第3話 魔法が途中で止まる理由
魔法塔は、静かだった。
静かすぎて、逆に落ち着かない。
石の階段を上るたび、靴音が反響する。
高い天井。壁に並ぶ、用途不明の魔法陣。
「ここが王国魔法師団の本部よ」
リシアが言った。
「……剣より緊張しますね」
「分かるわ。失敗すると爆発するもの」
冗談なのか本気なのか、判断に困る。
広間に入ると、数人の魔法師が集まっていた。
年齢も服装もばらばらだが、全員、どこか疲れた顔をしている。
「王女殿下」
一人が頭を下げた。
「訓練用の魔法が、安定しません。
発動はするのですが……途中で、止まります」
「止まる?」
「はい。
威力が出る前に、消える」
聞いたことがある気がした。
第1話で見た、あの火球と似ている。
「実演をお願いします」
俺が言うと、魔法師は一瞬だけ迷ってから頷いた。
「炎よ、集いて――」
炎が生まれ、ふっと消える。
「もう一度」
同じことが起きた。
「……今度は水を」
水の球が浮かび、やはり途中で崩れる。
「全部、同じですね」
俺は呟いた。
「え?」
「途中までは、完璧です」
言いながら、視線を巡らせる。
魔法陣、詠唱、姿勢、魔力の流れ。
「でも……最後が、弱い」
魔法師の一人が言った。
「集中が足りない、と?」
「たぶん、逆です」
自分で言って、首を傾げる。
「……いや、集中しすぎてる」
リシアが眉を上げた。
「どういう意味?」
「魔法って、出した瞬間が一番不安定ですよね」
魔法師たちが、黙って頷く。
「だから、無意識に――
止めに入ってます」
「止める?」
「暴走しないように。
失敗しないように」
言葉を選びながら続ける。
「“うまく終わらせよう”として、
自分でブレーキを踏んでる」
しばらく沈黙。
「……そんなこと」
魔法師が言いかけて、止まる。
「……思い当たる?」
一人が、ゆっくり手を挙げた。
「正直……
暴走の報告が増えてから、
全員、最後で力を抜くよう教えられました」
「ああ」
それだ。
「それ、やめた方がいいです」
言い切ってから、少しだけ焦る。
「いや、正確には……
“最後”じゃない」
俺は床の魔法陣を指した。
「魔法は、出し切るところまでが一動作です。
終わりを意識するのは、その後」
「では、どうすれば?」
「簡単です」
深呼吸。
「発動したら、結果を見るまで何もしない。
成功でも失敗でも、手を出さない」
「放置、ですか?」
「はい。
責任は、魔法に任せる」
魔法師たちが顔を見合わせる。
「……試してみよう」
最初の魔法師が、再び詠唱を始める。
「炎よ、集いて――」
炎が生まれる。
誰も、口を出さない。
一拍。
炎は――消えなかった。
「……維持、している」
誰かが呟く。
炎は、ゆっくりと形を整え、安定する。
「成功だ……」
魔法師が、力を抜いた。
「止めなかっただけで……」
「止めなかった“から”です」
俺は言った。
「魔法が止まってたんじゃない。
あなたたちが、止めてた」
リシアが、静かに頷く。
「失敗を恐れるあまり、
成功まで止めていた」
「……厳しい言い方ですね」
「でも、合ってます」
魔法師たちは、誰も反論しなかった。
やがて、リーダー格の男が頭を下げる。
「説明役。
この癖、全員に共有します」
「お願いします」
少し、疲れた。
「次は……?」
リシアが聞く。
「たぶん……
回復魔法も、同じ理由で弱いです」
彼女は、ため息まじりに笑った。
「休む暇、なさそうね」
魔法塔の静けさが、少しだけ和らいだ気がした。
「……順番に説明します」
俺はそう言って、もう一度、深呼吸した。




