希望の朝
ハッ、ここは⋯⋯なんだ夢か。身を起こしてあたりを見回す。いつもと変わらぬ自室である。私はフゥとひと息ついた。なぜあんな夢を⋯⋯?見知らぬ浮浪者のオッサンの食っているラーメンどんぶりに白飯を投入してそれを分け合う夢だなんて。気分が悪い。
外はまだ暗い。少し雨が降っているみたいだ。雨音に耳を澄ます。シトシトいう音に混ざって獣が鳴く声。またアイツか。立ちあがって自室の窓からそっと見下ろす。二階にあるそこからは我が家の家庭菜園と、いまは手放して空き地になっているかつてはウチのミカン畑だった土地が見える。そこの隅の、枯れ葉が堆積し、少し泥濘になっている地面に、鼻面をツッコんでいるイノシシがいた。
脇を通る細い通路に設置された外灯がその姿を照らし出す。大きいのが一体。それよりひと回り小さいのが一体。そしてまだ縞の模様が残るウリ坊が二匹。一家でお出ましのようだ。ちょっと戻ってスマホを確認する。まだ4時半を回ったところ。まあもう少し放っておいても、彼らに出くわす者はいるまい。
私は一階へ下りた。用を足して顔を洗ったあと、湯を沸かしてインスタントのコーヒーを淹れる。それだけ済ませて戻っても、イノシシ一家はまだそこにいた。窓際で一杯やりながら観察を続ける。
なにかを漁っているのは父親らしき大きい奴だけ。フゴフゴブヒブヒ鼻を鳴らす。母親とその子らは少し距離を置いてその様子を眺めている。ウリ坊の片方が、もう一方にイタズラをし、そこから追いかけっこが始まる。互いが相手の尻尾に噛みつかんとするかのように連なって走る。しかしその輪はあくまでも母親の周囲に収まった。彼女からは片時も離れない。
眺めている内にやがて向こうの空を区切る山の稜線が現れてくる。あそこを越えた先ではもう日が昇りつつあるのだろう。さすがにこれ以上は危ういかもしれない。私は名残惜しい気持ちを覚えつつ、窓の網戸を思いっきり開いた。
ピシャンという高い音が静かな朝に響く。その瞬間、父親イノシシが頭をあげ、間を置くことなく駆け出した。遅れて母親とウリ坊たちもその後ろを追う。土手を登り、ショートカットで通路に合流すると、もうコチラからは見えなくなった。
ウムウム、山へお帰り。私は満足して頷いた。見るともう雨はあがっている。これなら早起きの年寄りが散歩に出るかもしれない。このタイミングで一家にお帰り願ったのは正解だったろう。
そうやっている間に寝起きの嫌な夢については忘れていた。最初から爽やかな朝だった気がしている。窓の外にはもう朝日が差していた。私は机に常備している水を空いたカップに注いだ。それをグイッと飲み干してから、日課の体操を始める。
なんでもいい。とにかく今日もいい一日になりそうだ。
了




