第4話 回復が追いつかない理由
回復院は、思ったより騒がしかった。
呻き声。
走る足音。
消毒薬みたいな匂いが、鼻につく。
「ここが、回復魔法師たちの拠点よ」
リシアの声も、少し低い。
「……忙しそうですね」
「忙しい、で済めばいいのだけど」
奥では、魔法師が患者に手をかざしている。
淡い光。
傷が、少しだけ塞がる。
「次!」
声が飛ぶ。
「その次も!」
回復はされている。
されている、が――。
「追いついて、ないですね」
俺が言うと、近くにいた魔法師が振り向いた。
「分かりますか?」
「たぶん……はい」
言い切るのは、まだ怖い。
「傷は治ってます。でも……
“治ったあと”を見ていない」
リシアが首を傾げる。
「どういう意味?」
別の魔法師が言った。
「回復は成功している。
だが、すぐに次の患者に回らねばならない」
「それが、原因です」
一瞬、空気が止まる。
「回復魔法は、
“傷を塞ぐ”だけじゃ終わらない」
俺は、近くの患者を見る。
立ち上がろうとして、ふらついた兵士。
「治癒した直後が、一番不安定です」
魔法師たちが、眉を寄せる。
「体が、追いついてない」
「はい。
魔法で形は戻るけど、
中身――体の感覚は、まだ“負傷中”なんです」
「だが、時間はない」
リーダー格の女性が言う。
「一人に構っていれば、他が――」
「だから、全員が同時に遅れてます」
言ってから、少しだけ言いすぎた気がした。
「……説明して」
リシアが言う。
「回復魔法師は、
“治した瞬間”をゴールにしてます」
言葉を選びながら続ける。
「でも本当のゴールは、
“動けると確認できた瞬間”です」
魔法師の一人が、ぽつりと呟く。
「確認、していない……」
「できてません」
俺は頷く。
「だから、
・治ったと思って前線に戻す
・無理をして再負傷
・また運ばれてくる」
沈黙。
「……悪循環、ですね」
「はい」
少し間を置く。
「回復が遅いんじゃない。
“早すぎる”んです」
「早すぎる?」
「次へ行くのが」
誰も、すぐには否定しなかった。
「じゃあ、どうすればいい」
リシアが聞く。
「簡単です」
簡単、と言ってしまってから、後悔する。
「……簡単じゃないかもしれません」
一度、言い直す。
「回復後、三呼吸だけ待ってください」
「三呼吸?」
「はい。
患者自身に、立ってもらう。
一歩、歩いてもらう」
「それだけ?」
「それだけです」
魔法師たちが顔を見合わせる。
「時間を取られるのでは?」
「取られます」
正直に答える。
「でも、
“戻ってくる患者”は減ります」
リーダーが、ゆっくり頷いた。
「……試そう」
次の患者。
回復魔法がかかる。
傷が塞がる。
「立てますか」
魔法師が、初めてそう聞いた。
兵士は、戸惑いながら立つ。
ふらつく。
「……まだ、ですね」
「はい」
少し待つ。
もう一度。
今度は、立った。
「歩けます」
兵士は、驚いた顔で言った。
「……さっきより、楽だ」
周囲が、ざわつく。
「回復魔法は、効いていました」
俺は言った。
「でも、
“効いたことを確認していなかった”」
リシアが、小さく息を吐く。
「治すのが仕事、
確認は仕事じゃなかった」
「でも、必要でした」
沈黙のあと、
リーダーが頭を下げた。
「説明役。
やり方を、全員に共有します」
「お願いします」
正直、少し疲れた。
「次は……?」
リシアが聞く。
俺は、少し考えてから言った。
「たぶん、
“情報伝達”も、同じ理由で遅れてます」
彼女は、苦笑した。
「国全体が、止めと確認を飛ばしてるわね」
回復院の喧騒は、
ほんの少しだけ、落ち着いた気がした。
「……順番に説明します」
俺は、そう答えた。




