第十八片 両手で包む、無色の熱
冬が近づいているのか、朝晩の冷え込みが日ごとにその輪郭を鋭くしている。
宿屋の三階のこの一番奥の部屋は、壁の隙間から容赦なく冷気が入り込んでくるから、夜明け前などは薄い毛布一枚ではからだの芯まで凍えてしまいそうになる。
わたしは軋むベッドから身を起こし、息で白く曇った窓ガラスを指先でそっと拭った。外はまだ、インクをこぼしたような深い藍色に沈んでいて、街のざわめきすら目を覚ましていない、完全な静寂の時間だ。
冷え切った両手をこすり合わせながら、部屋の隅にある木箱の上に置かれた、縁の欠けた不格好な陶器のカップを手に取る。昨日の夜のうちに裏庭の井戸で汲んでおいた水が、なめらかな水晶の塊のように冷たく静まり返って収まっていた。
茶葉も入れない。香草も浮かべない。
わたしはただ、カップの底を左手で包み込み、ほんのわずかだけ、極小の熱を孕んだ魔力の回路を明滅させる。
ちいさな、ほんとうにちいさな火の揺らぎが、陶器の分厚い底を通して、じわじわと内部の液体へ伝わっていく。
カップの底から、ぷつ、ぷつと、銀色のちいさな気泡が生まれ始める。
それは、冷たい水底で冬眠から目覚めた水棲の甲虫が、初めて吐き出す小さな呼吸にも似ていた。かすかに湯気が立ち上り、水そのものが持っている、ひどく素朴で微かに石灰の混じったような土の匂いが鼻をくすぐる。
「白湯」という概念。ただお湯を沸かしただけのこの飲み物を、ひどくありがたがって消費する文化。
けれど、この桔梗色の空の下の、泥臭くて重力に満ちた異世界に、そんな小洒落た概念は存在しない。
ここでただのお湯をすするのは、茶葉や蜂蜜を買う銅貨すら持ち合わせていない貧乏人か、さもなくば、吹雪の森で凍え死にそうになっている冒険者が、命を繋ぎ止めるために胃の腑へ流し込むときくらいのものではないのだろうか。
味も、香りも、カロリーも。そこには何一つ、命を繋ぐための色彩がない。ただの、純粋な熱の塊。
両手でカップを包み込み、ふう、と小さく息を吹きかけて、縁にゆっくりと口をつける。
味はしない。当たり前だ、ただのすきとおったお湯なのだから。
けれど、舌の上を滑り落ちていくその無色の液体は、確かな温度を持って、わたしの食道をじんわりと焼くように通り過ぎていく。喉から胸の中心、そして胃の腑へと落ちていくその熱の軌跡が、からだのなかに暗い空洞があることを、はっきりと教えてくれた。
何も足さない、何も引かない。
甘みも苦みも、一階の厨房で誰かが丹念に煮込んでくれたシチューの滋味も、ここにはない。
ただの熱を持った水が、わたしの肉体という管を通過して、やがては汗や尿となって排泄されていくだけ。その徹底した「無意味さ」と「透明さ」が、わたしをひどく安心させるのだ。
この味のなさ。色付けのされていない、ただの透明な温度。
それは、誰とも関わらず、誰の物語にもならず、この街の片隅でただ息をひそめているだけの「わたし」という空っぽな現象に、一番よく似つかわしい飲み物だと思っている。
だからわたしは、このすきとおった熱をすする。
誰の感情も混じっていない、この世界のどこにでもあるただの水を、自分だけのささやかな熱で温めて飲む。カロリーを持たないその熱は、わたしの命を劇的に救うことはないけれど、少なくとも今のこの朝の寒さからだけは、確実にわたしを遠ざけてくれる。
カップの底が空になるころには、窓の外の藍色がほんの少しだけ薄らぎ、遠くの空の端っこに、瑪瑙のような淡い光が滲み始めていた。
無色の熱を胃袋に抱え込んだまま、わたしはふう、と小さく白く濁った息を吐く。
わたしは熱を失いかけたうつわをテーブルに戻し、その透明な空虚さの余韻だけを胸の奥に抱えて、ふたたび軋むベッドの毛布の下へと潜り込んだ。
味のない日々。透明な時間。それでいい。わたしはこれからも、誰にも知られることなく、ちいさな自分だけの白湯を沸かし続ける。
そのすきとおった無価値さのためだけに、身の丈に合わない力を使うことが、いまのわたしにとってはとても正しい、ひどく正しい行為のように思っている。




