旅立ちの浜辺
空はよく晴れていた。
瞳に映る世界が真実だとするならば、彼は今紛れもなく幸せの中に包まれている。
サファイヤ色に輝く青く透き通った海原、そして純白の砂浜は真珠と譬えて遜色は無い。その二つが織り成す海岸線はどこまでも美しく、旅立ちの場としてはこの上ない壮景が広がっていた。
ここは<旅立ちの浜辺>。
冒険者達がこの世界に来た時必ず通る出発点である。
「ここが、ゲームの世界か」
浮世離れした台詞を軽々しく吐いた彼は決して世捨て人では無い。
この世界を訪れる連中の多くは厳しい現実に疲れた逃避者達だ。
現実と理想の狭間でぶれていた彼らはここではしっかりと自らの理想を追求することができる。そう信じてやってきているのだ。
無論、青年もその一人だ。
真白な砂浜に短くまとめられた黒髪が映える。背丈は中背といったところか、麻布をまとったその旅人らしいその姿はこの世界では珍しくもない出で立ちであった。
青年の名はエルツ。彼もまたこのゲームの冒険者の一人だった。白い砂浜の上に降り立った彼は、砂地を確かめるようにしっかりと踏みしめる。ここが真実か、それとも仮想か。足裏一つで感じ取り、理解できるならば話は早い。
視覚を疑い、触覚を疑い、結局半信半疑を保った足跡はそのまま海へと向かって伸びて行く。
「噂には聞いてたけど、ここが仮想世界だなんてやっぱり信じられないな」
冒険者にとって目に映る景色は貴重な財産である。エルツにとってもまた、この光景は何にも変えられない貴重な体験だった。実際に目で見て、身体で世界を感じとる。それが出来る事が、VRSの最大の特徴だ。そして、その体験こそがここへやってくる冒険者達が求めているリアリティなのである。
ひとしきり目の前の景色を愛でると、当然冒険者である限り旅立つ事になる。エルツもまたそんな冒険者達の例外では無かった。
「さて、これからどうするか。まずは街とか村を探すのがセオリーかな。今持っている装備とかアイテムも確認しといた方がいいかな」
腰元には一本の銅製のナイフが備え付けられていた。他に装着しているものと言えば、身に纏った麻布以外、他に見当たらない。
「いわゆる初期装備ってやつか」
護身用のナイフを手に取り、何振りかして、その重量と質感を確かめる。ナイフは思ったよりも軽く扱いやすい。
「戦闘か。楽しみだな。今のとこモンスターらしき影は見当たらないけど、まあ、まずは早いとこ街を探して、この世界の情報を集めよう」
そうして旅人はその本来の姿を取り戻す。
一人の冒険者の新たな門出。
波に打たれるその白い砂浜にはしっかりとその足跡が残されていた。