少年サッカー 第1話 短編版
「石川さん、サッカー経験ありますか?」
「いや、高校はラグビー部で」
「じゃあ、お父さんコーチ、やってみません?」
ユースケの引率で練習試合を見に来ていたとき、村上コーチに声をかけられた。
未経験の父親が二人でチームを回しているらしい。審判資格まで取っていると聞き、頭が下がる思いだった。
「平日は仕事、土日は少年サッカーのコーチ」
どう考えても無理だと思った。
家で話すと、ユースケは「恥ずかしいからやめて」と言い、妻は「あなたがコーチなら私が引率しなくて済む」と言う。
二人の温度差に苦笑しながら、「やらないよ」と流した。
***
八月の合宿で車を出せる親を探していると妻が言った。
コーチは無理でも、お手伝いならできるかもしれない。
そう思い、参加を決めた。
山中湖の合宿所。
子どもたちは浮かれっぱなしで、練習は上の空だった。
「集合」
村上コーチが静かに呼び寄せ、十秒ほど黙った。
「今は練習の時間。おしゃべりは夜にいくらでもできるよ。九月から大会が始まる。勝ちたいでしょ。ちゃんと練習すれば、一勝は必ずできるようにしてあげる」
怒鳴らず、押しつけず、ただ“分かるよね”と語りかける声。
子どもたちは素直に聞き、練習に戻った。
夕方の最後は、子どもチーム対親チームの試合。
十三対六。
大人は走れず、蹴れず、空振りばかり。
一方で子どもたちは驚くほど上手い。
フェイントで股を抜かれたときは、思わず笑ってしまった。
試合は三対一で子どもたちの勝ち。
手作りの温かさがそこにあった。
***
夜、親たちでビールを飲んでいると、村上コーチが言った。
「サッカー以外にも教えることはたくさんあります。礼儀、挨拶、仲間を大事にすること。強い相手にどう向かうか。小学生はメンタルだけで勝つこともあるんです」
昨年、格上のチームを前半0-0で折り返した話を聞いた。
「行ってこい!」と送り出した後半に二点取られて負けたが、あの前半は本当に誇らしかった、と。
「平日お仕事で大変でしょうけど、卒業までの二年ちょっと、一緒にやってみませんか?」
胸が熱くなった。
村上コーチ、話がうますぎる。
「明日の練習を手伝ってから考えさせてください」
そう答えた。
***
翌朝、山下コーチが来た。
卒業した子の親だが、今もコーチとして残り、いろんな学年を見ている。
指導は的確で、子どもたちがどんどん上達していく。
自分もあんなふうに教えられたらと思った。
合宿の最後、山下コーチが言った。
「石川さん、新横浜勤務なんですよね。駅近くの喫茶店で働いてるんで、来てくださいよ」
店名を聞くと、いつもの蕎麦屋の隣だった。
***
翌週、昼休みにその喫茶店に行った。
昭和の香りが残る店で、山下コーチがフライパンを振っていた。
「毎週金曜の夜、コーチ会議してるんですよ。石川さんもぜひ」
気づけば、エンリコに通うようになっていた。
夏合宿、山下コーチの存在、ユースケのサッカー好き──
いろんなものが少しずつ背中を押してくる。
団体競技が好きだ。
弱いチームが強い相手にどう挑むかを考えるのが好きだ。
高校のラグビーで強豪校に挑んだときの作戦会議を思い出す。
負けたけれど、あの時間は確かに楽しかった。
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