第20話 代替失敗
翌朝、ギルドの空気は、いつもより静かだった。
ざわめきがないわけじゃない。
むしろ逆で、声を落として話す者が多い。
小さな事故は、派手な事件よりも長く尾を引く。
「……昨日の件」
「通常手順で、だろ」
「それで、あの結果か」
俺は、聞こえないふりをして掲示板の前に立った。
紙は、いつも通りだ。
軽作業。点検。立ち会い。
――何も変わっていない。
リーナが近づいてきた。
「おはようございます、アルトさん」
「おはようございます」
「今日は……」
「はい。今日は、行きます」
自分でも、声が固いのがわかった。
奥の部屋に通されると、文官と技師、それに警備の責任者が揃っていた。
ノクスさんはいない。
代わりに、若い技師が一人、緊張した面持ちで立っている。
「本日は、昨日の続きです」
文官が言う。
「対策は、すでに組み直しました」
机の上に広げられた図面。
赤線で修正が入っている。
「人員を増やし、確認工程を二段階にしました」
「安全率は、規定以上です」
どれも、正しい。
教本通り。
誰が見ても、妥当だ。
「……俺は」
口を開く。
「どこにいればいいですか」
文官は、一瞬だけ視線を迷わせたあと、答えた。
「入口付近で。今回は、あなたが前に出る必要はありません」
“今回は”。
現場は昨日と同じ管理区画だった。
人は増え、動線も整理されている。
確かに、昨日より安全そうに見える。
俺は、入口脇に立ち、作業を眺めた。
……嫌な感じが、消えない。
配置は整っている。
だが、それは“昨日の失敗”に対する対策だ。
――今日の失敗は、別の形で来る。
そう思ってしまう自分が、嫌だった。
「工程一、開始」
技師の声。
計測。
確認。
記録。
順調だ。
順調すぎる。
俺の視線は、無意識に天井と床を行き来していた。
支点。
重心。
人の集中。
――一点に、集まりすぎている。
だが、今回は人が多い。
誰かが気づくだろう。
「工程二、問題なし」
「工程三へ移行」
その瞬間、奥で金属音が鳴った。
“きん”
小さな音。
だが、俺には大きく聞こえた。
「……待ってください」
声が出てしまった。
全員の視線が、こちらに向く。
「理由は?」
文官が、即座に聞く。
理由。
言葉にするには、曖昧すぎる。
「……重さが、寄りすぎています」
「どこに」
「工程三の区画に」
技師が顔をしかめる。
「計算上は、問題ありません」
「計算上は、です」
言ってから、後悔した。
前に出るな。
指示するな。
だが、もう遅い。
「……続行します」
責任者が判断した。
正しい判断だ。
規定上、止める理由がない。
次の瞬間だった。
床下から、鈍い音が響いた。
“ぐら”
揺れ。
「下がれ!」
誰かが叫ぶ。
床板の一部が沈み、資材が傾く。
支えようとした警備兵が、転倒した。
――間に合わなかった。
俺は、反射的に動いていた。
一歩前に出る。
倒れかけた資材の進路を、体ごと変える。
ただ、それだけ。
轟音。
粉塵。
完全な崩落は、起きなかった。
だが、負傷者が出た。
昨日より、少し重い怪我だ。
現場は、即座に封鎖された。
医療班が動き、記録が取られる。
俺は、入口に戻り、何も言わなかった。
文官が、ゆっくり近づいてくる。
「……止められた可能性は?」
「……あります」
「それを、事前に言えましたか」
「……たぶん」
沈黙。
「しかし」
文官は続けた。
「あなたが言った時点では、止める根拠がなかった」
それも、事実だ。
「代替案は、正しかった」
「だが――」
言葉が、途切れる。
ギルドに戻ると、ギルド長が待っていた。
「今回の件」
「はい」
「誰の判断ミスでもない」
その言葉が、何より重かった。
「通常基準で考えれば、想定内」
「だが、我々は――」
彼は、はっきりと言った。
「“アルトがいる基準”で、安全を見積もっていた」
胸が、冷たくなる。
「代替は、代替になっていなかった」
「前提が、歪んでいた」
その夜、王都では一枚の書類が回された。
――代替運用検証結果
――当該人物不在時、リスク評価が不安定化
文官は、書類を閉じ、深く息を吐いた。
「……これは、失敗だ」
失敗したのは、現場ではない。
代替案でもない。
“代替できると思ったこと”そのものだ。
遠く離れた街で、俺は布団に入っていた。
今日も、何もしていないつもりだった。
だが、結果は違った。
俺がいるときも、
いないときも。
どちらも、誰かが傷つく。
――それなら。
初めて、はっきりと考えてしまう。
俺は、この場所にいていいのか。
代替失敗。
それは、
世界が“俺抜きの普通”を取り戻せない証明だった。
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