経験値考察
RPGで一番重要な要素とは何か。
昨今のゲーム愛好者は看過しがちだがRole Playing Gameという名の通り、ある決まった役割を担うことも一つの視点として重要なことではある。だがこれはここでの答えとして相応しくない。
単純にゲームシステムを楽しむという意味において、最上位に位置づけされるものはやはり情報が挙げられる。
最終的なMMORPGの顛末とはリソースの奪い合いである。これによりプレーヤーは人間関係を歪曲させながらより高みを目指して泥沼に嵌っていくことになる。これを効率化する為の最大要因が上記で挙げた情報にある。
得られるモノは僅かな自己満足、逆に失うものは莫大な時間と人間性とハイリスク・ローリターンなこの基本構造は開発者に言わせれば、そこは扱う者次第と。プレイする人間の心構えで天国にも地獄にもなるとは良く言ったもので、実際にその通りと感ずるところもあれば、盛大な責任転嫁とも見受けられる。
デメリットはさておき、エルツにはこの基本構造を理解しつつも敢えて鼠罠に果敢に突っ込んで行く節があった。
エルツの提案によって、暫しのシャメロット狩りを続け、昼には入手したシャメロットの甲羅(売却額:23ELK)をそれぞれ二、三枚ほど換金し、レミングスの酒場で簡素な食事にありつくと、午後一には再び島内の探索へと足を運ぶ経緯となった。
イルカ島の生態系は多様とはいえ、モンスターと呼ばれる類は限られている。
光差し込む木々の合間で歌う小鳥達も、花々の周りで舞う可憐な蝶であっても、その他生態系を形成する様々な動植物達の多くはこの世界では生態オブジェクトと分類されている。
つまりは狩りの対象とは本来設定されていない(実際には狩ることもできる)世界を飾る装飾の一部とされている。
プレーヤーにとってモンスターと生態オブジェクトを判別することはごく簡単であり、パーソナルブックのマップビューワー上で確認するという術がある。一つ、難があるとすればVRMMOはテレビのような中間的な媒介が存在しない為、モンスターが近くに存在するときにエクスクラメーション・マークのような視覚効果は表れない。故にプレーヤーは世界のモンスター類を知識として蓄える必要がある。
シャメロット狩りを行っていた岩場からそう遠くない海岸近くの森にはBriubliosという蜘蛛のモンスターが存在する。
黒と黄の縞模様を帯びた肢体から足を広げると、その全長は八十センチにもなる。毒々しい容姿であるが幸いにも毒は持っていない。だが代わりにと森の昆虫を一噛みで砕く顎からその凶悪性は垣間見える。
木漏れ日の丘では人懐こいラヴィを囲んで刃を向ける冒険者達の姿も見掛けられた。
同じ麻着をまとった容姿からおそらくは初心者である彼らは容赦なくラヴィに刃を振るうものの、俊敏に跳ね回るラヴィの動きに苦戦しているようでなかなか有効打を浴びせられない。
戦闘最中には小声でざまぁみろ、などとラヴィを心底から応援している様子のスウィフトではあったが、目の前の冒険者達が結果として痛手を負いながら勝利を収めると、彼らの元へ近付き周辺ラヴィ討伐の報酬を聞き出すというお調子ぶりを見せる。
農園が存在する北海岸にはシャメロットに交じって上位種であると思われるGethと呼ばれる赤紫の甲羅を背負った陸蟹が浅瀬を這いずり回っている。北海岸は初心者冒険者の間では危険区域と称されたエリアである。ノンアクティブのGethに危険性は無いがここにはもう一種、冒険者の脅威となるあるモンスターが存在する。
それがBreukwathである。透明度の高い青を発色する液状化したその生物はスライムと呼ばれる類である。
スライムは物理攻撃に非常に強い耐性を持っており、通常の演算から求められるダメージを十分の一にする。代わりに魔法耐性は非常に低いという弱点も持ち合わせているが、この法則を知らずに挑んだ大抵の初心者はここで命を落とすことになる。
ただ歩いているだけでも、視覚に嫌でも映る美景に心を奪われていれば瞬く間に時間は過ぎ去って行く。
夕方の海岸にはランプワームと呼ばれる巨大なミミズが頭だけを地上に生やしたようなモンスターが出没する。
実際の容貌は環形動物特有の気味の悪い見目である。だが頭頂にホタルのように淡い幻想的な光源を浮かべて、それを浅瀬に点々と続かせる様子は遠くから眺める者達に絶景と感じさせる。
またムームー<夜子羊>と呼ばれる海羊と類されるモンスターが夜の波間に頭を突き出して、泡と雫を撒き散らしながら次々と島へ上陸してくる様子もまた圧巻としてエルツ達を魅了した。
レミングスの酒場で遅めの夕食へと漕ぎ着けた三名は今日の成果を確かめていた。
「今日は随分と動き回ったな。スライムはマジでびびった。槍で突き刺しても全然ダメージ通らないし。慌ててあの気持ち悪いの踏んづけたらまとわり付かれてダメージ7とか食らうしさ」
「強かったよね。あの場を早く離れたかったけど、二人共全然逃げようとする素振り見せないんだもん」
呆れたように微笑むリンスに何故かスウィフトは得意気だった。
「僕は廃人じゃないけど、大体ゲームやる時はHARDな方が好きなんだ。初見HARDってゲーマーの間じゃ結構常識なんだ。エルツなんかも、たぶんその手のタイプだよきっと」
「まぁ、否定はしない」
エルツは自らの発言にスウィフトが廃人呼ばわりしようとするのを未然に片手で防ぐとリンスに向かって苦笑する。
「所詮、ゲームなんだから自分のペースで楽しむのが一番だと思う。そういう意味ではリンスにはちょっと悪いことしてるね。僕らのペースでことを運んでるから」
「いや、リンス素質あると僕は踏んでるんだ。だって初めて触った弓で毎回正確に的に当ててるんだよ。これって有り得ない才能だと思うんだよ」
「あ、私。アーチェリー部だったから」
周囲の冒険者の気を引くほど、パンと大きく手を打って立ち上がったスウィフトが賞賛の言葉を吐く。
「ほら見ろ。やっぱそうでしょ。だから言ってたじゃんエルツ。絶対にリンス弓触ったことあるって」
「お前、声が五月蝿いんだよ。いいから座れって」
「それで全国大会何位なの?」
スウィフトの真顔の質問に明らかな困惑を浮かべるリンス。
「え、いや。賞は持ってないです。大会に出たことはありますけどね。ただ地区大会なので」
「地区大会って凄いよね。僕は凄いと思う」
話の飛躍も甚だしいスウィフトにエルツが完全無視を決め込んでいると、リンスに困ったように視線を投げられる。
実際は意志さえ出せば誰でも参加可能な大会であった。
スウィフトはここでようやく話の引き戻しに掛かる。
「今日でたぶん、大体この島の生態系は網羅したと思うんだ。これまでの取得経験値は三人とも二十五弱と、ただの情報収集のつもりが結構稼いだよね」
「危険なのはやっぱりLv2のモンスターだ。スライムを倒せたのは幸運だとしか言い様が無かった。GethにしてもMoomooにしても、ここら辺は逃げて正解だった。このステータス見る限りは勝ち目ないよ」
「逃げてもモンスターの詳細情報が見れるようになるのね」
リンスの言葉に確かにとスウィフトが腕を組む。
「多分だけど、一撃でも攻撃を加えていればって条件かな。もしかしたらダメージを通さないと駄目かもしれない」
「ああ、それだ。多分。GethのときもMoomooのときも攻撃は加えてるし。エルツの言ってるのは攻撃加えて0だった場合のことでしょ。その場合どうなんだろ。詳細更新されないのかな」
「別段今のところは重要な項目じゃない。この世界のダメージ計算式だとヒットさせた上でダメージ0を与える方が難しいし」
話は今後の狩りの対象へと移り変わる。経験値と狩り易さを踏まえてどのモンスターを狩る事が最も効率的かという話題だ。
「狩りの対象としてはLv1のモンスター以外に選択はないね」
スウィフトのこの意見には他の二人も一致した見解を示す。
「問題はRavi , Shamelot , Lamp Worm , Briublios の中で何が一番狩り易いかってことだけど。エルツどう思う? 僕はあまり気は進まないけどRaviとかも積極的に狩っていくべきかな」
「いや、Raviは除こう。効率が悪過ぎる。昼の冒険者達の戦い見ただろ。あんなに素早くて苦労して倒してEXP1じゃ割に合わないよ。それにポリシーってのは変えない方がいい」
Raviとは戦わないというエルツの言葉に安心したようなリンスは「それじゃ、どうするの?」と具体的な指示を求める。
「Briubliosって言い難いなこのモンスター。ブリブリにしよう。ブリブリはどう?」
スウィフトの提案にエルツは解析データを見ながら首を振る。
「一匹狩ってみて分かったけど、Lv1の中では断突の強モンスターだよこいつは。やたらダメージ食らうと思ったらD4で物攻17だ。道理な訳だよ。一撃が重い上に素早さも12。さらに特殊攻撃で蜘蛛の糸を吐いてくる。ネバネバは矢と一緒で一定時間で消えるけど、戦闘中はほぼ戦力として無効化されるし。手は出したくないな」
「じゃ、どうすんの。あとShamelotとLamp Wormしか残ってないよ」
怪訝な表情のスウィフトにエルツは真顔を見せる。
「それで、いいじゃん。ShamelotとLamp Wormで。物理防御力は高いけどダメージが通らない訳じゃない。素早さは僕らより遅めで攻撃を加えやすい。攻撃のヒットに運要素が絡まない分、討伐の安定したペースを作り出せる。個人的にはランプワームが一番ベストかな」
「なるほど、それじゃ暫くShamelot狩りか。Lamp Wormは夜しか出ないしね。じゃあ狩場は西海岸?」
スウィフトの正統的な質問にエルツは首を横に振る。
「いや、北海岸」
「何でだよ、北海岸ってあそこスライム出るしメチャメチャ危険じゃん!」
エルツの理解出来ない矛盾に腹を立てたスウィフトが噛み付く。
「そのスライムだけどさ。よくよく考えたら結構こいつ美味しいよ」
「何、味? 食べたの?」
「殴るぞ」
「いやん」
エルツは到ってまともに説明を始めた。
注目すべき点はHPと魔法防御だと彼は語る。
「魔法防御4ってことは計算上、現時点の僕らの放ったMagic Artsのダメージは二倍以上になるんだ。Swiftが槍を装備した時の基本D値が7だろ。10/4倍してみなよ。Pistol Shotがまともに当ればそれだけで体力の半分削れる。さらに言うならば効率を前面に押し出すと短剣の方がいい。ダメージは10に収まるけど、消費MPが半分になる」
「エルツの言いたいことは分かったけど、それってつまりスライムを狩りの対象に含めるってことでしょ? 駄目だよ、エルツ、根本的な見落としがある。SPは消費したら回復まで自動回復を待たなきゃならない。自動回復はHP/MP共に一分で2%の回復だから、フル回復までは五十分掛かるんだぞ。この間、北海岸でいつ襲われるかも分からないスライムの恐怖と戦い続けるのか? 僕達はいいけどリンスには酷だ」
珍しく正論を言っているように思えるスウィフト。
リンスは二人の掛け合いに真剣な眼差しで静観していた。
ここでエルツが意外な切り口を見せることになる。
「さっきまで全くスウィフトと同意見だったんだ。だけど、偶然隣のテーブルの冒険者達が語ってる内容を何となく盗み聞きしてさ。グリーンハーブドロップって知ってる?」
「グリーンハーブドロップ? どこかで見たな。確か道具屋で売ってたと思うけど。それが?」
エルツはいかにも愉快そうにスウィフトにその効果を告げる。
「五分間で、25HP/5MPの回復。正確には一分間毎に5HP/1MPを回復する効果があるんだってさ。値段は一つ16ELK」
「それマジ? 初期Lvだと五分で全快じゃん」
「やっぱり基本は大事だよ。回復アイテムを見落とすなんてどうかしてたな」
顔を見合わせたエルツとスウィフトは不敵な微笑を浮かべる。
「なんかヌルゲー化しそうだけど、明日からまた狩りが楽しみになるね」
「ああ、全くだよ」
二人の思惑は重なった。