【3】
婚約者などの話があり、急いで茶館に行ってみた。
「ただいま」
「ーおかえりなさい、坊ちゃん」
従業員の男が頭をさげてくる。茶館は立派な造りで、おしゃれだった。いかにも高級感が漂う、邸のような感じだった。
「こちらは?」
従業員が聞いてくる。啓太はふんと鼻を鳴らすとぞんざいに手を振る。
「お前が気にしなくていい。それより、姉さんは?」
「中に居ます」
静かに引っ込み、玄関が開く。ガラスが色づいて、凛も雅巳も息を漏らす。美しい造りだった。
「早く、早く」
雅巳の袖を引っ張り、啓太が嬉しそうな声を出す。雅巳は何も言わず、後を追うので、凛もついていく。
「ーいらっしゃ…、あら」
「姉さん!!」
啓太が嬉しそうな声を出す。目の前に現れたのは、美加と良い勝負になりそうな美女だった。ただ、美加は静の美女としたら、彼女は動の美女のようだった。髪は最近の流行りなのか、簪が美しく飾り、いかにも高級感溢れる、身だしなみだった。雅巳と並ぶと美男美女である。
「ーすごい。この人が…」
緊張気味に凛は啓太の姉を見る。押しだされそうなパワーに何とか足を踏ん張ってこらえる。茶館の中は賑やかで、笑い声が広がっていた。
ーこれが茶館。
初めて訪れる場に、ますます緊張が高鳴る。啓太が雅巳を引っ張り、「これが俺の姉さん、周麗って言うの」
「ー周麗と申します」
美しい仕草で一礼してきた。育ちは良さそうだった。啓太は嬉しそうに雅巳を紹介する。
「こちら、雅巳さん。姉さんの婚約者になる人」
「あらまあ」
白い手を口元にあて、目を丸くする。かわいいしぐさに、凛も男だったら、やられるところだと胸元を押さえる。
「玉雅巳と申します。こちらは」
「ブスはいいの」
啓太がべえっと舌を出したので、凛はカチンと来たが、何とか怒りを抑えた。雅巳は落ち着いた様子で言う。
「婚約の話なのですがー」
「ここでは何なので」
麗が1席用意させる。椅子も卓も一流の木材を使っているのか、良い香りがした。デザインも見事である。
「4人分お茶を」
「はい」
女給に言い、麗が座るように促す。凛たちは大人しく従い、椅子に腰をかける。座り心地の良いものだった。
ーさすが、周家だわ。
細かいところまで手を抜かず、素晴らしいものだった。凛の家とは大違いである。
「それで、お話とは?」
麗が鈴のような声で言う。出された茶は花の香がし、茶菓子は果物を干したものだった。
「はっきり言います」
膝の上で拳をつくり、雅巳がはっきりと言う。
「婚約の話は無しにしてください」
「…。まあ」
「えー」
姉と弟で違う声を出した。啓太はどうやら雅巳を気に入ったようだった。麗が一口茶をすすり、言う。
「そうですわね。困りました」
「どうかよろしくお願いいたします」
軽く頭を雅巳がさげたのに、凛は少しびっくりする。家柄の違いなのか、雅巳が下手に出てるのが、珍しかった。
「申し訳ございませんが、私もよく存じませんで」
「姉さん」
「こら、啓太。ちょっと黙ってなさい」
「はーい」
啓太はつまらなさそうに椅子を傾ける。
「あなたもよく知らないので?」
「はい。驚いているところです」
長い指を組むと、麗は静かに微笑んだ。
「家同士の話し合いですので、私としては何とも」
「それはそうですよね」
雅巳も静かに返す。凛は口をはさめず、手をもぞもぞと動かしていた。
ー断られそうね。
少し安堵する自分にびっくりし、首を横に振る。雅巳なんかどうでもいいという自分とそうではないとう自分がせめぎ合って、複雑な心もちだった。
「私としても早いお話だと思いますし」
「そうですよね。それを聞いて安心しました」
雅巳が立ち上がったので、凛も急いで立ち上がる。麗が少し目を細め言ってくる。
「お帰りですか?」
「はい。仕事があるので」
雅巳はそっけなく言うと、歩き始めた。凛も遅れないように「失礼します!!」それだけ言って後を追った。