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ARCADIA ver.openβ  作者: Wiz Craft
▼エルム観光・編
9/25

宿屋・藁々

 初心者講習を終えると、辺りはすっかり日も暮れていた。

 受講者達の足取りは重い。無目的に歩くには疲労が溜まり過ぎている。

 三人は一様に別れ際にクリケットが告げた言葉を思い返していた。


「本当は一緒に食事したいでしが、流石にそこまで一部の冒険者と仲良くすると後で怒られるでし。でもまたいつでもギルドには遊びにくるでし。歓迎するでしよ」

「花畑を挟んだ入口方面に煙を立ち昇らせる藁ぶき小屋が見えるでしょう。あそこが宿ですよ。汗を流して、今日はゆっくりとお休み下さい。もしお腹が空いていればレミングスの酒場へ行けば食事も出来ますから。覚えておいて下さい。三人ともお疲れ様でした」


 クリケットとコーザの優しい微笑が浮ぶ。


 会話も交わすことなくただ黙々と歩く。

 花畑の女神の脇を通り過ぎると、不思議と何故か癒された。

 夕闇に浮ぶ柔らかい花々の色彩と女神の微笑みが自然と心を癒してくれる。


 村の入り口近くを目指して、歩くこと僅か数分。三人の足がふと止まる。

 ラクダの瘤のように藁が盛られた特徴的な屋根。だが休息を求める三人の瞳には映らない。

 藁小屋の暖簾の前でエルツはキョロキョロと辺りを見渡しながら、他の二人に意見を求める。


「ここかな? たぶん、ここだよね。クリケットが言ってたところって」

「ああ、間違いないよ、そこの暖簾に宿屋『藁々』て書いてある。まんまのネーミングだな」


 苦笑しながら、もう疲労が限界だと言わんばかりにスウィフトが宿屋の中へ、そしてエルス、リンスと続く。

 中へ入ると、彼らの瞳には薄闇の中でランプの柔かい光に照らされた木製のカウンターが飛び込んできた。

 カウンターでは、盲目と思えるほど目を細めた白髪の老婆が両手を台座に乗せてちょこんと佇んでいた。

 老婆の何とも言えない温かい微笑みに迎えられ安堵する宿泊者達。


「あの、泊まりたいんですけど部屋って空いてますか?」とスウィフト。

「部屋かい? 部屋なら空いとるよ。もっとも空いてない事なんてないわな」


 そんな老婆の言葉に三人は顔を見合わせた。そんなに繁盛してないのだろうか、そう思ったからだ。


「あんたらルーキーだろう?」

「え? あ、はい。そうです。今日ここへ来て、今ギルドで初心者講習受けて来たとこなんですよ」


 スウィフトの説明に老婆は笑顔で「そうかえそうかえ」と言って宿帳を取り出した。


「あの子は無茶するから大変じゃったろう」


 老婆の言うあの子とはクリケットの事だろうと、三人には容易に推測できた。


「ここに名前を書いておくれ」

「あの、プレーヤーネームでいいんですよね。代表して書いて大丈夫ですか?」

「ああ、そうじゃよ。ただネームは三人個別に書いておくれ」


 まずは率先して宿帳にネームを記すスウィフトにリンスが続く。最後に二人の記載を確認したエルツが宿帳に名前を書くと老婆はすっと奥の通路に手を向けた。


「さあ、ゆっくり寛ぐんじゃよ。部屋は一人につき一室。出入りは自由。チェックアウトは明日の午前十時が規定なんじゃ、悪いがそれだけ守っておくれ」

「はい、わかりました」


 老婆に愛想良く応対していたスウィフトがふとエルツの方へと振り向く。


「何だか疲れたな。色々見回りたいけど、今日は素直に寝るか。二人ってさ、今後の予定とかってある?」

「いや、特には決めてないよ。ログアウトはまだするつもりは無いし、暫くはこっちの世界で過ごそうと思ってきたから」


 エルツに同調したリンスが言葉を繋げる。


「私も暫くはこっちの世界で過ごすつもり。色々分からないことだらけだったから、今日は二人に案内してもらえて本当に良かった。ありがとう」


 リンスがそう語り微笑み掛けようとすると、スウィフトが片手で遮った。


「いやいや、ちょっと待った。それじゃ何だか別れの挨拶みたいじゃんか。折角、三人で初心者講習受けてさ、これからもこの世界で暫く過ごすっていうんだから。これも何かの縁だよ。暫く行動を共にしない? 絶対、その方がいいよ」


 スウィフトの提案に表情を輝かせたのはリンスだった。


「本当に? それは嬉しいな。この後も二人にできれば色々と教えて貰いたいと思ってたから」

「勿論さ、こういうのは仲間が居た方が絶対面白くなるもんだよ。根拠は無いけど僕が保証する。さぁさぁ、エルツはどうするんだよ」


 促しにエルツもまた微笑を零していた。


「まぁ、断る理由は見当たらないよ。自分もその提案はありがたいさ」


 そして向かい合い、笑顔を零す三人。


「決まりだね! それじゃ、また明日の朝。カウンター前に集合しよう。」

「オーケー。それじゃさっさと今日は床に着くか」

「私はその前にシャワー浴びたいな」


 安堵に包まれた三人がそれぞれ自室へと続く奥の通路へ足を掛ける。

 通路は薄暗く一本道の廊下が伸びていた。小屋のどこにこんな奥に続くスペースがあったのかと、湧き出た疑問を疲労で上書きした三人は迷うことなく廊下を進んでいた。



「それじゃ、おつかれ。また明日」


 語りかけたエルツの言葉に返答は無かった。

 振り向くと二人の姿も見当たらない。

 ほんの数秒前まで感じていた二人の気配までもが跡形もなく消えていた。


「あれ?」


 一本道の通路には部屋の扉など見当たらない。


「カウンターに戻ったのか?」


 しかし、エルツの後ろには確かに背後に付いてくる二人の気配があった。首を傾げながらもエルツは奥へと進む。


「まぁ、明日の朝になれば分かるか」


 通路の奥に部屋の扉は一つ。奇怪な話だが他には見当たらない。

 相部屋ということだろうか。やっぱり他にお客はいないということだろうか。それならばラッキーだったと、エルツは自室の扉に手を掛ける。

 中は小さなワンルームだった。部屋の片隅にベッドとその傍らに円形の小さなテーブルと丸椅子が置かれていた。テーブルの上には小窓が、そこからは緩やかな傾斜の上のギルドが見える。手前には花畑に包まれた女神像が一望できた。


「へぇ、いい景色だな」


 ベッドに横になり、ふと現実世界の事を考え、そしてエルツはすぐに考える事を止めた。そもそも、ここへやって来たのはそんな厳しい現実から逃れるためにやってきたのだ。


「余計な事は考えるのはよそう。今はこの世界を楽しむ事だけ考える、それでいいじゃないか」


 エルツは赤焼けに聳えるギルドを前に静かに瞳を閉じた。



 翌朝、部屋を後にしたエルツは密かな不安を抱えていた。薄闇の中、木板を軋む音が彼の不安を増長させる。

 もしかしたら、あんな素振りを見せておいて二人でどこかへ行ってしまったのではないだろうか。出会ってまだたった一日の縁ではあるが、除け者扱いというのは気分が悪い。

 通路を数歩。二人の姿を心から願っていたその時だった。

 突然、前方にうっすらと人影のようなものが現れた。


「何だ……?」


 透き通ったその人影は、次第にその色彩を露にして行く。


「ス、スウィフト!?」


 しかし、エルツの声はスウィフトには届いていないようだった。彼はそのまま宿屋のカウンターへと歩いていく。

 慌てて後を追い、エルツは彼と並び出た。


「スウィフト!」


 エルツの再度の呼びかけに今度は声が届いたようだった。


「ああ、エルツ」


 ようやくエルツの存在に気づいたスウィフト。彼は何事も無かったかのように、エルツに微笑み返した。


「おはよう。初日からやってくれるよな。早速リンスと抜け駆けなんて。部屋良かったよ。三人で入るにはちょっと狭いけどね。あれだと男は床に雑魚寝かな。二人とも入れば良かったのに。ギルドと女神像が一望できて窓から見る景色は最高だったよ」


 完全に言葉に引っ掛かりを感じたエルツが疑問をスウィフトにぶつける。


「いや、ちょっと待って。何言ってる? ちょうど今僕も部屋から出てきたんだ」


 エルツの言葉にきょとんとするスウィフト。


「え、出てきたって、どこか外で泊まってたんじゃないの? だって部屋一つしか無かったし。てっきり相部屋だと思ったんだけど」


 スウィフトの言葉にエルツはその決定的な事実に気づいた。確かに、通路の先には扉は一つしかなかった。つまり部屋は一つしかなかったのだ。

 二人が困惑していた渦中、通路にまた一人の人影が浮かび上がり始めた。人影はその色調を強めながら二人の元へと歩み寄ってくる。


「あ……二人共どこ行ってたの」


 声を掛けてきたのはリンスだった。目の前に事実に二人の思考が止まる。


「ちょっと待て……なんだこれは。え? 空中からリンスが……なんで? なんだこれは?」


 スウィフトが頭を抱える中、エルツもまた必死に思考を整理していた。

 状況を整理してみよう。三人はそれぞれが一本道の通路を渡り、部屋へと向った。だが通路の先に扉は一つしかない。そして、その先に部屋はただ一つ。常識的に考えれば三人は同じ部屋へ到達する事になる。

 そして、それを裏付けるのがスウィフトのあの言葉だ。


――ギルドと女神像が一望できて最高だったよ――


 エルツとスウィフトは同じ景色を窓から眺めていた。これが一体何を示すのか。


「つまり僕らは、それぞれ別の同じ部屋で休んで、戻ってきたんだ」


 別の同じ部屋。何とも矛盾を避けられない言い回しだが、そう表現する他無かった。けれども、ここが仮想現実ならばそんな不可思議な空間が成立したとしてもおかしくはない。おそらくは、あの通路が別空間へ振り分けるスイッチのような役割を果たしていたのだろう。そう考えれば二人の気配があそこで突然消えたのも、スウィフトに声が届かなかった事も説明が出来る。

 曖昧な推論が核心を捉えつつあった。


「なるほど、そういう事か。確かに一人一室だ」


 老婆の言葉を思い出したエルツが語調を強める。

 スウィフトは依然頭を抱えたままだった。


「なんか、頭痛くなってきた……頼む。もうちょっと整理する時間をくれ。それか誰かもっとわかり易く説明してくれ」


「要は一人部屋と考えていいって事? 流石にあの部屋三人じゃ狭いと思ったんだ」とリンスの言葉に困惑を深めるスウィフト。


 悩める三人の会話を老婆はニコニコしながら聞いていた。


「いんでぃびじゅあるえりあ、というのじゃよ」


 その言葉に三人が呆ける。


「え、おばあちゃん何て?」


 尋ね返したスウィフトに老婆は再び呟いた。


「いんでぃびじゅあるえりあ、じゃ」


 おそらくは三人が今悩んでいる事を説明してくれているのだろう。


「お婆ちゃん、それってどういう意味なんですか」


 リンスの問いかけに老婆は首を傾げた。


「わからんのぅ。ただそう呼ばれていることは知っておる」

「それじゃ、何にもわからないよお婆ちゃん!」


 興奮するスウィフトをエルツは横で諌めながら、ただその言葉を反復していた。


――Individual Area<インディビジュアルエリア>――


 この世界で体験する全ての出来事が新鮮で謎めいている。

 まさに彼らはこの世界でしか味わえない醍醐味を体験している。

 ただし捉え方は人それぞれ。

 エルツの隣では依然混乱に堕ちたスウィフトが、いんでぃびちゃびちゃえりあに頭を悩ませていた。


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