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ARCADIA ver.openβ  作者: Wiz Craft
▼初心者講習・編
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ギルドでの談笑

 溢れる木々の合間から漏れるやわらかな日差しを感じながら、エルツはあの親切な冒険者に教えてもらった建物を目指して歩いていた。村の中には、冒険者らしき人々の姿があちこちに見られた。厳かな鎧に身を包んだ者、革のマントを纏い、魔女がよく被っているような三角帽子ウィッチハットを身に付けた者など、少なくともただの麻布を纏った冒険者はエルツ以外にあまり見当たらないように思えた。ギルド前の緩やかな傾斜を上る間、道行く人の視線にちょっとした気恥ずかしさを覚えながらエルツはただただギルドへと足を急いだ。

 傾斜を上りきると、そこには先程まで遠目に見ていたあの建物が、視界を埋め尽くしていた。


「間近で見ると予想以上に大きいんだな」


 現実で言えば、おそらくは三階建てに相当するであろうその建築物は、驚くべき事に全てが木で組まれていた。これだけ大きな建物にも関わらず、その全てがただの木材と藁で出来ている、それだけでエルツにとって興味の対象としては充分だった。

 まるで、都会へ上京してきた田舎者のように、ただただ立ち止まって魅入ってしまう自分を諌めながらエルツはギルドの入り口をくぐった。

 中には広々とした空間が広がっていた。高い天井に網目状に組まれた張りには、狩猟で獲られたと思われる獣の毛皮が、囲炉裏から立ち上る煙によってなめされていた。その囲炉裏の周りでは、二人の冒険者達がくつろいでいる。

 入り口でキョロキョロと中を見渡している田舎者に注がれる視線。勿論エルツはその視線に気づいていた。


「困ったな……ここでいいのかな」


 そんな事をエルツが呟きながら立ち往生していると、囲炉裏の前でくつろいでいた一人の青年が立ち上がった。


「どうしたの」


 囲炉裏の煙に当てられてか対面者の肩元まで伸びたその髪は銀色の輝きを纏って見える。


「あの、すみません。ここで初心者講習やってるって聞いて来たんですけど」

「初心者講習? ああ、そうか。じゃあ君もルーキーなんだ」


 君も、というその言葉にエルツは今再び青年の姿を確認する。自分と同じ麻布を纏ったその姿。


「え、じゃあ君も?」


 思わず問い返したエルツに青年は頷く。


「今、この近くでトラブルあったみたいで、ギルドの人出払ってるんだ。君もここ座りなよ」


 その言葉に促されてエルツは青年の傍らに腰を下ろした。


「僕はスウィフト。見ての通り今日入ったばかりの初心者さ。ちなみに、彼女も初心者だよ」


 スウィフトが示した囲炉裏の向かいには煙越しではあるが女性の姿を確認することができる。


「リンスです」


 細く高いまるでフルートのような柔かな音色を帯びた声。


 囲炉裏の炎の輝きを受けて、美しい金色に輝くその長髪。淡い青味を帯びたその吸い込まれそうな瞳に見つめられエルツは暫し言葉を忘れていた。


「彼女とも今日ここで知り合ったんだ。って何見惚れてんですか、おい」


 スウィフトに茶化すように横腹を小突かれ、慌てて自己紹介をするエルツ。


「エルツです。よろしく」



 一通りの自己紹介が終わると、そこからはスウィフトの質問攻めが始まった。


「エルツって普段どんなゲームしてるの?」

「うん、結構全般的に手出してるけど、やっぱりRPGが多いかな」


 エルツの答えに、すかさずスウィフトが切り返す。


「RPGか。それってオンライン?」

「うん、MQマスターズクエストとかGBSグランドブルーストーリーとか」


 伸びをしていたスウィフトの動きがふと止まる。


「あ、MQやってるんだ。え、出身国どこ? どこまで進んだ?」

「出身はカーネイル。一応最終試練突破して、限界レベルまで上げた」


 エルツの言葉に跳ね上がるスウィフトの身体。


「マジで!? え、ちょっとそれ廃じゃない」

「そうかな?」

「それ絶対廃人だって」


 完全にマスターズクエストをやっている者にしかわからない内輪ネタの内容となった談笑に、すかさずスウィフトがリンスに対してフォローを入れた。


「ごめん、リンス。一昔前のオンラインゲームの話なんだ。聞いての通り、エルツかなりの廃人、正直驚いた。じゃあさ、やっぱりこのゲームも極めるつもりで来たの?」

「ううん……どうだろ。肌に合えばだけど。正直VRSって初めての体験だから、どうかな」


 VRSを搭載したゲームは現状全世界にこのゲーム――ARCADIAアルカディアしか存在しない。故に、必然的に冒険者はこのゲームで初の仮想現実の世界を体験する事になる。

 現実でのゲーム攻略に長けているからといってここ仮想現実の世界でも、それが通用するかと言うと、あながちそれは一概には言えない。実際に、五感をフル活用するこの世界では現実のゲームではあまり重要視されない人間性が如実に浮かび上がってくる。既存のオンラインゲームでもある範囲での人間性は問われるが、そこではあくまで本質は隠された匿名性に守られた封鎖的な世界である。だが、ここ仮想現実では、全ての行動に本質が要求される。自分の行動の一つ一つに相手の微々たる表情の変化が返され、それは自らの五感を通して一つの実体験となる。


 エルツは軽いこの談笑の中から、仮想現実の素晴らしさと同時に危うさを、感じ取っていた。ここは一つの社会。

 そう、これはただのゲームでは無い。

 とはいえ、そんなに堅くなっても仕方がない。今は与えられた環境を最大限に楽しもう、とそんな事を考えながら、エルツは会話にその身を置いていた。


■語彙説明

廃人はいじん-----一般的にネットゲームにおいてはこの言葉は二種類の意味を持つ。一つは元来、この意味通り、ネットゲームに対してその生活時間のほぼ全てを懸けているような者達、つまりは、いつログインしても存在するような輩に対する侮辱的な当て言葉。だが、その侮辱的発言もある度合いを超えるとそれは第二の意味へとすり替わる。極限までやり込み、ゲームの世界へ情熱を注ぐその姿は軽蔑から畏敬の念へ、常人からは想像もつかないようなペースで攻略を進めるその先人達は廃神はいじんと称えられる事もある。

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