クリケットからのお願い
▼聖獣様の様子を見てきて欲しいでし!
◆クエスト詳細:
•大変でし。シムルーの様子がおかしいでし。シムルーは島の象徴であり守り神でし。最近、日が落ちるといつも悲しげな唸り声が聞こえてくるでし。前はこんなことなかったのに絶対変でし。できれば様子を直接見に行きたいのでしが、生憎我輩は忙しい身でし。そこで、お願いでし。青の洞窟に行ってシムルーの様子を見てきて欲しいでし。お礼はするでし。詳しくはコーザに聞くでし。じゃ、お願いしたでし!
パーソナルブックから依頼を確認した冒険者達はコーザによってギルドの裏口へと通されていた。
「驚きましたね。あれから、一週間ですか。揃ってLv3とはかなりのハイペースですね」
流石はギルドの一員だけあってコーザは冒険者の都合に精通している。Lv3に到達するには三百以上もの経験値を稼がねばならないことを彼は知っていた。
「馬鹿みたいに狩りに明け暮れてたからね」とエルツが苦笑する。
「Magic Artsの習得はお済みですか」とコーザの問いかけに対して、スウィフトは人差し指を振って馬鹿にするなとでも言いたげに「勿論」と返した。
思い返してみれば、初心者講習でコーザが使用した風車という技、あれはMagic Artsだったのだ。
裏口の扉の前でコーザはふと神妙な面持ちで唐突に切り出した。
「シムルーはね、僕達にとって大切な存在なんですよ」
その言葉にスウィフトはふっと失笑する。
「それは、NPCとしての定言?」
ロールプレイングを強いられている彼の心中をストレートに射抜いたつもりだったスウィフトはコーザの遠い眼差しに困惑を浮かべた。それは懐旧に耽ったようなとても優しく寂しげな眼差しだった。
「僕達はね、ずっとこの地で一緒に生活してきました」
僕達というのはシムルーを指すのか、クリケットを指すのか、はたまたその双方を指すのかエルツ達にはここでは判断が付かなかった。
きっと彼が今までに案内したであろう何千、いや何万という冒険者の一握りに過ぎないエルツ達に何故内面を曝け出す必要があるのか。その理由が見えないからこそ、エルツ達はこのコーザの迫真の演技に対して困惑を浮かべていた。
――行って下さい、そしてシムルーをよろしくお願いします――
「さっきのコーザのあの演技、どう思った?」と懐疑的なスウィフト。
「いや、迫真の演技だったと思う。まるで本当に深意が込められてるみたいに感じたよ」
エルツの傍らでリンスは気掛かりな様子で呟いた。
「演技じゃないと思うな」
その呟きにスウィフトが先ほどの失笑を振り返す。
「だとしたらシムルーって何物って話になっちゃうよ。演技じゃないって、リンス。大前提としてこれはゲームなんだよ。現実ではないんだから。NPCっていう役割を演じている彼らがただのプログラムに対して感慨を持つなんて考えられないよ。きっと余程、厳しい演技指導とか、カリキュラムに含まれてたんだと思うよ」
スウィフトの言うこともエルツにはよく理解出来た。だが何かが引っ掛かる、というリンスの心情も理解出来た。
だが、当面はそんなことを論議している場合ではないと、抱えている大きな課題をまずこなすことが先決だと、三人の思考は次第に切り替わる。
「聖獣シムルーってどんな奴だろうね。エルツどう思う? って何て顔してるんだよ、お前」
「いや、ちょっとね」
武者震いなのか、そわそわと身体を小刻みに揺らすエルツに対してスウィフトは呆れ笑いを浮かべる。
「お前、もしかして戦う気だろ? あんだけ感情表わしてコーザに託されたこのクエストを不意にするつもりか」
「いや、これは全く個人的な勘なんだけどさ。これバトルクエストのような気がするんだ」
「根拠は?」
スウィフトの問い詰めにエルツは「さぁ」と返す。
勘とエルツは言ったものの全くの無根拠という訳でもなかった。
何故ならば、船着場のオラクルゲートの条件でこのクエストの達成が通過条件に挙げられていたことから、メインクエストに違いないとエルツは決め打ちしていたのだ。それに関しては彼自身の見解として推測ではなく確信と言い切れた。新しい大陸へ渡るフラグ立てのクエストをサブクエスト扱いする訳が無い。
従って然るべき難易度の課題をこのクエストに与えてくる筈だと、エルツは心の準備をしていた。
このイルカ島で冒険者が体験する生活とは言わばチュートリアルである。この世界でどんなことが体験できるのかを冒険者達に解説しているに過ぎない。
となれば、残された冒険要素とは何か、謎解きやギミックも勿論有り得るが、忘れてはならない重要な要素がある。
それがボス戦闘だ。
穴だらけの推論ではあるが、連想に連想を重ねてエルツなりの答えに辿り着いていた。
同時に、エルツは不安にも襲われていたのである。
――僕はシムルーと戦えるのか?――
クリケットとコーザの悲しげな顔が不意に浮ぶ。
東海岸沿いに北上し、いつしか移り変わった景色にふと足を止めることになる。
海岸に聳える巨大な岩石群の中でも、特に巨大に重なった二つの岩盤。その合間にぽっかりと口を開けた暗闇には浅瀬から大量の海水が流れ込んでいた。
波が押し寄せる浅瀬に足を踏み入れると、膝までが浸かる。だが、已む無くと三人は強引に水飛沫を上げながら暗闇の中へと身を投じて行く。
ふとエルツはかの哲学者ルーカス・フォルクレントの一節を思い出していた。
――試練と安易に口にすべきではない――
――その言葉は乗り越えてからこそ、価値を持つ――