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自分では凡人のつもりなのに、なぜか世界の最終兵器扱いされています ~何もしない俺が、なぜか世界を安定させてしまう件〜  作者: 藍田ピクセル


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第1話 普通だと思っていた

※この物語は、

「自分では何もしていないつもりなのに、

なぜか周囲から過剰に評価されてしまう主人公」の話です。


いきなり強くなったり、

いきなり称賛されたりはしません。


ただ、

「普通」の基準がズレているだけです。


じわじわ進むタイプの物語が好きな方、

勘違い系・無自覚系が好きな方に、

楽しんでいただければ幸いです。

 村の朝は静かだ。風の音も、鳥の声も、どこか遠慮がちに聞こえる。灰色の土と、低い石壁。遠くには黒い森が横たわり、空はいつも薄く曇っている。ここ――灰の隔離村は、外の世界から見捨てられた土地だと、俺は教わって育った。


 だからこそ、村の暮らしは単純だった。畑を耕し、井戸の水を汲み、薪を割り、日が落ちたら眠る。余計な娯楽も、余計な争いもない。


 ただひとつ、毎朝の“稽古”だけが例外だった。


「遅い。アルト、もう三十回は振ったか?」

 木剣を肩に担いだ老人が、俺の背中に声を投げる。村の鍛冶場を仕切るハロルド爺さん――俺の育ての親みたいな人だ。


「いえ、まだ二十回です」

「はぁ……二十で息が上がるな。外へ出たら死ぬぞ」


 俺は苦笑して、木剣を握り直す。硬い柄が手のひらに食い込み、前腕がじわじわ熱い。息も少し荒い。くそ、やっぱり俺は出来が悪い。


 隣では、同じ年のユリウスが軽やかに剣を振っている。刃が空気を裂く音が違う。薄い音、というか、抵抗がないというか。振り終えたあとも息が乱れない。これが“普通”なんだろう。


「アルト、肩が落ちてる」

 背後から柔らかい声がした。井戸端に立つセラおばさんが、腕を組んで眺めている。見た目は穏やかな村の奥さんなのに、朝になると容赦がない。


「肩が落ちると、首が飛ぶよ」

「縁起でもないこと言わないでください……」

「縁起じゃない。事実」


 俺は肩を引き上げ、木剣を振る。三十回、四十回。腕が重い。息が苦しい。視界の端で、ユリウスがこちらを見て笑った。


「アルト、焦るなよ。俺も昔は一日三千回しか振れなかった」

「昔って、いつの話だよ……」

「五歳」


 五歳で三千回。俺は十七で、今ようやく五百回が限界だ。ひどい差だ。村のみんなは平然としているけど、外の世界の“普通”はきっと、この村以上に厳しいのだろう。だから俺も、もっと頑張らないといけない。


「休憩だ」

 ハロルド爺さんが手を叩いた。


 俺は膝に手をつき、荒い息を整える。汗が顎から落ちて、灰色の土に黒い点を作る。胸の奥が焼けるみたいだ。ユリウスは、平然と井戸水を飲んでいる。


「アルト」

 セラおばさんが近づいてきて、俺の額に手を当てた。ひんやりして気持ちいい。


「熱はない。……でも、やっぱりまだ固いね」

「すみません」

「謝る必要はないよ。固いのは悪いことじゃない。折れないから」


 どこか含みのある言い方だった。俺は首を傾げる。


 村の広場には、他にも人がいる。畑の世話をしていたはずのマリエさんが、いつの間にか本を片手に立っていた。彼女は俺たちをちらりと見て、ため息をつく。


「木剣の素振りにおける最適な負荷は、筋繊維の損傷と回復のバランスに依存する。アルト、さっきの二十回で息が上がるのは、呼吸の使い方が非効率」

「……つまり、どうすれば?」

「鼻から吸って、腹で受けて、吐くときに刃を走らせる。あと、足の指で地面を掴む。重心が浮いてる」

「わ、わかりました」


 マリエさんは頷いて、また本に視線を落とした。俺の稽古に理屈を持ち込むのは彼女くらいだ。みんな感覚でやってしまう。


「アルト」

 今度は、広場の端に立っていたノクスさんが声をかけてきた。黒い外套を羽織り、いつも影の薄い人だ。村の“外の仕事”をしているらしいが、詳しいことは誰も言わない。


「今日、森の境まで行けるか」

「境ですか? ……行けますけど」

「なら、昼前に来い」


 短い言葉だけ残して、ノクスさんは去っていった。俺は水を飲みながら、胸の中に小さなざわめきを覚える。森の境。村の外れ。――外の世界に一番近い場所。


 俺は、そこへ行くたびに思うのだ。

 外は、どれほど厳しいのだろう、と。


 休憩が終わり、稽古が再開する。マリエさんの助言通りに呼吸を意識すると、確かに少し楽になった。剣が前より軽く感じる。だけど、それでもユリウスとの差は縮まらない。


 昼が近づき、稽古が終わったころ、ハロルド爺さんが俺の背中を軽く叩いた。


「アルト」

「はい」

「お前は、自分が出来の悪い方だと思ってるだろ」


 心臓が少し跳ねた。見透かされている。


「……はい。俺、村の中じゃ一番鈍いですから」

「鈍いのは、基準だ」

「基準?」


 ハロルド爺さんは、空を見上げるように視線を上げた。曇り空の向こうを見ているみたいに。


「この村の“普通”を、外に持っていくな」

「え?」


 意味がわからない。外はもっと厳しいはずだ。村より緩いなんてあり得ない。


 ハロルド爺さんは、俺の木剣を取り上げ、指で柄を弾いた。軽い音が鳴る。


「外じゃ、力を抑えろ。無闇に前へ出るな。……それだけだ」

「はい、でも……俺、抑えるほどの力なんて……」

「ある」


 断言だった。曖昧さのない声。俺は言葉に詰まる。


 ユリウスが笑いながら肩をすくめた。

「爺さん、アルトに難しいこと言うなって。本人、気づかないんだから」

「気づかせないために育てたんだ。……まあ、遅かれ早かれだがな」


 何の話をしているのか、ますますわからない。俺だけが会話の外に置かれている感じがする。


 セラおばさんが、いつも通りの優しい笑みで俺の肩をぽんと叩いた。

「大丈夫。アルトはアルトのままでいい。外で困ったら、まず一歩引いて、周りを見ること」

「はい……?」


 マリエさんが本を閉じ、ぼそりと言った。

「最適解は、たいてい目立たない形で現れる。あなたはそれを選ぶ癖がある」

「え、俺が?」


 まただ。みんな、俺のことを何か知っているみたいに言う。でも俺には何もわからない。


 俺はただ、この村で一番出来が悪いから。

 少しでも外で生きていけるように、必死で“普通”になろうとしているだけなのに。


 ノクスさんの呼び出しに応えるため、昼前に森の境へ向かう。村を囲む石壁の外は、黒い木々が密集し、影が濃い。境界の杭が並び、その向こうに、外の世界へ続く細い道が伸びている。


 道を見つめると、胸がひゅっと冷える。

 期待と、不安と、よくわからない何かが混ざって、腹の底が落ち着かない。


 ノクスさんはすでにいた。背を向けて立ち、森の奥を見ている。


「来たか」

「はい。用件は……?」

「荷物を運ぶ。境の向こうへ」


 俺は、思わず道の先を見た。

「……外へ?」

「少しだけだ。怖いか」

「怖いというか……俺、役に立ちますか」


 自分でも情けないと思う。村の仕事ならまだしも、外の仕事だ。俺みたいな鈍い奴が足を引っ張ったら、迷惑になる。


 ノクスさんは振り返り、俺を一度だけまっすぐ見た。その目が、妙に静かで、深かった。


「役に立つかどうかは問題じゃない」

「え」

「お前が外を知ることが、村にとって必要だ」


 俺は唾を飲み込んだ。

 村にとって必要。俺が? なぜ?


 ノクスさんは、地面に置かれた小さな木箱を指で示した。

「これを持て。重くはない」

「はい」


 持ち上げる。確かに軽い。片手でも持てる程度だ。こんなもので、わざわざ外へ出る理由があるのだろうか。


「行くぞ」

「はい」


 俺たちは、境界の杭を越えた。


 外の空気は、村より少し冷たく、湿っていた。森の匂いが濃い。足元の土は柔らかく、踏むたびに音が沈む。道は細く、左右の木々が覆いかぶさるように枝を伸ばしている。


 ――外は、怖い。

 そう思った瞬間、不意に背中がぞくりとした。


 気配。


 俺は足を止めた。ノクスさんも止まる。彼は声を出さず、ただ指を一本立てた。


 静寂の中、葉擦れとは違う音が混じる。低い唸り。獣の息。木々の影が揺れ、そこから黒い塊が現れた。


 狼だ。いや、狼に似ているが、肩の高さが人の腰ほどもある。目が赤い。牙が長い。皮膚の下で筋肉が波打ち、こちらを狙っている。


 俺の心臓が跳ねる。外の危険。これが――。


 ノクスさんが、淡々と呟いた。

「森狼。村の近くまで来るとはな」


 俺は木箱を地面に置き、木剣を握り直す。さっきまでの稽古とは違う。手が冷たい。呼吸が浅い。


「アルト」

「はい」

「前に出るな。――一歩引け」


 セラおばさんと同じことを言う。俺は反射的に、言われた通り一歩引いた。


 その瞬間、森狼が跳んだ。


 俺ではなく――ノクスさんへ。


 速い。影が迫る。ノクスさんは動かない。間に合わない。俺は思わず踏み出しそうになり、しかし「前に出るな」という言葉を思い出して、体を止めた。


 代わりに、足元の小石を蹴った。


 狙いはない。ただ、何か、邪魔になれば――そんな程度の行動だった。石は弧を描き、森狼の前脚の爪先に当たった。


 たったそれだけで、森狼の着地がわずかにずれた。


 ずれた体勢のまま、狼はノクスさんの前を通り過ぎ、木の根に脚を取られて転がった。勢い余って幹に頭を打ち、鈍い音が響く。


 森狼は、ぴくりとも動かなくなった。


 俺は呆然と立ち尽くす。

「……え?」


 ノクスさんは、ゆっくり息を吐いた。そして俺を見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「ほらな」

「い、今のは……たまたまです。石が当たっただけで……」

「たまたまを、選ぶ癖がある」


 胸の奥がざわつく。俺は何か、変なことをしたのか。


 ノクスさんは倒れた森狼を一瞥し、淡々と告げる。

「箱を持て。先へ進む」


 俺は慌てて木箱を持ち上げ、ノクスさんの後ろを歩き出す。背中に冷たい汗が流れる。


 たまたま。

 偶然。


 そうだ。偶然だ。俺が強いわけじゃない。外の世界は怖いし、俺は出来が悪い。だからこそ、言われた通り一歩引いただけ。


 ――なのに。


 森の奥で、風が木々を揺らした。その音が、さっきまでと少し違って聞こえる。まるで、俺を観察しているみたいに。


 俺は知らない。

 この一歩が、外の世界にとってどれほど異様だったかを。


 俺はただ、自分を凡人だと思っている。


 そのまま、今日も。


ここまでご覧いただきありがとうございます。


当面の間は、1日に3話を投稿予定です。


ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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