第14話 便利な凡人
それは、二度目の“協力要請”だった。
前回から、まだ五日も経っていない。
ギルドに入ると、リーナがすぐにこちらを見つけて、苦笑した。
「……やっぱり、来ました」
「何がですか」
「王国から、です」
嫌な予感、というより、予想通りだった。
「今回も、前に出なくていい案件です」
「それなら……」
「ただし、“いてほしい”そうで」
その言い方が、妙に引っかかる。
奥の部屋には、前回と同じ文官がいた。
相変わらず地味な服装で、相変わらず感情の読めない顔をしている。
「ご足労ありがとうございます、アルトさん」
「いえ……」
礼を言われるほどのことはしていない。
「今回は、旧市街の貯水区画です」
文官は淡々と説明する。
「老朽化が進んでおり、過去に二度、崩落事故が起きています」
「修繕、ですか」
「本来は土木部門の管轄です。ただ――」
一拍、置く。
「“何も起こらない状態”で、現場確認をしたい」
その言い回しに、俺は少し考え込んだ。
「……俺がいると、何も起こらないと?」
「記録上は、そうなっています」
言い切られなかったのが、せめてもの救いだった。
現場は、確かに古かった。
石壁にはひびが走り、水の染みが広がっている。足元も不安定だ。
同行者は前回より多い。
技師二名、警備兵三名、ノクスさん、そして俺。
「アルトさんは、中央付近で」
技師が言う。
「動かなくていいです」
……それ、仕事なんだろうか。
俺は、言われた通り、邪魔にならない位置に立った。
前に出ない。
指示しない。
触らない。
ただ、見る。
水の流れ。
壁のひび。
人の配置。
――一人だけ、危ない位置にいる。
「……そこ、少し下がった方がいいかもしれません」
思わず、そう言ってしまった。
技師が振り返る。
「え? ここですか」
「はい。たぶん……足場が」
半信半疑の顔で、技師が一歩ずれる。
次の瞬間、
足元の石が、音もなく崩れた。
「……っ」
全員が息を呑む。
だが、誰も落ちなかった。
怪我人もいない。
警備兵が、低く呟く。
「……またか」
また。
その言葉が、胸に刺さる。
作業は即座に中断され、その日はそれで終了になった。
撤収の最中、文官がノートを閉じながら言った。
「今回も、被害ゼロ」
「……たまたまです」
「ええ。記録上は」
その言葉が、前回と同じだったことに気づいてしまう。
ギルドへ戻る道すがら、ノクスさんがぽつりと言った。
「慣れてきたな」
「何にですか」
「お前がいると、何も起きないという前提に」
俺は、思わず足を止めた。
「それは……困ります」
「だろうな」
ノクスさんは、淡々と続ける。
「だが、“便利”という評価は、止めにくい」
便利。
強いよりも、
怖いよりも、
ずっと厄介な言葉だ。
ギルドに戻ると、リーナが報告書をまとめていた。
「今回も……問題なし、ですね」
「はい」
彼女は少し迷ってから、言った。
「アルトさん、自分がどう扱われてるか……わかってます?」
「……普通に働いてるだけです」
それ以外の答えが、思いつかなかった。
その夜、王都の文官は報告書を整理しながら、同僚にこう言った。
「彼は、危険ではない」
「だが、“置いておくと安定する”」
同僚は、眉をひそめる。
「それ、褒めてるのか?」
「評価しているだけだ」
報告書の表題には、こう追記されていた。
――当該人物は、
――意図せず、現場の不確定要素を減少させる。
遠く離れた街で、
一人の青年は布団に入り、深く息を吐いていた。
今日も、何も起こらなかった。
それが、
少しずつ“価値”として積み上がっていることに、
彼はまだ気づいていない。
ただ、こう思っていた。
――この仕事、楽でいいな。
それが、
世界にとってどれほど危険な感想かも知らずに。




