第12話 外から見た凡人
王都西区、文官棟。
石造りの建物の一室で、若い文官が机に向かっていた。年の頃は二十代半ば。真面目そうな顔立ちで、服装も地味だ。派手な部署ではない。どちらかと言えば、問題が起きる前に書類を処理する役回りだ。
彼は、束ねられた報告書に目を通していた。
「……灰の隔離村出身、か」
低く呟く。
報告書の表題はこうだ。
――地方都市冒険者ギルド・特記事項報告(抜粋)
内容は簡素だった。
・特定冒険者に関する行動記録
・戦闘記録なし
・指揮・命令なし
・直接的介入なし
・被害発生件数:極小
「ずいぶん……地味だな」
文官は、正直な感想を漏らした。
英雄の報告書なら、もっと派手になる。討伐数、魔物名、戦果、功績。だがこの書類には、そういったものが一切ない。
あるのは、結果だけだ。
事故未発生。
負傷者なし。
混乱収束。
しかも、それが複数回、連続している。
「偶然……にしては、揃いすぎている」
彼は、ページをめくる。
同行者の証言。
冒険者ギルド長の所感。
受付職員の私的メモ。
どれも歯切れが悪い。
――説明できない。
――再現性が不明。
――評価は保留。
文官は、椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。
「……厄介だな」
危険な存在なら、話は早い。
討伐、拘束、隔離。手続きは確立されている。
だが、この人物は違う。
暴れていない。
目立とうとしていない。
むしろ、避けている。
それでも結果だけが残る。
「“何もしないことで最適な結果を出す”……か」
彼は、報告書の最後の一文に目を落とす。
――当該人物は、自身を凡庸と認識している可能性が高い。
文官は、思わず苦笑した。
「一番、扱いに困るタイプだ」
机の端に置かれた別の書類に手を伸ばす。
それは、監察部からの注意喚起だった。
――現時点では、直接介入は推奨されない。
――地方ギルドによる管理を継続。
――追加観測を要す。
「つまり……様子見」
彼は、ペンを取り、報告書の余白に一行だけ追記した。
――危険ではない。
――だが、通常基準では測定不能。
それを書き終え、書類を閉じる。
窓の外では、王都の喧騒が続いている。
戦争もなく、災厄もない、平穏な日常。
文官は、その音を聞きながら思った。
この平穏は、
誰かが必死に守っているわけではない。
ただ――
「最適な形で壊れなかった」だけかもしれない。
報告書の束は、棚の一番下に収められた。
今はまだ、表に出す段階ではない。
だが、消されもしなかった。
その事実だけが、静かに残る。
遠く離れた街で、
一人の青年が「普通に働いている」ことなど、
王都の誰も気にしていない。
――今は、まだ。
文官は、次の書類に手を伸ばした。
そして知らず知らずのうちに、
こう記していた。
「当該人物は、
意図せず状況を安定させる性質を持つ可能性あり」
それが、
第2章への、最初の一行だった。
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