第6話 観察対象
「――というわけで、今日からしばらくは“観察対象”ね」
リーナは、申し訳なさそうに、でもできるだけ柔らかくそう言った。
ギルドの掲示板の前。朝のざわめきの中で、その言葉だけが妙にはっきり聞こえた。
「観察……ですか」
「ええ。危ないって意味じゃないですよ? 念のため、っていうか……」
言葉を選んでいるのがわかる。たぶん、ギルド長からも細かい説明は受けていないのだろう。
「軽い依頼だけ。単独は禁止。同行者付き。内容も事前確認あり」
「……普通に働けるなら、大丈夫です」
条件を聞いた限り、そこまで理不尽ではない。むしろ、失敗しにくい。俺としては助かる。
「本当に、それでいいんですか?」
リーナが少しだけ不安そうに聞く。
「はい。目立たない方が、安心なので」
それは本心だった。
昨日の視線。噂。ギルド長の言葉。
ああいうのは、できれば関わりたくない。
「じゃあ……この依頼を」
差し出された紙には、倉庫街での整理作業と書かれていた。魔物なし。戦闘なし。人手不足の補助。
「向いてます」
「そうですか?」
「はい。たぶん」
たぶん、という言葉に、リーナが小さく笑った。
同行者として付いたのは、ノクスさんだった。
いつもの黒い外套。相変わらず、気配が薄い。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
それだけの会話で、仕事は始まった。
倉庫街は雑然としていた。箱が積まれ、通路が狭く、足元も安定しない。普通なら、転んだり、物を落としたりしそうな場所だ。
だから俺は、極力動かなかった。
重い箱には触らない。崩れそうな積み方のものには近づかない。誰かが運んでいるときは、進路から外れる。無理に手伝わない。
「……手、空いてるな」
倉庫番の男が、少し不満そうに言う。
「すみません。邪魔にならないようにと思って」
「まあ……怪我されるよりはいいか」
結果として、作業は滞らなかった。
むしろ、俺が動かないことで通路が確保され、全体の流れが良くなった。
誰かが箱を落としそうになると、その少し前に気づいて声をかける。
倒れそうな棚の前には、自然と誰も近づかなくなる。
俺は何もしていない。
本当に、何も。
作業が終わると、倉庫番は腕を組んで首を傾げた。
「不思議だな……今日は事故が一つもねえ」
「そうなんですか?」
「いつもは誰かしら、やらかすんだが」
それは、たまたまだろう。
俺はそう思うことにした。
ギルドへ戻る道すがら、ノクスさんがぽつりと言った。
「今日は、よく抑えていたな」
「はい。言われた通りに」
「結果も、悪くない」
褒められているのか、評価されているのか、相変わらずわからない。
「……俺、何か間違ってますか」
「何を?」
「“抑える”って」
ノクスさんは少し考え、答えた。
「間違ってはいない。ただ――」
言葉を切る。
「それでも、周囲は勝手に意味を見出す」
「……困りますね」
「そうだな」
街に戻ると、掲示板の前で数人の冒険者が話していた。
「今日の倉庫街、静かだったらしいぞ」
「事故ゼロだって」
「運がいい日もある」
その中の一人が、ちらりと俺を見る。
目が合うと、すぐに逸らされた。
嫌な感じはしない。
でも、落ち着かない。
リーナが報告書を書きながら言った。
「アルトさん、今日は“問題なし”です」
「……よかったです」
「ええ。でも――」
一瞬、言葉を飲み込む。
「“何もしなかった”のに、結果が出てるのは……その……」
「普通、じゃないですか?」
「……どうでしょう」
その答え方が、すべてを物語っていた。
ギルドを出るとき、背中に視線を感じた。
期待ではない。警戒でもない。
――測られている。
村へ戻る道で、俺は深く息を吸った。
外の空気は、やっぱり落ち着かない。
普通に働いただけなのに。
何も起こさなかっただけなのに。
それでも、世界は俺を“観察対象”として扱う。
俺はまだ知らない。
この「何も起こさない」という選択そのものが、
外の世界では、すでに異常だということを。
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