第13話 協力要請
その依頼は、掲示板には貼り出されなかった。
朝、ギルドに顔を出すと、リーナが少し困ったような顔で待っていた。
「アルトさん……今日は、直接お話が」
「はい?」
直接、という言い方が引っかかる。
「依頼、ですか」
「ええ。ただし、いつもの形式じゃありません」
奥の小部屋へ案内される。
ギルド長、ノクスさん、そして見慣れない男が一人、すでに座っていた。
男は文官風の服装をしていた。派手さはないが、身だしなみは整っている。年は三十前後だろうか。視線が鋭い。
「座ってください」
ギルド長が言う。
俺は、素直に椅子に腰を下ろした。
「アルト」
ギルド長は、前置きなく切り出す。
「今回は“協力要請”だ」
要請。
命令ではない。
それは、少しだけ安心できる言葉だった。
「王国管理下の水路で、異常が確認された」
文官が説明を引き継ぐ。
「原因不明。魔物反応なし。だが、過去に事故が起きている場所だ」
水路。
第7話の出来事が、頭をよぎる。
「本来なら、通常の土木部隊で対応する」
「しかし、今回は“念のため”冒険者ギルドに声がかかった」
“念のため”。
その言葉の重さは、最近よく知っている。
「俺が行く必要は……?」
恐る恐る、そう聞いた。
文官は一瞬だけ言葉を詰まらせ、ギルド長を見る。
ギルド長が、代わりに答えた。
「正確には、君が“前に出る”必要はない」
「同行者として、現場を見てほしい」
見るだけ。
俺は、ほっと息を吐いた。
「それなら、問題ありません」
文官が、少しだけ眉を上げる。
「条件は?」
「いつも通りです。単独行動はしません。指示もしません」
「……了承しました」
その反応が、なぜか気になった。
現場は、街から少し離れた管理区域だった。
石造りの水路が地中を走り、定期的に点検口が設けられている。
同行者は三人。
土木担当の技師、警備の兵士、そしてノクスさん。
「異常は、ここです」
技師が指差す。
「流れが、時々逆転する」
「逆流?」
「ええ。理由がわからない」
俺は、水路を覗き込む。
濁った水が、確かに不規則に揺れている。
……嫌な感じだ。
だが、だからといって、何をすればいいのかわからない。
俺は、一歩下がった。
前に出ない。
指示しない。
見るだけ。
兵士が言う。
「問題がなければ、今日は記録だけ取って戻ります」
「はい」
その瞬間だった。
水路の奥で、鈍い音がした。
石と石が擦れるような、不快な音。
「……地盤、動いてます」
技師の声が強張る。
俺は、反射的に周囲を見た。
足場。
逃げ道。
誰が一番危ない位置にいるか。
――技師だ。
「下がってください」
思わず、声が出た。
指示ではない。
警告だ。
技師が半歩下がった、その瞬間、
点検口の縁が崩れ落ちた。
もし、あと一歩前にいれば。
そう考えるだけで、背中が冷える。
「……助かった」
技師が、息を吐く。
俺は、何もしていない。
本当に、声を出しただけだ。
だが、文官はそれを見ていた。
何も言わない。
表情も変えない。
ただ、手元の帳簿に、一行だけ書き込む。
――現場判断、極めて早い。
作業は中止になり、その日は撤収となった。
帰り道、文官が俺に声をかける。
「アルトさん」
「はい」
「……今日は、助かりました」
違う。
助けたのは、偶然だ。
「俺は、見ていただけです」
「ええ。記録上は、そうなります」
その言い方が、妙に引っかかった。
ギルドへ戻ると、ギルド長が一言だけ告げた。
「今回の件は、“協力完了”とする」
評価は、上がらない。
称号も、報酬も増えない。
だが、帰り際に、文官はこう言った。
「また、お願いすることがあるかもしれません」
“お願い”。
その言葉が、
これから増えていく予感だけがした。
俺は、まだ凡人だ。
普通に働きたいだけだ。
だが、世界は少しずつ、
俺を“便利な場所”に置き始めていた。




