第十片 閉ざされた活字と、透明な無知
街の大通りから一本裏に入った路地に、ひどく古びた本屋がある。
ガラス窓の向こうには、日に焼けて変色した羊皮紙の束や、重厚な革張りの背表紙がうずたかく積まれていて、前を通るたびに、埃と甘いインクの混じったような、しんと静まり返った匂いが鼻をかすめる。
この薄暗い宿屋の三階で、何日も鍵を閉めて息をひそめているわたしにとって、本来であれば「本を読む」という行為は、最も理にかなった暇つぶしであるはずだ。
果てしない時間をやり過ごすための、静かで、誰にも迷惑をかけない娯楽として、読書以上のものはない。
けれど、わたしはあの一度も開かれたことのない本屋の扉を、押し開けようと思ったことはないのだ。
わたしの部屋には、文字の書かれた紙片が一枚たりとも存在しない。
本を開くことへの、ひどく根深い忌避感。
活字の羅列を目で追い、意味を咀嚼するということは、否応なしにこの異世界の内臓を覗き込む行為に他ならないから。
ページをめくれば、そこには必ず誰かの思考が息づいている。
かつてこの世界を救ったとされる英雄たちの血みどろの叙事詩。どこかの気高い聖女が書き残した、自己犠牲と祈りの教え。あるいは、この歪な箱庭を成り立たせている魔法の原理や、残酷な身分制度を正当化する歴史の連なり。
そういう、他人の熱を帯びた物語や価値観が、わたしのからだのなかに流れ込んでくるのが、たまらなく恐ろしく思う。
知識が増えるということは、世界の解像度が上がってしまうということ。
もしも、わたしがこの世界の成り立ちを深く知ってしまったら。
冒険者ギルドの掲示板に並ぶ安値の依頼書が、この世界の誰かの切実な生活とどう繋がっているのか、その構造を理解してしまったら。
今まで、ただの「自分とは無関係な風景の染み」として冷たく見過ごすことができていた悲劇に、明確な意味と理由が張り付いてしまう。複雑に絡み合った世界の因果が、はっきりと目に見えるようになってしまう。
そうなれば、わたしのこのひもじくて安全な水底の楽園は、たちまち崩壊するだろう。
無知であるからこそ保たれていた平坦な視界が歪み、胸の奥で眠っていたちいさな修羅が、正義感や義憤という厄介な毒火を噴き上げ始めるかもしれない。知ってしまったからには見過ごせないという、強迫観念に押しつぶされてしまうかもしれない。
わたしは、そんな重たいものを背負って歩けるほど、立派な生き物ではない。
みんなのほんとうのさいわいを探して宇宙の果てまで旅をするような、そんな透き通った魂は持っていない。ただ、自分の手足がちぎれるのが怖くて、他人の痛みに共鳴して自分の心がすり減るのを激しく嫌悪している、どうしようもなく利己的な石ころなのだ。
だからわたしは、本を読みたくないと思っている。
他者の書き残したインクの海には決して潜らず、ひたすらに自分の内側だけを見つめて、空っぽのままでいることを選ぶ。
何も知らない、何も理解しようとしない透明な現象のままで居ること。
それが、物語の強烈な引力から身を守るための、わたしの大切な鎧だった。
窓ガラスに額をこしつけて、暮れ泥む街の屋根を見下ろす。
青い幻燈の明かりがひとつ、またひとつと灯り始める風景を、わたしはただのきれいな光の明滅としてだけ受け取る。そこに誰かの生活があり、哀しみがあり、歴史があることなんて、想像の彼方に追いやってしまえばいい。
今日もまた、文字のない冷たい部屋のなかで、わたしはただ呼吸の回数だけを数えながら、この無菌の夜の底へと深く沈んでいく。




