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第十九片 真鍮の鋏と、命の端っこ

 わたしの麻のローブの深いポケットには、いつもひとつの小さな道具が収まっている。街の裏通りにある埃っぽい金物屋で、赤銅貨数枚と引き換えに手に入れた、刃先のすこし曲がった真鍮の鋏。


 冒険者が腰に提げているような、魔物の硬い鱗を断ち切る鋭い短剣でもなく、錬金術師が使うような魔力を帯びた銀のメスでもない。留め具の鋲がわずかに緩んでいて、開閉するたびにちゃり、ちゃりと頼りない音を立てる、ひどく凡庸な日用品。指を入れる輪っかの部分はわたしの手にはすこしばかり大きくて、長く使っていると親指の付け根がじわじわと赤く痛んでくる。


 けれど、わたしは森の奥深くで薬草を採取するとき、決まってこの不格好で鈍らな鋏を使うのだ。


 木漏れ日が、青い幻燈のように斑模様を作る斜面でしゃがみ込む。目当ての薬草の根元に鋏の刃を当てて、ぐっと指に力を込める。パチン、というくぐもった音とともに、水分を含んだ太い茎が断ち切られる。

 真鍮の冷たい金属越しに指先へと伝わってくる感触。植物の繊維がわずかに抵抗し、やがて力負けしてちぎれていく、確かな手応え。


 切り口から、緑色の汁がにじむ。冷たくて、青臭い。草にも血があるのだと、そのたびに思う。


 奥底に眠る内側の回路を開けば、こんなまどろっこしいことをする必要は一切ない。不可視の真空の刃を虚空に思い描けば、森のあちこちに点在する薬草の茎を、細胞の隙間を縫うようにして一瞬で、何の痛みもなく完璧に切断することができる。葉脈の美しい網目を微塵も傷つけず、金剛石のように無傷なまま、刈り取ることだって造作もないだろう。


 けれど、わたしはその「手応えのなさ」が、どうしようもなく恐ろしかった。


 対象に触れることなく、過程をすべてすっ飛ばして結果だけを掠め取る。それは、わたしがこの世界にたしかに存在して、何かを奪って生きているという生々しい事実を、真っ白に漂白してしまうように思えて。


 だから、真鍮の鋏の鈍い切れ味が、わたしには必要だった。

 命の端っこを断ち切るには、相応の力と、ぎりぎりとした摩擦の抵抗があるのだということを知るために。茎の硬さ、葉の裏のざらつき、そして指先に残る土と青臭い匂い。そのひとつひとつが、わたしがいま、泥にまみれたこの世界の地面にへばりついて、ひっそりと呼吸をしているという何よりの証明になる。


 なめとこ山の熊を撃つ猟師のように、ただ自分のささやかな胃の腑を満たし、今日の雨風をしのぐための必要に迫られて、自然の一部をすこしだけ切り取らせてもらう。そこに神様のような傲慢な魔法の光はなく、ただの、ちっぽけで泥臭い命のやり取りがあるだけだ。


 麻袋が半分ほど膨らんだ頃には、わたしの右手はすっかり疲労して、少しだけ強張って震えている。

 わたしはその心地よい疲労感のなかで、鋏の刃にこびりついた緑色の血を、使い古した手ぬぐいでゆっくりと拭き取る。鈍く光る真鍮の表面には、木立の隙間から射し込む光が、遠い銀河の星屑みたいにちかちかと反射していた。


 きれいになった鋏をふたたびポケットにしまい込むと、からだのすぐそばで、ちゃり、と冷たくて小さな音がした。

 そのささやかな重みは、わたしが明日もまたこの森へ来て、自分の手で触れられる範囲だけの、静かで痛みを伴う生活を繰り返していくという、この世界との確かな約束のように思えた。

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