第8話 説明役は、全部は見えない
夜の城は、昼よりも静かだった。
廊下を歩く靴音が、やけに大きく響く。
灯りは少なく、影が長い。
「眠れない?」
隣を歩くリシアが言った。
「……まあ」
正直な答えだ。
「説明しない、なんて言ったから?」
「それもあります」
少し間を置く。
「でも、一番は――
自分の能力が、よく分からなくなった」
リシアは足を止めた。
「説明役の能力?」
「はい」
窓の外を見る。
夜の街。静かな明かり。
「今まで、俺は
“起きている失敗”を説明してきました」
「剣が当たらない理由。
魔法が止まる理由」
「全部、結果が出てからです」
言葉にして、気づく。
「でも、魔王軍は違う」
リシアが、ゆっくり頷く。
「結果が、まだ出ていない」
「はい」
振り返る。
「魔王軍の行動は、
失敗でも成功でもない」
少し、言葉を探す。
「……途中なんです」
「途中?」
「はい。
因果が、まだ閉じてない」
自分でも、変な言い方だと思う。
「俺の能力は、
“原因と結果がつながった時”にしか、
説明できない」
沈黙。
リシアが、眉を寄せる。
「じゃあ、未来の行動は?」
「説明できません」
はっきり言った。
「結果が出てない以上、
俺には“意味”が見えない」
胸の奥が、少し重くなる。
「つまり」
リシアが言う。
「魔王軍は、
あなたの能力の“外側”で動いている」
「……そうなります」
認めるしかなかった。
「だから、説明して失敗した」
歩き出す。
「俺は、説明できる部分だけを切り取って、
全体を分かった気になってた」
リシアが、少しだけ苦笑する。
「万能じゃないってことね」
「はい」
自嘲気味に答える。
「説明役は、
全部を見通す存在じゃない」
廊下の突き当たり。
小さな庭に出る。
夜風が、少し冷たい。
「じゃあ」
リシアが聞く。
「これから、どうするの?」
俺は、しばらく黙った。
答えは、もう出ている。
「説明できないものは、
無理に説明しません」
「放っておく?」
「観測します」
言葉を選ぶ。
「説明できる形になるまで、
手を出さない」
リシアが、目を細める。
「危ないわね」
「はい」
即答した。
「でも、説明役としては、
それが一番正しい」
風が、庭の木を揺らす。
「俺は、
“未来を当てる役”じゃない」
顔を上げる。
「起きたことを、
正確に言葉にする役です」
リシアは、しばらく黙っていた。
やがて、静かに言う。
「……それでも、あなたは必要よ」
「ありがとうございます」
少しだけ、救われる。
その時だった。
遠くで、鐘の音が鳴る。
「警報?」
「いいえ」
リシアが首を振る。
「伝令用の合図よ」
足音が近づく。
「王女殿下!」
兵士が駆け寄ってくる。
「魔王軍が、
今度は“何もせずに”引きました」
「……何もせずに?」
「はい。
接触前に、進路を変えています」
俺は、しばらく黙った。
「……なるほど」
「分かった?」
リシアが聞く。
「いえ」
首を振る。
「でも、確信はあります」
「何?」
俺は、少し言い淀んでから言った。
「魔王軍は、
俺に“説明させない”動きをしている」
夜風が、冷たくなる。
「説明できない行動を選んで、
こちらの判断を止めている」
リシアが、息を吸う。
「つまり……
あなたを封じにきている?」
「はい」
短く答えた。
「説明役が、
説明できないままでいる限り、
王国は動けません」
沈黙。
遠くで、もう一度、鐘が鳴った。
「……でも」
リシアが言う。
「あなたは、まだいる」
「はい」
視線を落とす。
「それが、向こうの狙いかもしれません」
「どういう意味?」
俺は、ゆっくり言葉を選んだ。
「説明役を殺せば、
王国は混乱する」
一拍。
「だから――
生かしたまま、黙らせる」
風が、庭の木を大きく揺らした。
「……それ、最悪ね」
「はい」
喉が、少し乾く。
「説明できない状態で、
説明役だけが残る」
顔を上げる。
「それが一番、厄介です」
リシアは、しばらく何も言わなかった。
やがて、静かに言う。
「次は?」
俺は、夜空を見上げた。
星が、やけに多い。
「次は――
説明しない作戦を、実行します」
一拍、間を置く。
「……魔王軍が、
それを許してくれるかは、
分かりませんが」
夜の静けさが、
一段、重くなった。




