第十一片 四次元の切符と、測られない輪郭
冷え切った両手を胸のあたりにそっと当て、静かに目を閉じる。
わたしのからだのずっと深いところ、分厚い扉と重い南京錠で封印した冷たい石室の奥には、いつも青白い有機交流電燈のような巨大な力が、音もなく明滅している。
その回路の「底」がどこにあるのか。わたしは一度も覗き込んだことがないし、これから先も絶対に調べるつもりはない。
チートという名の、このバグめいた理不尽なシステム。
もしわたしが本気で念じれば、窓の外に広がるこの見知らぬ星の地殻を、いともたやすく砕いて灰にしてしまえるのだろうか。空気のない冷たい真空の暗黒へ放り出されても、十力の金剛石のように傷ひとつなく、平然と生き長らえることができるのだろうか。
あるいは、空間の網目を引き裂いて、元の世界のあの暗い地下鉄のトンネルへ、四次元の天の川を逆流するようにして帰還することすら可能なのだろうか。
どこまでも行く切符を、ほんとうは持っているのかもしれない。
試してみれば、きっとすぐにわかる。自分の限界を測り、意識の裏側でちかちかと瞬く狂った数字の羅列が意味する「本当の権能」を理解すること。それは、意識をほんの数ミリだけ深く沈めるだけで済む、ひどく簡単な作業だ。
けれど、わたしはあえてその「輪郭」を縁取ることを、激しく拒絶する。
自分の力がどこまで及ぶのかを、正確に知ってしまうことは恐怖だ。
もし、神に等しい確かな力だと知ってしまえば。広場で見た碧色の瞳の奴隷や、病に倒れる誰かを見過ごすたびに、「なぜ救えるのに救わないのか」という途方もない罪悪感が、わたしのこの薄っぺらい精神を内側から食い破りに来るだろう。
元の世界へ帰れると知ってしまえば、あの息苦しい世界へ戻るべきか、この見知らぬ箱庭に留まるべきかという、ひどく熱を帯びた選択の天秤に、否応なしに掛けられてしまう。
「できるのに、やらない」という明確な責任と悪意を背負い込むくらいなら。
最初から「自分が何者で、何ができるのか」を、曖昧で得体の知れないブラックボックスのままにしておくほうがずっといい。わたしは、みんなのほんとうのさいわいのために燃え尽きる気高さなんて持ち合わせていない。ただ、自分の平穏だけを完璧に守り抜きたい、どこまでも利己的で臆病な石ころなのだ。
だからわたしは、己の底知れない力をただの「開けてはならない毒の瓶」として扱い、重たい南京錠を幾重にも掛け続ける。
万能の神になる可能性を自ら放棄して、無知であることを免罪符にする。今日もこの薄暗い三階の部屋で、自分の力すら把握していない、ひどく凡庸で無力な影のふりをして息を潜めている。
目を開けると、窓の隙間から入り込んだ、冷たい風がわたしの頬をかすめていった。
ひもじくて、脆くて、すぐに寒さに震えてしまうこの肉体の感覚だけが、いまのわたしにとって唯一の確かなものだ。宇宙の果ての真空も、次元の壁の向こう側も、わたしの知るべきことではない。
誰の運命も狂わせず、自分の底の深さすらも知らないまま。わたしはこれからも、このすきとおった水底の楽園で、ただ静かに無駄な時間をすり減らしていくのだ。




