2 そういう街なの、この街は。
「……一体何者なの?」
赤髪の女が警戒心をあらわにしながら、銃口を俺に向ける。俺は思わず後ずさった。
「いや、俺にも何が起きたか分からない……」
必死に弁明するが、彼女の目は鋭さを増すばかりだ。後ろに控える男たちも警戒を解いていない。状況を何とか説明しようと口を開くが、まるで凍りついたように言葉が出てこない。
「魔導銃の弾丸を無効化できる能力……か」
魔導銃? 能力? この世界ではそれが当たり前なのだろうか。俺のいた世界ではありえない言葉が飛び交い、異世界転生という可能性に心臓が鼓動を早めていく。
赤髪の女が一歩、二歩と近づいてくる。その目は、獲物を狙う猛禽のように鋭い。
「あなた、名前は?」
「な、名前? 青木……青木海斗だ。お前は?」
「カイトね……。私はアリス。こいつらはリストとグレン。ところで、さっきの銃弾が消えたのは、カイトの能力によるものかしら?」
「能力? いや、本当に分からないんだ。俺、ただ普通の大学生だっただけで……」
「自分の能力知らないの?ふむ……仕方ないわね。グレン、能力鑑定紙を買ってきて」
アリスが命令すると、グレンと呼ばれた男が無言で頷き、足早に路地を去っていく。
数分後、グレンが戻ってきて薄い紙の束を差し出した。その紙には複雑な紋様が浮かび上がっている。
「これが能力鑑定紙よ。短刀を使って少しだけ自分の血を垂らして」
短刀を渡され、恐る恐る指先を切る。血を一滴垂らすと、鑑定紙の模様が淡く輝き始めた。
「……おい、なんだこれ?」
紙が突然、ぼろぼろと崩れ落ち、灰のように消え去った。アリスの表情が険しくなる。
「こ、これって……無能力なのか?」心配になり、俺はアリスの顔を伺う。
次の瞬間、アリスが手を振り下ろした。手刀が俺の首元を捉え、視界がぐらりと揺れる。
「え、ちょ……なんで――」
俺の言葉は途中で途切れ、意識が闇に沈んだ。
「アリスさん!カイトさんが起きましたぁ!」
元気な声が耳に飛び込んできた。目を開けると、少女が俺を覗き込んでいる。
「ここは……? 彼女は誰?」
混乱する俺に、奥からアリスが現れる。
「ここはクリスティアファミリーの本拠地よ。彼女はキャリー。医療部の見習いヒーラーよ」
「どうして俺を気絶させて本拠地まで連れてきたんだ?」
俺の問いに、アリスは黙ったまま、新しい能力鑑定紙を見せてきた。先ほどとは違い灰にはならず、その上には、うっすらと文字が浮かび上がっている。
「『魔力音痴』……?」
「そう。あなたの能力よ。魔導銃や鑑定紙といった魔導具を無効化し、さらに魔力を使った攻撃を一切受け付けない。それが、カイト、あなたの能力」
「そんな……」
予想外の事実に、頭が混乱する。異世界転生チートを期待していたけど、魔法を使えないなんて、そんなのチートどころか不便だ。
「でも、なんで俺をここまで……」
「それには理由が二つあるわ。一つ目は、あなたの能力が常時発動型で、意識がある間は鑑定紙さえ無効化してしまうから。気絶させなければ調べられなかった」
アリスの目が鋭く光る。
「そして、二つ目は……あなたを逃がさないためよ」
その言葉に、俺の体が硬直した。
「待てよ……逃がさないって、どういう意味だ?」
「理解しなさい、カイト。この世界の戦闘は魔導銃か能力が主流。そんな中、そのどちらも無効化する能力を持つ人間がどれほど珍しいか分かる?」
「珍しい、のか?」
「珍しいどころじゃないわ。あなたが今この街で外に出れば、良くて戦闘用の奴隷。最悪、殺されてネズミの餌よ」
「そんな……」
「そういう街なの、この街は。賄賂、密輸、売春、人身売買、殺人なんでもありの犯罪都市よ」
震える俺をじっと見つめ、アリスが続ける。
「だからこそ言うのよ。クリスティアファミリーに入らない? 我々はあなたを守る代わりに、あなたの力を利用させてもらう」
アリスの言葉は冷たいが、彼女の目には嘘がない。正直、外に出ればどうなるかも分からない俺に、選択肢なんて残されていなかった。
「分かった……その話、乗るよ」
こうして、俺は異世界でマフィア――クリスティアファミリーの一員となったのだった。