【6】
夜中。凛は床の中で左に右に転がっていた。
「ああ、もう眠れない」
すべてが気になって眠れなかった。固く目を瞑ってみても、全然効き目がなかった。床から出、衣装棚へ向かう。少し涼みに外へ出ようと決めたのだった。
ー静かに。
家人を起こさないように、足音を抑え、外に出た。秋の星空は綺麗で、天然の宝石のようだった。
ー寂しくないわね。
襟をそろえ、少しずつ歩き出す。遠くまで行くつもりはなかった。少し運動すれば眠れるだろうという打算である。
ーそれにしても婚約者か…。
凛には遠い話のように思えた。金持ちは違うらしい。世の中、お金が全て。とは思わないが痛恨の一撃になった。
ー雅巳さんだって、邸が潰れなければ、坊ちゃんだったわけだし。
考えるように頬に手を当てる。何で一緒に居るのか訳が分からなくなっていた。不思議な関係である。
ー雅巳さんは私のことをどう思っているんだろう。
胸がドキドキしてくる。凛は首を振ると、星空を眺める。
「あ」
流れ星があった。一瞬のことに勿体ないと目を大きくする。願い事をすればよかったと後で思う。その時、ぼうとしている凛の後ろから、足音がした。
ー誰?
びっくりして足早になる。まさか変質者だろうか。そう思い、逃げるように走り出す。でも、足がもつれて、転んでしまった。
「痛っ」
膝を強くうち、見てみる。襦裙が汚れ、血が出ているようだった。自分の失態に舌打ちする。
ー馬鹿、私。
何とか逃げようと手を伸ばすと、後ろから捕まった。
「きゃ」
「黙れー」
おやと思った。声音に聞き覚えがあったのだった。
ーもしかして。
振り返ってみると、雅巳だった。こんな時間帯にどうしたというのだろうか。
「あなた…」
「物騒だぞ。1人で歩くなんて」
怖い声で言われ、凛は反省する。
「ごめんなさい。眠れなくて…」
「1人歩きか。馬鹿」
雅巳が座ったので、びっくりする。
「乗れ。おんぶしてやる。痩せたんだから、大丈夫だ」
「…」
言われるまま、雅巳の肩に手を置く。重たくないかしらと思うが、雅巳の言った通り、ダイエットはうまくいっていた。前と比べると、お腹が凹んでいるのが分かる。
「…どうしているのよ」
「いいから」
よいしょと声をかけ、雅巳が立ち上がる。雅巳は何も感じないのか、普通の顔に思える。月明かりだから、そう見えたのかもしれないが、凛は顔が真っ赤だった。
「悪いわね。…その、歩けなくて」
「別に」
2人はしばらく黙る。秋の虫の鳴き声がして、心地よかった。2人を祝福するように、静かに寄り添ってくれるのだ。
「俺も眠れなくて、歩いていたんだ」
少ししてから、雅巳がそう言ってきた。ということは、たまたまだったということか。それにしても、タイミングが良すぎる。
「まさか、はっていたわけじゃ」
「あほ。誰がお前なんか」
「そうですよね。どうせ、あほですよ」
凛はふてくされると、雅巳の肩を叩く。
「いいから降ろして」
「こら、暴れるな」
抱え直されて、静かにする。雅巳の背中は大きくて、立派な男性のものだった。心臓の音が聞こえていないか、心配になる。
ー変なところで、優しいんだから。
もうとつぶやき、体を任せる。引き締まった体は嫌ではなかった。そのうちウトウトしてきて、目を閉じる。
ーああ、しあわせだな、今。
そう思い、邸に戻ったのだった。