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となりのルームメイト

作者: 西山ありさ

相変わらずの思いつき→投稿。

ジャンルをどうしようか迷いました。



某日、某時刻。

とある三階建てアパートの一室で足を止め、がちゃり、とノブを回して中に入る男が一人。

一日の疲れを表すように深く息をつき、スニーカーを脱ぐ。


「ただいま。」


玄関の電気をつけると、男は中の空間に目を向けて、そうつぶやいた。


「おかえり。」


すると、奥から返事が返ってくる。

数歩歩いて部屋に入ると、男が一緒に暮らすルームメイトがいつも通りの調子で彼を迎えた。

…いつも通りの、嫌みたらしい笑顔で。


「で?どうだった、今日は。」

「…駄目だったよ。ハズレもハズレ、大ハズレ。」

「そこまで言うことないだろう。」


贅沢な奴め、とくすくす笑う声。

男はむっとした表情を作り、ルームメイトの傍に腰を下ろした。

そして、おもむろに腰より低い位置にある冷蔵庫から缶ビールを取り出して、プルタブを開ける。

気分が悪いから飲み直しだ、と彼は誰に言うでもなく言い訳をした。


「あー、後輩の頼みだからって行くんじゃなかったよ、あんな合コン。」

「ほう、そんなにひどかったんだ。」

「ああ、揃いも揃って、勘違い女ばっかり。」


忌々しげに顔をゆがめる彼に、へえ、と相槌をうつルームメイト。

大学生である彼は、週末の夜になると事あるごとにサークルの飲み会だのゼミの親睦会だのに駆りだされる。そして、その中には、明らかに『男女のお付き合い』を想定した飲み会も含まれるのである。

本日はそのタイプの飲み会で、収穫は全くなかった、ってところだろうか。

ルームメイトはぐびぐびとビールを飲む彼を見て、ふっと笑った。


「俺、『私って、○○な人じゃないですか』っていう女、嫌い。」


ビールを半分ほど飲みほした所で、男は唐突にそう話した。


「へえ、そうなんだ。」

「例えば『私って天然じゃないですかー?』とかあからさまに断定口調で聞いて来るやつ。ホントに天然ならそんなこと言わないし、そもそも本気で天然な人は天然ってことを隠したいっていうか、恥ずかしいと思うもんなんだよ。」

「あ、分かるかもそれ。天然って本人が気付かないって言うし。逆にそう言い切ると胡散臭いよね。」

「あんなの、ただの男をひっかける手口だろ。作った天然なんて、天然でも何でもない。ただの『養殖』だよ、『養殖』。」

「ふーん、言うじゃないか。嫌な思い出でもあるの?」


一瞬の、沈黙。何気なくまたビールをあおる男。

しかし、ルームメイトは彼が気まずそうに目を逸らしたのを見逃さなかった。

『なにがあったの?』と再度聞くと、男は小さな声で答えた。


「…今言った『天然発言女』が元カノ。」

「あららー。女を見る目がなかったんだね、君は。」

「……言うなよ。意外とショックだったんだぞ、あいつの豹変を見たときは。」

「さらに、ご愁傷様。」


南無三、と両手を合わせてちゃかすルームメイトに、男は声を荒げた。


「なんだよ、あの時は何も知らなかっただけだっての!女があんなに狡猾な生き物だってこと!」

「それを知らない君こそ、オカシイ。意地の悪さで女性に敵うわけがないよ。」

「…お前、冷めてるな。女の癖に。」

「そりゃどうも、ありがとう。」

「褒めてねぇよ。」


そう言って、男は少し黙った。

ちらりと横を見ると、いつもこの部屋を陣取っているルームメイトが笑いかけてくる。

それを見て、嬉しい反面、なんだか複雑な気分になる。


―いつもそうだ。この能天気なルームメイトは、男の純情ってやつをまるで分かっていない。

無神経にズバズバと物を言い、楽しいことがあればそれで万事OKの気分屋。

でもこちらのちょっとした表情の変化には気付いてくれる……なんて、性質の悪いことこの上ない。

こいつこそ『天然』の称号にふさわしいのではないか。


男ははあ、と大きくため息をついた。


「……あーあ、もう女なんてこりごりだ。」

「そうは言っても女の子の方が君を放っておかないだろうに。昨日だって、後輩の子といい感じだったじゃないの。わざわざ家にまで呼んじゃって。」

「…見てたのかよ。」

「そりゃそうでしょ。私、ここに住んでるんだし。」

「あー、そうか。昼間見えないから油断してた…」

「へへ、ざまー。」

「うぜえ」


男はぽつりと悪態をつくと、アルミ缶を握りつぶした。彼の険悪な表情を見て、ルームメイトは慌てて謝罪する。


「ごめんごめん。ふて腐れないでよ。」

「うるさい、黙ってろよ馬鹿。」


男がやるせない気持ちで缶をゴミ箱に投げると、ガコン、と小気味のいい音がした。

おお、ナイスコントロール、なんて嬉しそうな声が横から聞こえてくる。

―本当に、性質の悪い。

相手のあまりにも気安い態度にも腹が立つが、その言葉ひとつひとつに動揺する自分が情けなく思う。

そして、それをなにひとつ口に出せないという、もどかしさも。


「……はあ、もう俺ホントに女性不信になりそう。彼女とかリア充とか…こりごりだ。」

「そーだね。」

「………。」


ルームメイトはもう彼の話に飽きたのか、ベッドの上に寝転んでごろごろしていた。

この自由人め、とばかりに男は彼女を睨み――さらに、大ハズレだった合コンその他、色々と積み重なったストレスから生じたイライラが男の心の内から沸き起こる。

―だから、だろうか。

今まで必死に伏せておいた気持ちが、喉元まで浮上し、口をついて出てしまったのは。


「でも、そうだ、なら…つーかさ。」

「なに?」

「お前が俺と付き合ってくれればいいじゃん。」


何気なく放った言葉は、ルームメイトにはどう聞こえただろうか。

顔はつとめて平静な表情を保っているが、この胸の鼓動は聞こえてはいないか、と男は少し緊張する。

だが。


「ふーん。」


ルームメイトは頬杖をついたまま、興味なさげに相槌をうつだけだった。

思った以上のリアクションは薄さに、男は少し傷つきながらも彼女に問いかけた。


「…軽いな。言っとくけど告白だぞ、これ。」

「知ってるって。君こそ分かってんの?言っとくけど私、幽霊だよ?」

「知ってるよ。そんなこと。」

「そっか。」


ひひ、と笑ったルームメイトは半透明の体を翻し、天井にぶつからずに器用に一回転した。


大学に入学し、アパートを契約した際オマケのように憑いて(・・・)きた幽霊。

それがルームメイトである彼女だ。


『初めましてこんにちは。君、私のこと見える?』


そう声をかけられた時、男は腰を抜かすほど驚き、すぐに部屋を変えようと大家と掛け合った。

だが、季節は新学期シーズン。上京してくる若者や新社会人は腐るほどいて、中々代わりの部屋が見つからず…結局、彼は幽霊つきアパートに引っ越すことになってしまった。男は不安いっぱいで実家から荷物を運びいれた。

しかし意外なことに、いざそこに住んでみても肩が重くなったりだとか、呪いをかけられたりだとか、そういったことは一切なかった。

むしろ彼女と何気ない話をしたりして過ごすのが居心地良く感じられ―いつしかそれは彼にとって手放しがたいものになっていった。



「なあ、お前と付き合うにはどうしたらいい?」


彼女と出会ってから今までのことを思い返しながら、男は再度幽霊に問いかける。


「何、本気だったの?」

「本気。で、どーすりゃいい?」

「死んでみればいいんじゃない?」

「おい。」


縁起でもないひとことに、男は思わずツッコミを入れた。

なんてことを言うんだ、と怒ると幽霊はぺろ、と舌を出した。



「冗談。でも普通に考えて無理でしょ、私は人間じゃないんだから。」



そう答えた幽霊は笑っていたが、少し寂しそうな顔をしていた。

――そうは言っても、お前も元は人間だろうに。

即座にそんな反論が頭に浮かんだが、そういえば彼女の生前の話は聞いたことがない、と男は思い起こす。生前のことは忘れてしまうのか、それとも話したくないほど複雑な事情があるのだろうか。

いずれにしろ、彼女の言葉にひどく距離を感じた。


「だよな。見えるの俺だけだし、昼間は見えないし。…やっぱり、無理か。」

「でしょ?そう言ってるじゃん。」

「…じゃあいいや、このまんまで。そのかわり」


言いながら男は隣に鎮座しているルームメイトに手を伸ばす。

彼女の頬に触れるとひやりと冷たい感覚が神経を通して伝わってくる。

当人曰く、上級霊である彼女には人間も手を触れることができるらしい。

男はそのまま彼女をじっと見つめた。


「…何?」

「出ていくなよ。勝手に成仏もするなよ。」


確かに触れられるその存在に、男が望んだのは『現状維持』という身勝手な拘束。

心の距離が遠いのなら、せめて身体的な距離は縮めたい。一番、近くにいたい。

そう思って。


―まるで恋する乙女のような考えだ、と男は自嘲する。

案の定、ルームメイトも目をぱちぱちと瞬かせた後、盛大に吹きだした。


「ぷ、ははっ、また無茶を言う。」

「…無茶じゃない。ゼッタイ、俺から離れるなよ。」

「わー、ヤダヤダ。霊に独占欲出されてもドン引きなんですけど。」

「殴んぞ。」


本当に殴るような仕草をした彼に、霊は『ストップストップ!』と制止をかける。

むっとした表情のまま拳を握る男を、涙をぬぐいながら見下す幽霊。

――まったく、馬鹿な人間もいたもんだ。

呆れつつも、内心こみあげてくる嬉しさには逆らえない。彼女は口角をあげた。


「―わかったよ。どうせ地縛霊だから出ていきようがないし。君が引っ越すまでは傍にいてやるとするか。」

「よし、絶対だからな。じゃあおやすみ。」

「あれ?もう寝るの?」

「疲れたんだよ。」


それだけ言うと、男は立ち上がり電気を消した。

体が睡眠を欲している。

シャワーも洗濯も明日でいい、と投げやりな気持ちで布団に入る。



「ねえ、金縛りでもかけてやろうか、馬鹿な人間。」

「なら布団に引きずり込んでやる、馬鹿な幽霊。」



となりで笑うルームメイトに軽口をたたきながら、男は満足げな笑みをもらし眠りについた。





END




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