緑の手って、こんなんだっけ?3
あくまでも1話完結方式なので短編扱いですが、3話目です。
同タイトルの1話と2話を読まないと、話がわからないと思いますので、お手数ですがそちらからご覧いただけますと幸いです。
私ことレティシアは、前世の記憶のある転生者で。
私の死に様で大笑いした自称神様だという声の主にお願いして『緑の手』を転生特典にもらった。
一瞬だけ、チートを! とも思ったが、ラノベ主人公みたいに目立って波乱万丈な人生は嫌だった。
そうして悩んで選んだのが『緑の手』で。
朝顔すら茶色く枯らしてしまうぐらい緑と相性の悪かった私は、密かに叶えたかったほんのささやかな願いを口にしたつもりだった。
そして、生まれ変わった先は異世界だったが、家族にも恵まれてとても幸せに過ごしている。
けれど私が説明下手だったせいか、貰った『緑の手』は何かちょっとおかしいかも? それもあって、私の生活は少し平穏からは遠ざかりつつある。
でも、私は今とーっても幸せなので、自称神様には感謝している。
たまーに、死に様を大笑いされた事を思い出して、イラッとはしちゃうけれど。
●
色々すったもんだあったけれど、すっかり元気になった魔狼の子は、国王陛下の許可を得て我が家の家族となった。
私がつけた名前はセレスト。
やんちゃ盛りの男の子だ。
名前をつけた事によって、何となく意思疎通出来るようになった気がする。
あくまでも何となくなんだけどね。
昔語りの中に出てくるような希少な存在である魔狼なんて飼う事になったら、色々干渉されそうだなと覚悟していたけれど、今のところセレストに関しては静かなものだ。
まぁ、まだまだセレストは子供で、大型犬の子犬って感じだから、様子見をしてるのかも。
静かな一番の理由は、お母様の兄──つまりは私の伯父様にあたる国王陛下の圧力のおかげなんだろうけど、幼女の私にはよくわからないという体で日々過ごしている。
これも平穏無事に生きていくために必要な処世術だ。
私がお庭でセレストと戯れていると、猫耳をぴこぴこさせながらやって来た私専属のメイドであるコラリーから、
「レティお嬢様、またあの方が……」
とこの平穏な時間の終了を告げられる。
「えぇ〜……」
「レティお嬢様、お気持ちはわかりますが……」
思わず心の声を全力口から出してしまい、苦笑いしたコラリーからやんわりとたしなめられる。
「もう! わたしはただのようじょなのに、どうしてわかってくれないのかしら」
ふんすと鼻息荒く言い放った私を真似たのか、足元でセレストもふすーっと鼻息を吐いている。
可愛いの塊みたいなセレストの行動にはほっこりしたが、コラリーがやって来た原因である『あの方』の存在を思い出して少し気が重くなる。
その原因の話は先日の王都へ遡る──。
先日、思いがけず王都へ向かい、国王陛下に謁見してしまった幼女な私だったが、一応そこでの話はほぼ問題なく終わったのに……。
帰り際に油断した私は、トイレに行って道に迷ってしまい、廊下で倒れていた人を見つけてしまった。
苦しそうな様子を見たら放ってはおけず、少しでも苦しみを取り除けたらと頭を撫でてしまい……。
しでかしてから、頭痛に手当てって効果ある!? とかは思ったけど、少しだけ表情が和らいでたから効果あったのかもとは思ったんだけど。
その後、思わず逃げ出しちゃった私は、さらに迷子になって大泣きして、最終的に高熱を出して、そのまま自宅へと帰還する事になった。
そのおかげで帰り道はお尻の痛みと戦わなくて済んだけど、帰ったら心配していたお母様に私はちょっとだけ怒られた。その後、たくさん抱きしめられたから、相当心配させちゃったんだと思う。
ちなみにお父様の方はガッツリ怒られていたのは知ってるけど、お父様の名誉のために気付かないフリをしておいた。
なんて感じで、ちょっと怒られたりはしたけどお母様もセレストを家族として受け入れてくれたので、これからは仲良く平和に暮らしていけるね、と思っていたのに……。
「おい、聞いてるのか? おチビ」
淑女の私に対してそんな失礼な呼び方をしてくるのは、かろうじて青年と呼称されるような年頃の男性だ。
もちろん、今の私よりは年上で、悔しいけどかなりイケメン。
けれど、いくら幼女でロリロリしてるからって、年下の女の子を『おチビ』呼びしている時点でだいぶマイナスだよ。
まぁ、淑女な私は寛大な心で許してあげて、闖入者を見上げてにっこりと微笑んでみせる。
「ロンダンさま、わたしのなまえはレティシアですわ」
チビって呼ぶんじゃねぇよと言外に含ませて。
そんな私に、ロンダンという名を持つ青年は、ニヤリと口の端を上げて肩を竦めてみせる。
「はいはい、可愛い可愛いおチビちゃん」
こんなからかうような言い回しをしながらも、私を抱き上げる手は丁寧で、間近で私を見る眼差しは優しいのだ。
だから、どうしても嫌いになれない。
●
ロンダン様との初対面は、あの廊下の一件で、交流はそれだけだったのだけれど、まさかあの状態で私をきちんと認識していて、押しかけてくるなんて思わなかった。
そんなロンダン様との二度目の出会いは、突然だった。
胃の痛みを堪えているような表情のお父様と、楽しそうにくすくすと笑うお母様という両極端な二人に挟まれて現れた時、私はあの時の人だってわからなかったぐらいなのに。
私がロンダン様をあの時の人だとわかったのは、私の前で膝をついて視線を合わせたロンダン様が、自己紹介より前に悪戯っぽい笑顔でこう言い放ったから。
「あの時の『手』はお前だな、おチビ」
言葉と共に私の手を握った手は、貴族っぽい青年の見た目に似合わず複数のマメがあって、某アニメのお姫様なら「働き者の手」と誉めそうだとズレた事に驚いていたら、発言に対する反応が遅れてしまった。
ぱちぱちと瞬きして目の前の青年を無言で見つめていると、うふふふと笑い出したお母様がやっと青年の事を紹介してくれた。
「可愛いレティ。この子はロンダンよ。お兄様の一番上の息子だから、レティの従兄にあたるわ」
「……いくら従兄でも、初対面の女性の手を許可なく握るものではないよ」
楽しそうなお母様の横で、お父様も微笑んでいるんだけど、目が笑っていない。
お父様、そこまで心配しなくても私はまだ幼女なのに。
これは私の結婚相手になる人は、ちょっと大変そうかも。
って、そんないつかわからない未来の事より、こちらも自己紹介しないととハッとした私は、私の手を握ったままの従兄へ微笑みかける。
「レティシア・リュコスともうします。はじめまして、ロンダンさま」
従兄である相手へ尊称は何にすべきか一瞬悩んだが、お母様のお兄様の息子という事は、つまり国王陛下の息子──うん、王子だよね。
尊称は『様』一択! ここでお兄様とか可愛らしく呼んで、妙なフラグとかはいらない。
王子とか殿下とかも、これまた違うフラグ呼び込みそうなので、無難な様付けが平和で良い。
私は平穏に家族と生きていきたいだけなんだから。
「可愛げがないな。公式な場ではないんだから、お兄様と呼んでも良いんだぞ?」
少年っぽい顔で悪戯っぽく提案してくるロンダン様に、私は何もわかっていない幼女っぽい顔を心がけてこう返す。
「まぁ! わたしのおにいさまは、ルトおにいさまだけですわ。ほかのかたをおにいさまなんてよびません」
私がふいっと顔を背ける拗ねたフリ付きで答えた瞬間、屋敷の方からぐふっという謎の音というか声みたいなのが複数聞こえた気もしたが、お父様もお母様も何も反応していないので、私の聞き間違いだったみたい。
「そうね、レティのお兄様はラインハルトだけよね。ロンダンは、そのままの呼び方で構わないと思うわ」
ロンダン様が自身の呼び方に関してさらなる文句を言えないよう、お母様がサラッと釘を刺してくれたので、この会話はこれで終わりだ。
恥ずかしさを堪えて拗ねたフリまでした甲斐があったと思う。
「まぁ、呼び名は後々どうにかするとして、俺の頭を撫でてくれたのはおチビだろ?」
気を取り直した様子のロンダン様は、確信があるのか真っ直ぐに私を見つめて、先ほどと同じ問いを繰り返す。
ここは素直に撫でた事だけを認めて、幼女だからわかりませーん作戦で行くしかない。
「はい。しつれいかとはおもいましたが、くるしそうだったのですこしはらくになるかとおもって……」
撫でちゃ駄目でした? 的な雰囲気を漂わせながら、私は首を傾げてロンダン様を見つめ返す。
実際、私は頭を撫でただけで、何か起きるはずなんてない…………よね?
自信を持って言い切れないのは、少し前から私の周りで起きている異変のせい。
その異変の一つであるセレストは、私の緊張を感じているのか足元にピタリと寄り添ってくれ、ロンダン様を窺うように見ているようだ。
「いや、責めるつもりで探していたんじゃない。俺に何かしてくれたのかと聞きたかったんだが……」
ロンダン様はそこで言葉を濁し、そっと繋いでいた手を離して、私の頬を指でちょんっと軽くつついてくる。
「本人がわかっていないようだな、この分だと……」
独り言のようにそう呟いたロンダン様は、ちらりと意味ありげな視線をお父様とお母様の方へ向ける。
疑いは晴れなかったけど、とりあえず『私幼女なのでわかりませーん』作戦は成功したと思ったのに……。
次の日も。
その次の日もロンダン様はやって来て。
その度に私を抱っこして、とりとめのない話を幼女な私相手にして去っていく。
そして、本日もやって来たようだ。
「またきょうも……」
最初はお淑やかにしていたけれど、偉ぶらないロンダン様の話しやすさもあって、三度目にお会いした時はすっかり気安く話せるようになってしまっていて。
抱っこも三度目から許してる。
だから遠慮なく、また今日も来たのですか、と言いかけた私だったが、やって来た相手の思いもよらぬ顔色の悪さに言葉を途切れさせて、気付いたら駆け寄ってしまっていた。
「ロンダンさま、おかげんがわるいのですか!?」
視線を合わせる為ではなく、力尽きた様子で芝生へ膝をついたロンダン様を慌てて支えようとするが、もちろん非力な幼女に成人男性を支えるのは不可能な訳で。
それでも何とか……というか、ロンダン様が何とか持ち堪えてくれたので、潰されずには済んだ。
倒れる事態は避けられたが、ロンダン様は明らかに具合が悪そうだ。
「コラリー、おとうさまかおかあさまをよんで!」
「はい!」
私の声を受けて、弾かれたようにコラリーが駆け出す。
これで両親のどちらかがすぐ来てくれるはず。
「ロンダンさま、すぐはこんでもらいますから、すこししんぼうしてくださいね」
私の声に対して、ぐぅっと呻く声で応えるロンダン様。
セレストも心配そうにロンダン様を見ていたが、私を見て何か言いたげに首を傾げている。
「セレスト、あれはぐうぜんだったんだよ?」
セレストの言いたい事がわかってしまった私は、苦しそうなロンダン様をちらちらと見ながら、そんな言い訳じみた言葉を口にする。
私だって、もしかしたら、という気持ちはある。
でも、それで本当に変化が起きてしまったら。
私の平穏は壊れてしまうかもしれない。
そんな私の迷いを見抜いているのか、セレストは私の手にぐいぐいと鼻先を押し付けて「わふん!」と一声吠える。
「そうだね。いまさらだよね」
ここで何もしないで後悔するより、出来る事があるならしてみればいい。
セレストに背中を押された私は、あの日と同じようにロンダン様の頭へ手を伸ばして、少しでも痛みが和らぎますように、苦しくなくなりますようにと願いながら撫でていく。
あくまで気分は、いたいのいたいのとんでいけーだけどね。
数分か……実は数秒か。
少しばかり緊張していた私にはわからない。
でも変化は訪れて。
ホッとしたような、落ち込んでしまいたいような、複雑な気分の中、明らかに顔色が良くなったロンダン様の閉じられていた瞼がゆっくりと開かれる。
「あぁ……やっぱりレティだったな」
ずっとおチビって呼んでいたくせに、ここで名前を呼ぶなんてロンダン様は本当に卑怯だ。
泣き笑いのような表情で伸ばされる手を避けられるほど私は非情にはなれない。
「……わたしは、ただなでていただけですわ」
でも、自分でもどうなってるか不明な能力を認めるなんて出来ないので、必殺技『私幼女ですからわかりませーん』を笑顔付きで披露しておく。
「それでも──ありがとう、レティシア」
明らかに信じてくれてない。
けれど、ミーハ伯父様と似たよく似た優しい笑顔でそう言ってくれるロンダン様を私は嫌いになれないので。
また同じ事が起きたなら、私はきっとロンダン様の頭を撫でているのだろう。
私に出来る事があるならと、結局厄介事に巻き込まれて、何かをしでかしてしまうのかもしれない。
自称神様がくれた『緑の手』で。
でもでも、自称神様とまた話せたなら、これだけは言いたいという事が一つだけある。
──緑の手って、こんなんだっけ? って。
いつもありがとうございますm(_ _)m
書きやすくて好きな主人公なので、たまにちまちま書き進めて、キリ良い所まで書けたので投稿します。
感想などなど反応いただけると嬉しいです(*^^*)