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第十三片 冷たい瑪瑙と、閉じた世界

 コップの底に残った水滴が、朝の乏しい光を反射して、かすかに虹色の輪郭を作っている。

 わたしはそれを冷えきった指先でそっと拭いながら、自分の内側の深いところでどろどろと渦巻く、みっともない自己弁護の言葉を、ひとつひとつ拾い集めては並べていた。


 わたしはなにも、この世のすべてを捨て去って、ただ透明な風とひかりだけを食べて生きるような、気高い修行僧になりたいわけではない。

 ほんとうのさいわいを探すために、自分から進んで燃え盛る炎の中へ飛び込んでいくような、そんな純粋で哀しい魂なんて、最初から持ち合わせてはいない。ただ、痛いのが嫌で、ひもじいのが嫌で、誰かの悪意や悲しみに巻き込まれて、自分の心がざわざわと波立つのが恐ろしいだけなのだ。


 もしこのでたらめな力を完全に消し去って、ほんとうの無力な少女になってしまったら。

 わたしは明日から、冷たい雨に凍え、路地裏の暴力に怯え、病や飢えの前にただひれ伏すしかなくなる。どうしようもない不条理が襲いかかってきたとき、防ぐ術もなくただ血を流して死んでいく。そんなむき出しの苦痛を甘んじて受け入れるような、苦痛を喜んで受け入れるほど壊れてもいないわたしが、どうしてこの絶対的な命綱を手放すことなどできるだろう。


 窓の隙間から、どこかの誰かが大声で笑う声と、重たい荷車が石畳を軋ませる音が入り込んでくる。

 この巨大で騒がしい世界は、わたしというちっぽけな現象がどう明滅しようと、あるいは今すぐぷつりと途絶えてしまおうと、一向に構わずぐるぐると回り続けていく。わたしがこの部屋の隅で、神にも等しい力を隠し持ったまま弱者のふりをして息を潜めていようが、それとも力を捨て去って無残な末路を辿ろうが、結局のところ、この世界の誰にとっても微塵も関係のないことではないのだろうか。


 星めぐりの歌がどれほど美しく響こうと、わたしの耳には届かない。

 わたしがどんな選択をして、どんなふうにずるく生き延びようと、それはただ、青い幻燈の端っこで起きたちいさなノイズにすぎない。誰の運命も狂わせず、誰の記憶にも残らないのなら、わたしがわたしの弱さを抱え込んだまま、この安全な箱庭のなかで偽物の清貧を気取っていたって、誰に責められる謂れもない。


 言い訳のようにつぶやいた言葉は、埃っぽい空気のなかにかすかな波紋を広げ、そしてすぐに吸い込まれるように消えていった。


 わたしという存在は、どこまでも利己的で、臆病にできている。

 神聖な光の素足で茨の道を歩くことなんて、到底できない。だからわたしは、誰にも見咎められないこの薄暗い三階の部屋で、自分のその醜さを、冷たい瑪瑙の石のようになめらかに撫でさすりながら、ただひっそりと抱きしめていればいいのだ。


 昨日から引きずっているふくらはぎの鈍い痛みをもう一度さすりながら、わたしは昨日と同じ、カチカチに硬くなった黒パンの欠片を口に運ぶ。

 ぼそぼそとした麦の粉が、舌の上でゆっくりと唾液に溶けていく。それはひどく味気なくて、どこまでも平坦な泥のような味だったけれど、今のわたしには、この惨めで静かな朝食こそが、自分の輪郭を縁取るためになによりも必要なものだった。


 わたしは毛布を深く引き寄せ、誰にも関係のない、わたしだけの小さな世界に閉じこもる。

 この絶対的に安全で、ひどく孤独な朝の静寂のなかに、自分の輪郭が溶けていけばいいなと思いながら。

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