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第2話 剣が当たらない理由

 訓練場は、思ったより土の匂いが強かった。

 石畳じゃない。踏み固められた地面に、無数の足跡。


「ここが王国騎士団の訓練場よ」


 リシアが、当然みたいな顔で言う。


「……思ってたより、普通ですね」


「剣は現実的な場所で振るものよ」


 それもそうか。


 視線の先では、騎士たちが向かい合っていた。

 木剣を構え、合図と同時に踏み込む。


 ――外れた。


 次も、その次も。

 剣先は、相手の肩や胴の少し横をすり抜けていく。


「当たらない、ですね」


「そう。これが問題」


 リシアは腕を組む。


「訓練では当たるのに、実戦になると当たらない。

 結果、被害だけが増える」


 騎士の一人が、こちらに気づいて声を上げた。


「王女殿下! その方は?」


「説明役よ」


 説明が短い。


「……説明?」


 怪訝な顔を向けられる。

 まあ、そうなる。


 模擬戦が続く。

 踏み込み、振り、かわされる。

 また、外れる。


「剣が悪いのか?」


 誰かが言った。


「いや、腕だろ」


「相手がうまいだけだ」


 口々に理由が飛ぶ。


 俺は、黙って見ていた。


「……どう?」


 リシアが、小声で聞いてくる。


「まだ、です」


 正直な答えだった。


 剣筋は綺麗だ。

 姿勢もいい。

 足運びも教本通り。


 でも――。


「もう一回、お願いします」


 俺が言うと、騎士たちがこちらを見る。


「同じ動きでいいので」


「……まあ、いいが」


 合図。


 踏み込み。


 その瞬間、分かった。


「あ」


 声が漏れた。


「なにか?」


「その人たち……当てる気、ないです」


 一瞬、静まり返る。


「は?」


「……喧嘩売ってる?」


 空気が、ちょっとだけ重くなる。


「違います」


 慌てて続ける。


「正確には……

 当てた“後”のことを、先に考えてる」


 リシアが眉を寄せた。


「どういう意味?」


「当たったら、どうなるか。

 反撃されるかもしれない。

 剣が止められるかもしれない」


 言いながら、自分でも整理する。


「だから、無意識に――

 当たる位置を、避けて振ってる」


 騎士の一人が、首を振る。


「そんな馬鹿な。全力で振っている」


「振ってます」


 頷く。


「でも、視線が違う」


 俺は、一人を指さした。


「剣じゃなくて、相手の剣を見てる。

 それだと、体に当てにいけない」


 ざわ、と声が上がる。


「視線を……?」


「剣は、見なくても振れます」


 言い切ってから、少し不安になる。

 言いすぎたか。


「でも、相手の“どこに当てるか”は、見ないと当たらない」


 リシアが、ゆっくり頷いた。


「……つまり?」


「怖いんです」


 場が、静まる。


「当てるのが」


 騎士たちの表情が、微妙に変わる。


「訓練では当ててもいい。

 実戦では、当てたら相手がどうなるか、想像してしまう」


 少し、間を置く。


「だから、剣が避ける」


 誰も、すぐには否定しなかった。


「……試してみても?」


 リシアが言う。


「どうすればいい」


「簡単です」


 俺は、騎士の一人を見る。


「次は、相手の剣を見ないでください」


「なに?」


「胸だけ見て。

 剣は、勝手にそこへ行く」


 騎士は半信半疑のまま、構える。


 合図。


 踏み込み。


 今度は――


「っ!」


 木剣が、相手の胴に当たった。


 乾いた音。


「当たった……」


 周囲がざわつく。


「もう一回」


 同じことが起きた。


「……なぜだ」


 騎士が、自分の手を見る。


「剣の問題じゃありません」


 俺は言った。


「剣は、ずっと正しかった。

 間違ってたのは……当てる覚悟です」


 リシアが、小さく息を吐いた。


「つまり、この国の剣は――」


「優しすぎます」


 一瞬、言葉を選び間違えたかと思ったが、

 誰も笑わなかった。


「戦場では、優しさは方向を失う。

 だから、当たらない」


 沈黙。


 やがて、騎士団長らしき男が、頭を下げた。


「……説明役。

 もう一度、最初から教えてもらえるか」


 俺は、少しだけ考えてから答えた。


「剣の振り方じゃないです。

 “見る場所”から、です」


 リシアが、俺を見る。


「次は?」


「たぶん……弓も、同じです」


 彼女は、口元だけで笑った。


「忙しくなりそうね」


 土の匂いの中で、

 俺は一度、深呼吸した。


「……了解。順番に説明します」

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