのです。

 これも決まりごと。

 一度いちどにたくさんの子と遊ぶこともできないし、それから、五つをこえた子もだめです。

「あーあ」

 神社じんじゃの中で、願いわらしはもう一度ためいきをつきました。

 願いわらしは子どもと遊ぶのが大好きです。

 おにごっこも、かくれんぼも、おかきも、かくれんぼも好きです。

 それから、お願いを聞くことも好きなのです。

 お願いがかなった子供こどものキラキラした笑顔えがおを見るとうれしくなるし、「ありがとう」と言われるのも、くすぐったくてよい気持きもちになるからです。

 願いわらしは、自分が願いわらしであることをとても気にいっていました。

 でも、ひとつだけ。

 そんな願いわらしにも、ひとつだけ願いごとがありました。

 それは 「ずっといっしょにあそべる友だちがほしい」 ということ。

 毎日まいにち毎日いっしょに遊べる友だちがいたら、どんなに楽しいでしょう。

 一日だけではわからないことを―― その子の良いところやすてきなところ、ちょとわるいところも―― 知ることができるはずです。

 それに、自分のことだってもっともっと知ってもらえるにちがいありません。

 想像そうぞうすればするほど、願いわらしは友だちがほしくなってきました。

 どうすれば、ずっといっしょに遊べる友だちができるかしら。

 五時のかねがなっても 「ばいばい」 じゃなくて 「また明日あした」 って言えたら良いのにな。

 どうすればいいかな。

 願いわらしはかんがえて、考えて、ある日のこと。

 とても良いことを思いついたのです。

「そうだ。お願いを聞かなければ良いんだ!」

 お願いをきかなければ、次の日も、その次の日だって遊べる。

 ずっとお願いを聞かなければ、ずっと遊べて、ずっとお友だちでいられるにちがいない。

 そう思ったのです。

「すごいぞ。すごいぞ!」

 願いわらしはさっそくためしてみようと神社じんじゃをとびだし、お願いを聞いてない子をさがすことにしました。

 


 元気げんきよくまちにおりてきたのはよかったのですが、願いわらしはなかなか子供こどもを見つけることができません。

 それはでも、しかたのないこと。

 願いわらしはお願いを聞いていない子供しか―― それも、その子が一人でいるときにしか―― 見ることができないのですから。

 たとえば、このあいだお願いを聞いたサトル君の姿すがたはもう見ることができません。

 サトル君のほうもまた願いわらしを見ることができないので、二人がすぐとなりをあるいていたとしても知らないうちにすれちがってしまうでしょう。

 さびしいけれど、そういう決まりなのです。

 願いわらしは町の中をあちらこちらとさがし回り、町はずれまで来たところでようやく一人で遊んでいる子をみつけました。

 見えるということは、まだお願いを聞いていない子です。

 願いわらしはさっそく声をかけました。

「あーそーぼっ」 

 ふりむいたのは男の子。きゅうに声をかけられて、おどろいたかおをしています。

「ね。いっしょに遊ぼうよ」

 きっと一人でたいくつだったのでしょう。男の子はすぐに笑顔えがおになってうなずきました。

「うん、いいよ。なにしてあそぼっか?」

「じゃあ、神社じんじゃへ行こう!」

 いつものように、願いわらしは男の子を神社じんじゃれて行くことにしました。

 というのも、願いわらしはあまり長い時間、神社をはなれられないからです。

「じんじゃ?」

「神社!」

 男の子はちょっとふしぎそうな顔をしましたが、すぐに賛成さんせいしてくれました。

「うん、行こう」

「行こう、行こう!」

 いつもならひとっとびで神社にもどるところですが、今日はあるいていくことにしました。なにしろ、願いわらしはふつうの子供のふりをしているのですから。

 道の途中とちゅうで、二人は自己紹介じこしょうかいをしました。

 男の名前はヒロキ君。やさしそうな男の子です。

 願いわらしは名前がないのでこまってしまいましたが、いろいろと考えたあげく『タカシ』ということにしました。

 それは、願いわらしがはじめてお願いを聞いた子の名前でした。

 神社にもどるのにはずいぶんと時間じかんがかかったはずなのですが、ヒロキ君とお話をしていたので、いつもと同じくらいあっという間のようでした。



「何して遊ぼうか?」

「じゃあ、かくれんぼ!」

「ええー」

 願いわらしの提案ていあんに、男の子はつまらなそうな顔をしました。

 男の子だけではなく、どの子も最初さいしょはつまらなそうな顔をするのです。もっと楽しい遊びがたくさんあるのに、と。

 でも、願いわらしはふるい遊びしかしりませんし、新しい遊びをおしえてもらっていたらそれだけで五時のかねってしまいます。一日いちにちしか遊べないのですから、そんなもったいないことはできません。

 それに、どんな遊びもやっているうちに楽しくなってくるものです。

 最初さいしょはつまらなそうだったヒロキ君も、だんだん夢中むちゅうになっていきました。

 というのも、願いわらしがおにになると、ヒロキ君がかくれているそばにちかづいてもなかなか見つけられないからです。

 おにちかづいてきたときの、あのドキドキといきをひそめるスリルはたまりません。

 願いわらしがあんまり見つけられないので、音をたててヒントをあげたりもしました。

「ヒロキ君はかくれるのがうまいね」 と言われれば、ますます楽しくなります。

 かくれんぼの次は鬼ごっこ、鬼ごっこの次はクツとばし、少しつかれたら地面じめんに大きな絵をかいたり、おしゃべりをしたり……

 なかにはドキリとする話題わだいもありました。

「ボク、てっきりタカシ君が願いわらしだと思ったよ」

 ヒロキ君がそんなことを言ったのです。

「どうして、そう思ったの?」

 願いわらしはドキリとしましたが、平気へいきな顔をして聞きました。

「だって、みんなが言ってる願いわらしと同じかっこうをしているんだもの」

 みんなのはなしによると、願いわらしは『おまつりに行くときのようなふくて、カラカラ音のするサンダルみたいなくつをはいていて、おでこの上にちょこんと髪のかみのけがある』とのことでした。

 まったくそのとおりのかっこうをしています。

 願いわらしはうっかりしていました。

 願いわらしの姿すがたが見えなくなるからといっても、願いわらしのことをわすれてしまうわけではないのです。願いわらしだって、お願いを聞いた子のことをわすれたりしません。

 願いわらしがどんなかっこうをしているのかなんて、みんなっているのです。

「ボクは願いわらしなんかじゃないよ! ほんとだよ」

 それでもちがうと言いる願いわらしに、ヒロキ君は「うん」と、笑顔えがおでうなずいたのでした。


  ※


 時間はあっという間にぎて、とうとう五時のかねりはじめました。

 五時のかねが鳴ると、願いわらしはぴたりと遊ぶのをやめなければいけません。

「遊んでくれてありがとう。すごく楽しかったよ」

「え。もう、おしまい?」

 ヒロキ君はまだ遊びたいという顔をして、願いわらしを見ました。

「うん。五時になったから、おしまい。そういう決まりなんだ」

 願いわらしが遊ぶ手をとめて立ち上がると、ヒロキ君もズボンのすなはらいながら立ち上がりました。

「じゃあ、ボクもかえるね」

「うん」

 さあ。いつもなら、ここで子供こどもがお願いを言うところです。

「願いわらしさん。願いわらしさん。お願い聞いてくださいな」と子供が言ったなら、願いわらしは 「いいですよ。遊んでくれたおおれいに、ひとつお願い聞きましょう」と、子供のお願いをきくのです。

 でも、今日はちがいました。

 願いわらしはヒロキ君にウソをついて、自分が願いわらしだとおしえていないのです。

 いっしょに遊んだ子が願いわらしだと知らないヒロキ君は「お願い聞いてくださいな」と言えません。

 子供が「お願い聞いてくださいな」と言わなければ、願いわらしも「ひとつお願いききましょう」と言えないのです。

 願いわらしの思ったとおりでした。

 そして、ついに。

 願いわらしはずっと言いたくて言えなかったことを言ったのです。

「ねえ。また、明日あしたも遊ぼうよ」

 ヒロキ君はまるい目をぱちぱちとさせてから、ニッコリとわらいました。

「うん。いいよ」

「やくそくだよ」

「うん。じゃあ、今度こんどはボクの友だちもれてくるね」

「あ、それはだめ。だめ」

 うまくいったと思った願いわらしは、あわててくびをふりました。

 願いわらしが遊べるのは子供が一人のときだけです。たくさんの子供が来てしまったら、願いわらしも子供もおたがいに見えなくなってしまうでしょう。

「どうしてだめなの?」

 もちろん、そんなことはヒロキ君に言えません。自分が願いわらしであることは秘密ひみつなのですから。

「おおぜいで遊ぶのはずかしいんだ」

 あたふたと考えたあげく、願いわらしはそうこたえました。

大丈夫だいじょうぶだよ。みんな、すごく楽しいから。サトル君も、いっ君も、ユキちゃんも、リナちゃんだって」

 ヒロキ君が言うのだから、きっとそうなのでしょう。

 だけど、いっしょに遊びたくても遊ぶことはできないのです。

「ボクはヒロキ君と遊びたいんだ。だめかな?」

「それは、いいけどさ」

「じゃあ、また明日あした遊ぼうよ」

 ヒロキ君は何か言いたそうに願いわらしを見ましたが、けっきょく何も言わずにうなずきました。

「わかった。それなら明日はボールをってくるからさ、それで遊ぼうよ」

「うん。そうしよう」

「じゃあ、また明日ね」

「また明日」

 ちいさく手をふるヒロキ君に、願いわらしも元気げんきよく手をふりかえしました。

 そしてそのまま、背中せなかけてかえっていくヒロキ君のうしろ姿すがたをじっと見つめます。

 いつもなら神社じんじゃ階段かいだんりる前に、だんだんと背中せなか透明とうめいになって見えなくなってしまうのですが、今日きょうはそんなことはありませんでした。

 ヒロキ君が階段かいだんをおりてしまうまで、ちゃんとその姿すがたが見えていたのです。

「やった! やったぞ!」

 願いわらしは、うれしさのあまりびあがりました。

 また明日、ヒロキ君と遊べるのです。きっとつぎの日も、次の次の日も、その次の次の日だって。

「また明日ね」

 なんて、すてきな言葉でしょう。

 そのばん、願いわらしはなかなかつくことができませんでした。  

「明日は何をして遊ぼうかな。ボール遊びって何をするのかな」

 ゆめのなかでも、ずっとそんなことをかんがえていたのです。 


            ※


 つぎの日。

 ヒロキ君は約束やくそくどおり神社じんじゃへやってきました。

 もしかしたら来ないかもしれないと思ってドキドキしていた願いわらしは、ヒロキ君がびっくりするぐらいよろこんだものです。

 おしえてもらったボール遊びは、楽しくてしかたがありませんでした。

 ヒロキ君の頭ぐらい大きいボールを、げたりけったりするのです。

 願いわらしがとくに気に入ったのは「あてっこ」でした。おたがいにボールを投げあって、としたほうがけというゲームです。

 願いわらしは落としてばかりいましたが、うまくとれたときやヒロキ君にあてることができたときは、びはねてよろこびました。

 そして、今日もまた五時のかねがなります。

「え、もう五時なの!」

 願いわらしはびっくりしてさけびました。あんまり楽しすぎて、時間じかんがたつのをわすれてしまっていたのです。

「今日はおしまいだね」

 ころがってきたボールをひろいあげて、ヒロキ君が言います。

「うん」

 願いわらしは残念ざんねんそうにうなずきましたが、それでもいつものようにさびしい気持きもちにはなりませんでした。

 だって、こう言えるのですから。

「また明日も遊ぼうよ」

 それは、魔法まほうの言葉のように願いわらしをしあわせにしました。


         ※


 やがて、願いわらしはヒロキ君と遊ぶのがあたりまえのようになっていきました。

 もちろん、ヒロキ君もほかの友だちと遊んだりするので毎日まいにちではありませんでしたが、いままでのように一度いちどしか遊べないわけではないので、楽しくてしょうがありません。

 次はボールけりをしよう、次はたたかいごっこをしよう、ひさしぶりにかくれんぼをしよう、その次はあれを、その次はこれを……

 やりたいことはたくさんあります。

 それに、ちかごろではおはなしもたくさんするようになりました。

 と言っても、願いわらしにはあまり話すことがないので―― くちがすべって、うっかり願いわらしだとばれてしまったら大変たいへんですし―― ヒロキ君の話を聞くばかりですが。

 ヒロキ君の話はとても楽しいものでした。

 おとうさんのこと。おかあさんのこと。おにいちゃんのこと。

 それから、友だちのこと。

 ヒロキ君の話すお友だちのなかには、願いわらしがお願いを聞いてあげた子の名前なまえもたくさんありました。

 たとえば、サトル君。

 サトル君は願いわらしにあたらしいゲームがほしいとお願いした子です。もちろん、ちゃんとお願いを聞きました。

 それから、いっ君。

 いつき君からは、が2メートルになりたいというお願を聞きました。大人になるころには、ちゃんと2メートルになっているでしょう。

 ユキちゃんは、そらびたいというお願いでした。とてもみじか時間じかんではありましたが、願いわらしはちゃんとお願いを聞いてあげました。

「ねえ、みんなといっしょに遊ぼうよ」

 ことあるごとにヒロキ君は願いわらしをさそいます。

「すごく楽しいから」と。

 そのたびに、願いわらしは「また今度こんどね」と言ってごまかしてきました。

 いっしょに遊べたらどんなに楽しいでしょう。

 でも、それはできないのです。

 話をしているうちに、もうひとつ気づいたことがありました。

 どうやら、ヒロキ君にはきな子がいるようなのです。

 名前はリナちゃん。

 リナちゃんの話をするたびにヒロキ君のほほが少しあかくなるので、すぐにわかりました。

 ただ、それを言うともっともっと顔を赤くしておこるので、願いわらしはときどきしか言わないことにしています。

 リナちゃんは、ヒロキ君よりひとつ年下とししたということ。髪のかみのけがすごくながいこと。目が大きいこと。とてもあかるいこと。

 それから、せきをたくさんするので、スプレーみたいなくすりあるいているそうです

「リナちゃん、元気げんきになればいいのにな」

「そうだね」

 願いわらしはうなずぎながら、こころがチクリといたむのをかんじました。

 もしリナちゃんが願いわらしと遊んだら、きっと健康けんこうになりたいとお願いするにちがいありません。

 そして、願いわらしはそれを聞くことができるのです。

 でも、お願いは一回いっかいずつしか聞けません。ヒロキ君のお願いを聞いてからでないと、次の子のお願いはきけないのです。

 だから、これからもリナちゃんはせきをたくさんしたままでしょう。

 願いわらしのこころはまたチクリといたくなりましたが、ヒロキ君と楽しく遊ぶことをたくさんかんがえてしらんふりをしました。

「ねえ。あてっこしようよ」

「うん。いいよ」 

 そして、二人は今日も五時のかねるまで遊ぶのです。


       ※


 それからも、願いわらしの楽しい毎日まいにちつづきました。

 ヒロキ君と遊べる日は五時のかねるまでめいっぱい遊び、遊べない日はつぎにヒロキ君が来たら何をして遊ぼうかと考えてごすのです。

 これからも、ずっとそんな毎日まいにちつづくのでしょう。

 ずっと。


 ある日。

 願いわらしは、ヒロキ君の様子ようすがおかしいことに気づきました。

 いつものように遊んでいても、元気げんきがないのです。

「どうしたの?」と聞いても、ヒロキ君は「なんでもないよ」とくびをふるばかり。

 もちろん、そんなはずがありません。

 何度なんども遊んでいるうちに、願いわらしはヒロキ君のことをずいぶんとわかるようになっているのです。

 はじめて遊んだ子だったら、きっと気づけなかったでしょう。

何度なんどもしつこく聞くと、ようやくヒロキ君はおしえてくれました。

「リナちゃん、っこしするんだって」

 リナちゃん。

 その子の名前なまえ何度なんども聞いていたので、願いわらしはすぐに思い出しました。

 リナちゃんは、ヒロキ君の好きな女の子のことです。

 ヒロキ君よりひとつ年下とししたで、髪のかみのけがすごく長くて、目が大きくて、とても明るい子。

 それから。

 せきをたくさんするので、いつでもスプレーみたいなくすりをもってる子。

「ここにいると、せきがどんどんわるくなっちゃうんだって。だから、もっと空気くうきがきれいなところへ引っこすんだってさ。しかたないよね」

 ヒロキ君は願いわらしを見て、きそうなかおわらいました。

 願いわらしはだまってうつむいています。

 ヒロキ君がどれだけリナちゃんことが好きなのか、願いわらしはだれよりも知っています。

 リナちゃんの話をするときのヒロキ君は、いつもそっけなくて悪口わるぐちばかりでしたけど、顔は真っまっかでした。

 バレンタインのチョコをもらったときは、さすがにうれしさをかくせなかったようで、ニコニコ笑いながら願いわらしにも見せてくれました。

 小さな小さなチョコレート。

 大切たいせつににぎりしめていたら手の中でとけてしまい、ヒロキ君はべそをかきながら手のひらをなめていました。

 きっと、リナちゃんにとってもヒロキ君はとても大切たいせつな子だったのでしょう。

「ヒロキ君は、リナちゃんに引っこしてほしくないんだよね?」

 ヒロキ君はをくいしばってこたえません。リナちゃんが元気げんきになるには、引っこすほうが良いとわかっているからです。

「じゃあ、リナちゃんに元気になってほしい?」

「うん」

 今度こんどはすぐにうなずきました。

「だから、引っこしたほうがいいんだ」

 はなをすするヒロキ君を、願いわらしはじっと見つめています。

 そうして見つめながら、こころの中でずっと言おうとしているのです。

 もう一つの方法ほうほうがあることを。

 引っこしをしなくても、リナちゃんが元気げんきになれることを。

 ずっと言おうとして、でもくちにだせずにいるのです。

 方法ほうほうはとてもかんたんです。

 だって、ヒロキ君が願いわらしにお願いをするだけなのですから。

「リナちゃんが元気になってほしい」と、お願いを言うだけで良いのですから。

 そうすれば、リナちゃんはたちまち元気になるでしょう。

 だけど。

 お願いを聞いてしまったら、願いわらしはもうヒロキ君と遊ぶことができなくなってしまいます。

 お願いを聞いた子供とは、二度にどうことはできません。

 それが、願いわらしなのです。

 それでも。

 長い《なが》長い時間じかんがすぎたあとで――

「リナちゃんを元気にできるよ」

 とうとう、願いわらしは言いました。

「え?」

「引っこさなくても、リナちゃんは元気になれるよ」

 なみだ色の目をまるくさせるヒロキ君を見て、願いわらしは笑顔えがおで言います。

「ボク、願いわらしなんだ」

 ずっと。

 ヒロキ君に声をかけた日からずっと秘密ひみつにしていたことでした。

 でも、それも今日でおしまいです。

 とてもかなしいことだけど、願いわらしは心のどこかでホッとするのを感じていました。

「ボクはずっと、いつも一緒に遊べる友だちがほしかったんだ。でも、願いわらしのボクは、お願いを聞いた子とはもう遊べなくなっちゃう。だから、願いわらしなんかじゃないってウソをついてヒロキ君のお願いを聞かなかったんだ。…ずっと」

 願いわらしはあたまをさげてあやまりました。

「ごめんなさい」

 ヒロキ君はなにも言いません。きっと、ひどくおこっているのでしょう。

 ずっとウソをついていたことをゆるしてくれないかもしれません。

 願いわらしはこわくなって、ぎゅっと目をとじました。

 ところが、ヒロキ君は願いわらしが思ってもみないことを言ったのです。

「そんなの、とっくに知ってたよ」

「え?」

 今度こんどは願いわらしが目をまるくするばんでした。

「ほんとに?」

「ほんとだよ」

「いつから知ってたの?」

「ずっと前から」

「ずっと前?」

「うん。ずうっと前」

「どうしてわかったの?」

 願いわらしがふしぎそうに聞くと、ヒロキ君はちょっとだけいつもの元気をりもどして言いました。

「だって、ふつうの子はそんなおかしなかっこうをしてないもん」

願いわらしは自分のかっこうをみて首をかしげます。おまつりのときみたいなふくに、カラカラと鳴るサンダルみたいなはきもの。それから、おでこの上だけにちょこんとある髪のかみのけ

「そんなにおかしいかな」

「ちょっとだけね」

「ほんと?」

「やっぱり、すごくおかしい!」

 ふたりは顔を見あわせて笑いました。

 いつものように明るく、いつもよりも大きな声で、目になみだをためながら。

 やがて、五時のかねが鳴り始めます。 

「僕がお願いすれば、ユキちゃんは良くなるの?」

 願いわらしはコクリとうなずきました。

「でも、お願いを聞いてもらったら、もう君と遊べなくなるんだよね」

 ヒロキ君の顔は今にも泣きそうで、声もふるえています。

「そんなの、いやだな」

 願いわらしはかなしそうなヒロキ君の顔をみて、ふるえている声を聞いて、とてもうれしいと思いました。

 だって、ヒロキ君は引っこしてしまうリナちゃんと同じくらい、自分とのおわかれをかなしんでくれているのですから。

 願いわらしがヒロキ君を大切たいせつな友だちだと思っていたように、ヒロキ君も自分のことを大事だいじな友だちだと思ってくれていたのですから。

 それは、とてもすてきなことでした。

「お願いを言ってよ。ヒロキ君」

 だからこそ、願いわらしはヒロキ君のお願いを聞いてあげたいのです。

「でも、そうしたらもう遊べなくなっちゃう」

「もう、いっぱい遊んだよ。…それにさ」

ヒロキ君にお願いを言わせるために、願いわらしはもう一度ウソをつくことにしました。

「ほんとのこと言うと、もうヒロキ君と遊びたくないんだ」

「え?」

「ずっといっしょだったから、あきちゃったんだよ。ボク、そろそろちがう子と遊びたいんだ」

 願いわらしはニヤニヤわらいながら言いました。

 笑っていないと泣いてしまって、ウソがばれてしまうから。

「だからさ、お願いを言ってよ。ちがう子と遊ぶためには、ヒロキ君のお願いを聞かないといけないんだから」

 ヒロキ君は何も言わず、ニヤニヤ笑う願いわらしを見つめていました。

 よく見れば、その目にはなみだがたくさんたまっています。くちびるだってふるえていました。

 ずっといっしょだったから、願いわらしがウソをついてもわかってしまうのです。

 ずっといっしょだったから、ヒロキ君がお願いを言うまでウソをつきつづけることもわかってしまうのです。

「もう、ボクと遊びたくないんだね」

「うん。遊びたくない」

「ほかの子と遊びたいんだよね」

「うん。ほかの子と遊びたい」

「そっか」

 だから、ヒロキ君は言うのです。

「じゃあ、お願いをいうよ」

 願いわらしはニヤニヤ笑いをやめて、うなずきました。

「うん。お願いのしかたはわかるよね?」

「このまちの子なら、だれでも知ってるよ」

 ヒロキ君は願いわらしの前に立ち、大きく深呼吸しんこきゅうをしました。 

「願いわらしさん。願いわらしさん。お願い聞いてくださいな」

 願いわらしはしずかにこたえます。

「いいですよ。遊んでくれたおれいに…… ずっと遊んでくれたそのお礼に、お願いひとつ聞きましょう」

 すると、願いわらしの髪のかみのけが―― おでこの上にちょこんとある髪の毛が―― ひかり始めました。

 その髪のかみのけを見つめながら、ヒロキ君は、かみしめるようにお願いをしました。

「リナちゃんを元気にしてください」

「リナちゃんを元気にしたいんだね」

「うん。すごく元気にしたい」

「うん。すごく元気にね」

 願いわらしはうなずくと、光る髪のかみのけ一本いっぽんひきぬいてそらへとかべました。

 そして、なにごとかをつぶやいてフっといきをふきかけると――

 光る髪のかみのけは、いきおいよく町のほうへとんでいったのです。

 あっという間のできごとに目をまるくしているヒロキ君に、願いわらしはやさしく言いました。

大丈夫だいじょうぶ。これでリナちゃんは元気になるよ」

「うん!」

 お願いを聞いてくれてありがとう!

 お礼を言おうとしてふりかえったヒロキ君でしたが、声にすることはできせんでした。

 願いわらしのからだが透明とうめいになっていくのを見てしまったからです。

 そして。

 願いわらしもまた、透明とうめいになっていくヒロキ君をみつめていました。

 願いをきいてもらった子供は願いわらしの姿を見ることができなくなり、願いわらしもまた、願いを聞いた子供が見えなくなるのです。

 二人はもう、おたがいの姿すがたがほとんど見えません。

「遊んでくれてありがとう。すごく楽しかったよ」

 願いわらしはやさしく笑って言いました。

 ほんとうに、ほんとうに楽しい毎日だったから。

「じゃあね、ヒロキ君」

 透明とうめいな手をふる願いわらしに、どうしてもさようならを言えないヒロキ君は、かんがえて、かんがえて、

「これ、あげるからさ!」

 手にもっていたボールを願いわらしにおしつけて、さけぶように言いました。

「また、そのボールで遊ぼうよ!」

 願いわらしは受けうけとったボールをきしめて、ヒロキ君を見ました。

 そして、消えていく笑顔えがおにのせて、最後さいごにもうひとつだけ、願いをこめて、ウソをつきました。

「うん。遊ぼう!」


         ※




 五時のかねると、願いわらしはぴたりと遊ぶのをやめなければいけません。

「遊んでくれてありがとう。とっても楽しかったよ」

「え。もう、おしまいなの?」

 女の子は目を大きくして願いわらしを見ました。とても元気な子で、まだまだ遊びたいという顔をしています。

 もちろん、願いわらしだってまだまだ遊びたいのです。

 でも、これは決まりごと。

「五時になったらおしまい。そういう決まりなんだ」

「うん。そうだったね」

 その決まりを一度いちどだけやぶったことがありましたが、それはないしょ。

 もう、そんなことはしません。

「はい」

 女の子は遊んでいたボールをひろって願いわらしにかえしました。

 願いわらしはボールを受けうけとり、いつものように『お願い』をまちます。

 それは、もうひとつの決まりごと。

 願いわらしは遊んでくれた子のお願いをひとつだけ聞いてあげるのです。

 ところが、女の子はなかなかお願いをしません。

「お願いのしかた、知らないの?」

 ふしぎに思って願いわらしが聞くと、女の子はニコニコわらって言いました。

「あのね。わたしのお願いはもう聞いてもらってるんだ」

「え、そんなわけないよ」

 願いわらしはおどろいて女の子を見ました。

 そんなわけはないのです。

 だって、願いわらしは、お願いを聞いていない子供こどもとしか遊べないのですから。

「ボクはまだ君のお願いを聞いてないよ」

「聞いてくれたよ。お友だちがね、わたしのかわりにお願いしてくれたの」

「お友だち?」

「うん」

「お友だちが、君のお願いをしたの?」

「そう。わたしのお願いを言ってくれたの」

 それなら、何もおかしなことはありません。

 お願いを言ったのは女の子の友だちで、女の子が願いを言ったわけではないのですから。

 願いわらしはなっとくしましたが、でも、ふしぎに思いました。

 どうしてその子は自分のお願いではなく、女の子のお願いを言ったのでしょうか。

「その子は、なにをお願いしたの?」

 願いわらしが聞くと、女の子はニッコリ笑ってこたえました。

「私が元気になりますようにって」

「――ああ、そっかあ」

 そのとたんに、すべてがわかりました。

 願いわらしはその子のことを―― 大好だいすきな女の子を元気げんきにしてくださいと願った子のことを―― よくおぼています。

 わすれたことなど一度もありません。

 だって、たいせつな、とてもたいせつな、友だちですから。

「だからね。今度こんどはわたしが、その子のかわりにお願いするの。いいでしょ?」

「うん。もちろんだよ」

「じゃあ、言うね」

 女の子は願いわらしの前に立つと、お願いをはじめました。

「願いわらしさん。願いわらしさん。お願い聞いてくださいな」

「いいですよ。遊んでくれたお礼に、ひとつお願い聞きましょう」

 願いわらしはいつものようにこたえて、お願いをまちます。

 そして、女の子は元気いっぱいに言いました。


「願いわらしが、みんなといっしょに遊べますように!」


                 おしまい。


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