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【2】

「ーで、うちまで連れて来たのね」

そう言い、ため息を吐いたのは甘味処の流美加だった。秋の虫の鳴き声がして、客はまばらだった。

「すみません。…ほら、座れ」

雅巳が長椅子の1つに少年を座らせる。少年はかわいい顔をぶすっとさせたまま、黙っていた。

「美加さん、これ」

凛が持っていたろうそくなどを美加に渡す。雅巳が少年を捕らえているので、凛が代わりに持っていたのだった。

「ありがとう、凛ちゃん」

美加は受け取ると、長椅子の1つにそっと置いた。

「聖也が喜ぶわ」

「…。聖也」

彼のためだったのかと思い、凛は寂しそうに呟く。聖也は凛の幼なじみで、先日、馬車にひかれて、亡くなってしまったのだった。

ー聖也、見てる?

涼しい顔が吹く中、凛は空を見上げる。秋を知らせるように、トンボが優雅に飛んでいた。

「さてとー」

美加はそう言うと、座らせた少年を前にする。少年は美加の美貌に驚いたように、凝視していた。

ー美加さん、いつ見ても綺麗だものね。

聖也がいなくなって以来、少し痩せたままだが、凛に比べれば月とスッポンだった。ブスと言われたことを思い出し、「そんなに、美加さんを見るんじゃないわよ」と釘をさす。少年は頭にきたのか、ぶすっとした口調で返してくる。

「うるさい、ブス」

「何ですって!?」

掴みかかろうとしたのを雅巳が止める。

「やめろ」

「でも…」

唇を噛んで悔しそうにすると、雅巳が意外なことを言ってくる。

「お前、ブスじゃないし。ダイエット、頑張っているもんな」

「それは…」

まだダイエットは続いていた。一応、適性体重に近づいたのだが、リバウンドするのが恐ろしく、一生懸命頑張っていた。

ー雅巳さんがブスじゃないって言ってくれた。

少し、心が軽くなり、嬉しくなった。美加が追加で言う。

「凛ちゃん、頑張っているものね。だいぶ細くなったし」

頭をポンポンと撫でてくれる。凛は嬉しくなって、笑みを浮かべる。

「太いって言って悪かったな」

何を思ったのか、雅巳が急に謝ってきた。このタイミングで詫びてくるかと凛は驚くのだった。

「あの、それはー」

一番欲しい言葉だった。あの雅巳が謝ってきたのである。

ー雅巳さん、少し変わった?

何か悪いものでも食べたのでは疑うが、ドキドキは止まらない。しかし、雅巳は凛から少年へと顔を向ける。

「お前、名前は?」

「…。ふん」

ふてくされたように言い、少年は顔を背ける。だが、雅巳は許さない。

「早く言え」

「…。言わなくても良いだろう?」

「駄目だ、答えろ」

「…」

少年の口は固く、なかなか言わない。

「お茶でも持ってくるわ」

美加が気をきかせ、奥へ向かう。少年の視線は彼女に口づけだった。

「…、あの人綺麗だ」

ぼそっと呟いたのを凛がひろう。

「当たり前でしょ? 美加さんが美人なのは有名なんだから」

そう言い、ふと思いつく。美加のことを知らないということは、ここら辺の住民ではないということに繋がる。試しに聞いてみる。

「あんた、ここら辺の人間じゃないでしょ?」

「お前には答えない」

「何ですって!?」

キーっとヒステリーを起こす。どうも相性が悪いようだった。本当に雅巳といい、調子が狂う人間である。

ーでも、謝ってくれた。

少年と顔を突き合わせる雅巳を見、心の中が温かくなる。彼もここでもまれて、良い風に変わったのかもしれない。そんなことは知らず、雅巳はずいっと体を前に出す。

「早く言え。役所に言って突き出されたくなかったら」

「それは…」

少年はふいっと顔を横に向ける。ほかの客も興味があるのかこちらを見てきたが、凛たちは気づかないふりをした。

「早く言ったほうがあんたのためよ」

「それはそうだ。早く言え」

「…ったく」

少年は舌打ちをすると髪をかく。どうしても言いたくないようだった。

「困ったわね、そんなに秘密にしておきたいの?」

美加が盆に茶碗をのせ、戻ってきた。優しい口調で言う。

「何で言わないの?」

「それは…」

茶碗を受け取り、少年は一気に飲み干す。手巾を出し、口元を拭うと

「美味しいお茶だった。ごちそうさま」

美加に礼を言ってきた。美加も驚いたのか、目を丸くさせたが、黙っていることにしたらしい。

「早く言え。じゃないと」

雅巳が手を伸ばし、何かしようとする前に少年は慌てた様子で言ってくる。

「分かった、言うよ」

「それでいい」

雅巳は満足そうに言い、少年を真っ向から見つめる。凛も黙って聞くことにした。

「僕の名前はー」

唇を何度も舐め、少年は覚悟を決めたようだった。

「周啓太だ」

「周啓太? …待てよ」

心当たりがあるのか、雅巳は美加を見つめる。美加も驚いたように口を開いた。

「何? 知っているの?」

雅巳に聞くと彼は答える。

「周家と言ったら、有名な商家だ。なあ、美加さん」

「ええ。…本当に周家の人間なの?」

「疑うのかよ」

「そうじゃないけれど…」

美加は頬に手を当て、考えたように言う。

「あの周家の子なんて…。今は学生?」

「ああ、科挙の勉強中だ」

面白くなさそうに周啓太が言う。凛は慌てて質問する。

「そんなに凄い商家なんですか?」

市場に働いている清なら知っているかもしれなかった。

「そんな人間が何だってハサミを万引きしようなんてー」

「良いだろう、別に」

ふんと鼻を鳴らし、啓太はつまらなさそうに言う。代わりに美加が教えてくれる。

「周家はね、西側では大きな一族なのよ」

「へえ、そうなんですか?」

「そうなのよ、それで…」

少し困ったように美加が言う。周りの客を気にしているようだった。

「どうしたんですか?」

確かにいつもより少ない客を見、凛が問う。美加は覚悟したように答える。

「実は最近、周家が茶館を西側で営業し始めてね」

「茶館?」

凛は驚いたように言う。茶館と言えば、お茶を飲むだけではなく、情報交換や友好を温める、一種の高級店みたいなものだった。それで思い当たる。どうりでいつもより客が少ないはずだ。

「厄介ですね」

「厄介というか、困っているのは、確かね」

美加がほうっと息を吐き出す。どうしたら良いか困っているらしい。

「周家の跡取り息子なの?」

「…。一応は」

美加だけには素直に答えるようだった。雅巳は腕を組み、困ったように言う。

「さすが役所には突き出せないな」

「そうなの?」

凛が驚いたように言うと、啓太は舌を出してくる。

「ブスは黙ってろ」

「また…、この子は全く」

生まれもった顔をブス扱いされるのは頭にきた。確かに雅巳や美加に比べれば劣るほうだが、一応は普通の顔だと自負していた。

「こら、謝りなさい!!」

「ごめんなさい」

美加の命令に啓太は大人しく従った。腹が立っているのは凛だけのようだった。

「罪は罪よ。やっぱり役所に突き出したほうが…」

「ハサミを持って見ていただけだ。それ以外の何ものでもない」

つんけんどんに言ってきたので、凛のボルテージは上がる。

「あのね…。あんたには安くても商品は商品なの。盗んだら、終わりよ」

雅巳よりも頭にくる性格だった。凛は許せないと意気込むが雅巳と美加は違うらしい。

「本当に盗むつもりだったの?」

「それはその…」

「正直に答えなさい、啓太くん」

「…。分かりました」

そう言うと啓太は何度か伸びをし、こちらを見てくる。特に雅巳を見つめてくる。

「何か…?」

「いや、それが…、その」

「はっきり言いなさい!!」

凛が怒って言うと、啓太はむっとしたような顔つきになった。

「お前には言いたくない」

「あのね」

「いいから、黙ってろ」

雅巳に怒られ、凛は口を塞ぐ。少し沈黙が訪れる。あまり日差しは強くないが、こうしていると長閑な1枚の光景だった。

「言え、何が目的だ」

「それがー」

啓太は唾液を飲み込み、雅巳を見つめる。

「何だ、俺に用があるのか?」

「そう。あんただ」

迷わず啓太が言ってきた。凛と美加は聞き漏らさないように耳を澄ます。

「実はー」

「実は?」

啓太は天を仰ぐとこう言ってきた。

「玉雅巳、あんたを見に来たんだ」

「どういうことだ?」

「それがその…」

唇を何度も湿らせ、啓太がついに告白する。

「ーあんた、姉さんの婚約者なんだよ」

「…。は?」

驚いたのは3人共だった。爆弾発言である。

「ちょっと、ちょっと待て。俺はそんな話は聞いてないぞ」

「最近、決まったことだしな」

「婚約者? はあ?」

万引きからどうやったらその展開になるのだろうか。

「あー、すっきりした。そういうわけでよろしく」

1人納得しているのは啓太だけである。しかも、宣戦布告してくる。

「あんたに、姉さんはやらないからな」

「はあ?」

いつもクールな雅巳もついていけないようだった。ことが現実的じゃなさすぎて、困っているようだった。

「俺はそんな話知らないぞ」

「姉さん、お茶をもう1杯」

すっきりした表情で啓太は美加はねだる。美加も驚いたようで、言われたとおりに動く。

ーどうなってるのこれ。

凛は頭が痛いとばかりに、天を仰いだ。

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