第9話 説明を、やめました
作戦会議室は、いつもより短かった。
「以上だ」
王が言って、話を切る。
地図は広げられたまま。
だが、説明はなかった。
「……説明役は?」
騎士団長が、俺を見る。
「今回は、しません」
言葉にすると、やっぱり空気が変わる。
「しない、とは?」
魔法師団長が聞く。
「説明できないからです」
正確に言った。
「魔王軍の行動は、
まだ“意味”になっていません」
誰かが小さく息を吸う。
「だから今回は、
こちらから動きません」
沈黙。
「それで?」
王が促す。
「観測します」
短く答えた。
「魔王軍が、
“説明されない状態”で
どう動くかを」
会議は、それで終わった。
*
前線は、静かだった。
静かすぎて、嫌な感じがする。
斥候の報告は、どれも似ている。
「魔王軍、接触なし」
「進軍も撤退も確認されず」
「……待ってる?」
リシアが言う。
「待ってますね」
即答した。
「説明されるのを」
「あなたが?」
「はい」
風が、草を揺らす。
「説明役が沈黙したことで、
向こうは“こちらの理解度”を測れない」
「それが、困る?」
「困ります」
言い切った。
「今まで魔王軍は、
“こちらがどう理解するか”を前提に動いていた」
リシアが、目を細める。
「それが崩れた」
「はい」
その時だった。
遠くで、角笛が鳴る。
「接触!」
兵士の声。
だが――
衝突は、起きなかった。
魔王軍は、陣を敷いたまま動かない。
「……来ない?」
「来ません」
俺は、地図を見る。
「でも、退きもしない」
時間だけが、過ぎていく。
日が傾き、影が伸びる。
「これは……」
リシアが呟く。
「消耗戦?」
「いいえ」
首を振る。
「確認作業です」
「何の?」
「こちらが、
“説明を再開するかどうか”」
その瞬間、伝令が駆けてきた。
「王女殿下!
魔王軍より、使者が――」
言葉が、止まる。
「使者?」
「はい。
武装解除済みで、
名乗らずに来ています」
胸の奥が、ひやりとする。
「……来ましたね」
「何が?」
「説明される側が」
リシアが、俺を見る。
「どうする?」
少しだけ、迷った。
「……会いません」
「会わない?」
「はい」
理由は、はっきりしている。
「今、会えば――
俺は説明を始めてしまう」
リシアが、口を結ぶ。
「それが狙い?」
「たぶん」
遠くで、魔王軍の陣が動く。
一斉に、後退。
「……引いた」
「はい」
俺は、静かに息を吐いた。
「説明を、引き出せなかった」
リシアが、低く言う。
「勝ち?」
「いいえ」
首を振る。
「でも、初めて――
向こうが、こちらの様子を見ました」
地図に、何も書き込まれない。
それが、今回の成果だった。
夜が来る。
陣営に、静けさが戻る。
「怖いわね」
リシアが言う。
「はい」
正直だった。
「説明しないだけで、
戦場が止まるなんて」
少し、間を置く。
「でも」
顔を上げる。
「説明役は、
“話す人”じゃありません」
リシアが、こちらを見る。
「何だと思う?」
「……沈黙の意味を、
共有する人です」
風が、夜の草原を渡る。
遠くで、
魔王軍の陣が、ゆっくり形を変えていた。
まだ、説明できない。
だが――
説明をやめたことで、
初めて、相手が動いた。




