第30話 名前だけが残る
その依頼に、俺は関わっていなかった。
受注もしていない。
現場にも行っていない。
報告書にも、俺の名はない。
街道沿いの水路補修。
老朽化が進んでいたが、難易度は高くない。
人員も十分。
ミレルが、現場責任者として動いたと聞いた。
「無事に終わりました」
ギルドで、リーナがそう教えてくれた。
「怪我人もなしです」
「それは、よかった」
本心だった。
ミレルは、真面目だ。
判断も、手順も、正しい。
成功して当然の仕事だ。
「……評価も、上々で」
リーナは、少しだけ言いづらそうに続ける。
「報告書も、きれいに通りました」
「そうですか」
それなら、何の問題もない。
……はずだった。
その日の夕方、酒場で声をかけられた。
「聞いたぜ」
「何をですか」
「水路の件。やっぱり、お前がいたからだろ?」
思わず、言葉に詰まる。
「……俺は、行ってません」
相手は、きょとんとした顔をした。
「え?」
「現場に、いませんでした」
「……ああ、そうなのか」
一瞬の沈黙。
「でもさ」
彼は、悪気なく続ける。
「最近、そういうの多いよな」
「“アルトが関わってる案件は、だいたい無事”って」
関わっていない。
だが、名前は残る。
それだけで、十分らしい。
翌日、ギルドの掲示板には、結果報告が貼り出された。
――水路補修、完了。
――被害なし。
誰の名も、書かれていない。
だが、掲示板の前で、誰かが言う。
「今回は、あの人いなかったんだろ?」
「でも、前にノウハウ残ってるしな」
「そうそう。結局、同じだ」
“同じ”。
その言葉が、胸に引っかかる。
ノウハウじゃない。
記録でもない。
ただ、
「そうなるはずだ」という期待だけが、
結果を上書きしている。
その夜、王都でまとめられた集計資料には、こう書かれていた。
――地方管理案件
――安定率、上昇傾向
――要因:現場判断の成熟
正しい分析だ。
だが、会議室の隅で、誰かが言った。
「……やっぱり、アルトの影響が大きいんじゃないか」
その一言に、誰も反論しなかった。
数字は、嘘をつかない。
だが、解釈はいくらでも歪む。
俺は、その頃、村への道を歩いていた。
ただの帰り道だ。
空は曇っている。
特別なことは、何もない。
それでも、
自分がいない場所で起きた成功が、
少しずつ“自分の物語”に組み込まれていくのを、
肌で感じていた。
「……名前だけが、残る」
それは、
評価されることより、
ずっと怖い現象だった。
俺がいなくても、世界は回る。
それは、証明された。
それでも、
俺の名前だけは、
勝手に、回り続けている。
共存は、成立したはずだった。
だがその裏で、
“英雄の影”だけが、
ゆっくりと育ち始めていた。
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