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第6話 魔王軍は、勝つ気がない

 書類の山は、思ったよりも地味だった。


 派手な血痕も、焦げ跡もない。

 ただの紙束。

 戦闘報告、撤退記録、補給状況。


「……これが、魔王軍の直近三か月分よ」


 リシアが言う。


「量、多くないですか」


「多いわ。だから今まで、誰も全部読んでない」


 嫌な予感がした。


 机に向かい、上から順に目を通す。

 勝敗。被害。地形。距離。


「ここは……勝ててますね」


「ええ」


「で、次の戦闘は……」


 指が止まる。


「……撤退?」


「そう」


「追撃されてない。

 補給線も、そのまま」


 ページをめくる。


 また、同じ。


 勝てる。

 押している。

 なのに、引く。


「……変ですね」


「でしょう?」


 リシアは腕を組んだ。


「騎士団は“罠を警戒している”と考えた。

 魔法師団は“指揮系統の混乱”だと」


「でも、どれも違う」


「ええ」


 俺は、もう一度、最初から読む。


 地形。

 天候。

 戦力差。


「……説明、つくはずなんです」


 無意識に呟いていた。


「いつもなら?」


「はい」


 今までは、必ずあった。

 理由。

 因果。

 失敗の形。


 でも――。


「……ない」


 声が、少し低くなった。


「理由が、見えないです」


 リシアが、こちらを見る。


「初めて?」


「初めてです」


 正直だった。


「負けてる理由は、説明できる。

 勝てない理由も、説明できる」


 紙を置く。


「でも……

 これは、勝ってるのに負けてる」


 沈黙。


「どういう意味?」


「結果だけ見ると、

 魔王軍は“負けてない”」


 言葉を探す。


「でも、勝つ気もない」


 リシアが眉をひそめた。


「そんな軍隊、ある?」


「普通は、ないです」


 でも。


「……だから、説明できない」


 胸の奥が、少しざわつく。


「説明役なのに?」


「はい」


 認めるのは、少しきつい。


「これ、戦術じゃないです。

 癖でもない。失敗でもない」


「じゃあ、何?」


 俺は、しばらく黙った。


 答えが出ない時、

 無理に言葉にすると、だいたい外す。


「……仮説なら」


「聞くわ」


「魔王軍は、“戦ってない”」


 リシアが、息を吸う。


「戦ってない?」


「はい。

 戦闘はしてるけど、

 “戦争”をしてない」


 自分でも、抽象的だと思う。


「目的が、別にあります」


「例えば?」


「……分かりません」


 即答した。


「ただ、これ」


 一枚の紙を指さす。


「撤退した場所。

 全部、同じ方向です」


 地図を広げる。


 線を引く。


「……本当ね」


「前線を押し上げてるんじゃない。

 何かを……集めてる」


 言った瞬間、

 背中に寒気が走った。


「説明できないのに、分かる?」


「逆です」


 首を振る。


「説明できないから、

 意味があるはずなんです」


 リシアが、静かに言った。


「あなたらしいわね」


「全然、らしくないです」


 苦笑する。


「俺、説明役なのに。

 今は……勘で話してる」


「それでもいい」


 彼女は、即座に言った。


「説明できないことを

 “説明できない”と言えるのも、

 あなたの役目よ」


 少し、救われた気がした。


「一つだけ、確かなことがあります」


「何?」


「魔王軍は、負けてません」


 書類を閉じる。


「ただ――

 勝つ気も、ない」


 リシアが、窓の外を見る。


「……一番、厄介ね」


「はい」


 俺は、深く息を吸った。


「説明できないなら、

 説明できるところまで、近づくしかない」


「どうやって?」


「まずは――」


 言葉を選ぶ。


「次に、魔王軍が“わざと捨てる戦場”を見ます」


 リシアが、少しだけ笑った。


「危ない橋ね」


「説明役ですから」


 肩をすくめる。


「理由のない行動が、

 一番、気になる」


 その瞬間だった。


 扉がノックされる。


「王女殿下」


 伝令の声。


「魔王軍が、また撤退しました」


「どこから?」


 地名が告げられる。


 俺は、地図を見る。


 線が、また一本、伸びた。


「……やっぱり」


 リシアが、こちらを見る。


「分かった?」


「いえ」


 首を振る。


「でも――」


 指先が、震える。


「次は、もっと近い」


 説明できない何かが、

 確実に、こちらへ来ていた。

次から魔王軍編に入ります。

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