不招
三題噺もどき―ななひゃくごじゅうよん
手に持っていたえんぴつを、くるりと回してみる。
何かが変わるわけでもないのに、なんとなく。
ただその、なんとなく、で、事が起きることがある。
「……、」
昼食をすまし、今日もいつものように散歩に行って、帰ってきて。
さて仕事の続きをしようかと、机に座り。
初めてからどれくらい時間が経ったか分からないが、進捗状況的にはかなり進んでいる。
今。
「……、」
確認と少しの息抜きをかねて。
机にかじりつくような姿勢になっていた状態から、体を起こして。
軋む椅子の背中に体重を預けながら。
手に持っていたえんぴつを、指の先でくるりと、回した。
今。
「……、」
何かが外に立っている気配がした。
姿勢は変えず、頭だけを窓のある方に向ける。
窓の半分だけカーテンの開かれたその先には、美しい月夜が広がっている事だろう。
柔く少しの冷たさを持った、月の光が暗い部屋を照らしている。
「……、」
ソレは多分。
開かれていない、もう半分のカーテンに隠れている。
―つもりなのだろう。
影はない。そういうモノだから。
「……、」
隠れているつもりもないのか。
そもそも、アレは隠れることに関しては頭抜けているのだ。
気付かれることがあるわけがない。ならば、わざと気づかせたのだろう。
「……」
面倒だな。
このまま気づかないふりをしておこうか。
どうせただのちょっかいだろうし、放置していればそのうち家のが来るから、勝手に帰るだろうし。
「……」
いや。
アレをアイツに合わせるのは……あまり得策ではないのか。
苦手にはしているはずだが、今の小柄な姿をしているアイツにアレはあったことがないはずだ。そしてアレは、ああいう見目のいい小さなものが、大好物だ。
「……」
苦手にしているから、襲うなんてことはしないと勝手に思っているが。
人のものに手を出さないと言う常識は、アレには無いからな……一時期は他人の物に魅力を感じていた頃だってある。それを美しいと思ったのだと……訳が分からないな。あれもこれも運命だなんだと言いながら恍惚と語られると、こちらとしては引く一方なので、辞めて欲しい。
「……、」
しかしホントに、こちらに接触してくる意味が分からないな。
どうせ収集のついでに遊んでいるだけだと思っていたが、それにしては頻繁に来すぎじゃないか?まだ執着でもしているんだろうか……やめろと言ったはずなんだが。
「……はぁ」
漏れた溜息が、アレに聞こえているかどうか。
面倒だ面倒だと心の底から思いながらも、えんぴつを机の上に置き、椅子から立ち上がる。
少し構えば勝手に帰るだろう。
それより先に、家の従者が来るかもしれないが。まぁ、その従者は今頃ショートケーキを作るのに勤しんでいるだろう。昨日のモンブランに引き続き、ケーキをまた色々作っているらしい。
「……」
閉められていた残り半分のカーテンに手をかけ、焦らすのも面倒なので。
さっさとカーテンを勢いよく引く。
「……」
『……にゃ』
そこには、アレと同じ目をして、アレの髪と同じような色をした。
中型犬ほどのサイズのある、猫がいた。
にやにやと笑っているのが分かるくらいに、目が細められ、口が歪んでいる。猫の癖に。
猫になっても可愛くもないし、そもそもサイズ感がおかしいのは何なんだ。
「……何しに来た」
『……何って、遊びに?』
猫の姿のままで、口を開いて飛び出すのは鳴き声ではなく立派な言語だ。
ならさっきの鳴き声はわざとか……きもちわる。
「……私も暇じゃないんだ、さっさと帰れ」
『僕だって暇じゃないよ』
そういいながら、わざとらしく猫らしい仕草をする。
ホントに、一ミリも可愛くない。気持ち悪さしか勝たないのは何だ。
コレだからか。
「……」
『あぁその目、懐かしいねぇ』
何に懐かしんでいるのだろう。
コレの思考はほんとに一切分からない。分かりたくもないのだが。
どうでもいいが、さっさと帰ってくれないだろうか。
『久しぶりにお話でもしようよ』
「……だから、暇じゃ『―――!!』
余裕たっぷりに話すコレに、苛立ちを覚え始め。
ここから突き落としてやろうかと考えた矢先。
煙のようにその姿は掻き消えた。
「???」
何事かと思ったが。
「ご主人、なにしてるんですか」
声のした方を振り向くと、エプロンを付けた私の従者が立っていた。
今日はショートケーキに合わせたのか、薄いピンク色の生地にワンポイントで苺のアップリケが施されたエプロンを着ている。可愛いな。
「いやなに、アレが来ていたものだから」
「は、また来たんですか」
呆れを声に滲ませながら、窓際へと近づく。
もう既に影も形もなくなった、ソレが居たはずの場所を眺めながら。
「……ほっとけばいいんじゃないですか?」
「そうしたいが、その方が面倒だと思わないか」
「まぁ、それはそうですけど」
そう応えながら、開いたカーテンを閉めなおす。
「それより、休憩にしましょう」
その私に向けられた声がいつもと違ったのは気のせいだろうか。
滲んでいたのは呆れか怒りか、嫉妬……?そんな訳はないか。
「どうですか」
「ん、うまいな。このクリーム」
「甘さ控えめにしてみました」
「丁度いい」
「それはよかったです」
……
「あぁ、そうだ」
「ん?」
「今度あの人がこの家に来たら、すぐに呼んでくださいね」
「んん……善処する」
「絶対です」
お題:運命・えんぴつ・ショートケーキ




