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第9話 説明を、やめました

作戦会議室は、いつもより短かった。


「以上だ」


王が言って、話を切る。


地図は広げられたまま。

だが、説明はなかった。


「……説明役は?」


騎士団長が、俺を見る。


「今回は、しません」


言葉にすると、やっぱり空気が変わる。


「しない、とは?」


魔法師団長が聞く。


「説明できないからです」


正確に言った。


「魔王軍の行動は、

まだ“意味”になっていません」


誰かが小さく息を吸う。


「だから今回は、

こちらから動きません」


沈黙。


「それで?」


王が促す。


「観測します」


短く答えた。


「魔王軍が、

“説明されない状態”で

どう動くかを」


会議は、それで終わった。



前線は、静かだった。


静かすぎて、嫌な感じがする。


斥候の報告は、どれも似ている。


「魔王軍、接触なし」

「進軍も撤退も確認されず」


「……待ってる?」


リシアが言う。


「待ってますね」


即答した。


「説明されるのを」


「あなたが?」


「はい」


風が、草を揺らす。


「説明役が沈黙したことで、

向こうは“こちらの理解度”を測れない」


「それが、困る?」


「困ります」


言い切った。


「今まで魔王軍は、

“こちらがどう理解するか”を前提に動いていた」


リシアが、目を細める。


「それが崩れた」


「はい」


その時だった。


遠くで、角笛が鳴る。


「接触!」


兵士の声。


だが――

衝突は、起きなかった。


魔王軍は、陣を敷いたまま動かない。


「……来ない?」


「来ません」


俺は、地図を見る。


「でも、退きもしない」


時間だけが、過ぎていく。


日が傾き、影が伸びる。


「これは……」


リシアが呟く。


「消耗戦?」


「いいえ」


首を振る。


「確認作業です」


「何の?」


「こちらが、

“説明を再開するかどうか”」


その瞬間、伝令が駆けてきた。


「王女殿下!

魔王軍より、使者が――」


言葉が、止まる。


「使者?」


「はい。

武装解除済みで、

名乗らずに来ています」


胸の奥が、ひやりとする。


「……来ましたね」


「何が?」


「説明される側が」


リシアが、俺を見る。


「どうする?」


少しだけ、迷った。


「……会いません」


「会わない?」


「はい」


理由は、はっきりしている。


「今、会えば――

俺は説明を始めてしまう」


リシアが、口を結ぶ。


「それが狙い?」


「たぶん」


遠くで、魔王軍の陣が動く。


一斉に、後退。


「……引いた」


「はい」


俺は、静かに息を吐いた。


「説明を、引き出せなかった」


リシアが、低く言う。


「勝ち?」


「いいえ」


首を振る。


「でも、初めて――

向こうが、こちらの様子を見ました」


地図に、何も書き込まれない。


それが、今回の成果だった。


夜が来る。


陣営に、静けさが戻る。


「怖いわね」


リシアが言う。


「はい」


正直だった。


「説明しないだけで、

戦場が止まるなんて」


少し、間を置く。


「でも」


顔を上げる。


「説明役は、

“話す人”じゃありません」


リシアが、こちらを見る。


「何だと思う?」


「……沈黙の意味を、

共有する人です」


風が、夜の草原を渡る。


遠くで、

魔王軍の陣が、ゆっくり形を変えていた。


まだ、説明できない。


だが――

説明をやめたことで、

初めて、相手が動いた。

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