006)【不愛想】
「山下さん。建築技術部から、修正された図面が送られてきました」
璃子がPCの画面を見ながら告げた。
「了解。確認する」
璃子が来るようになって、プレゼンルームで仕事をする時間が増えていた。
山下が、璃子は物覚えが早く、意外と気の利く人材だと気付く迄に三日もかからなかった。
お嬢様として、甘やかされて育ってきただけでは無さそうだ。
「あと、何だか粗末な、小屋のスケッチ画もあるんですが」
「それは、地上に建てるダミー小屋の構想案だ」
行き先が古代文明のような、ほとんど未開の地の場合は、その時代の現地人が暮らしている家を模した小屋を地上に建てる。
雨風がしのげる程度の強度で良く、重要なデザインのほうを先に送ってきたのだ。
山下は璃子の眺めている画面を覗いた。
「これは、現地調査部に確認して貰ったほうがいい。犀川さんから、転送しておいて」
「分かりました。建築技術部の担当者もCCに入れておきます」
「助かる」
支店の核となるのは地下部分だ。
地下には宿泊施設の他、未来へ帰るための設備も設けられる。
「地下の建物は、ここのプレゼンルームに形が似てますね」
「地下はプレゼンルームと同じ工法で建設するから。建物の外郭となる曲面の駆体の構築には3Dプリンターを使う。3Dプリンターは曲面の構成に適しているんだ」
曲面とすることで、地下へ建設する場合は、地盤から受ける圧力を分散させるメリットも生まれる。
在来の工法で施設を建てるより、建築にかかる工期は短時間で済むし、必要な資材も簡素化出来るのだ。
「コンクリートを、プリンターで打ち出すんですか?」
「いや。打ち出す主な原料は、強化された土なんだ。他には、藁やセメントを混ぜている」
支店が必要無くなった時には『T・T・T』が開発した特殊な液体を噴霧すれば、数日で躯体を崩壊させ、土へ還すことが可能なのだ。
建物自体を未来へ持ち帰る手間もかからず、撤収するのは備品だけで済む。
残る問題は建設候補地だなと、送られてきた修正図面を確認しながら、山下は考えていた。
「建設場所は、決まりそうですか」
「候補地すら、まだ定まってない」
山下は苦々しい表情を見せた。
「支店建設でもっとも難点となるのは、土を掘り起こす、掘削の工程なんだ。掘削の規模は、なるべく少なく済むようにしたい。元々存在する窪地とか、高低差のある土地を利用するのが、理想的なのだが」
希望に合う候補地の発見に難航していた。
「技術開発部から、繊維の開発案について、承認の催促が来ています」
「ああ、あれか。了解。返信しておく」
「あと、本部への報告書の原案、打ち込み終わってますので、確認お願いします」
「了解」
「遥花さんと、小野木さんが来られます」
モニターに目をやると、バックヤードの扉を開けて、こちらへ向かって来る二人の姿があった。
「一緒に、ランチへ行く約束をしてるんです。山下さんも、一緒に行きませんか?」
「いや、俺は食堂へ行くからいい」
短く答えて、山下は自分のPC画面へ視線を戻した。
「山下さん。眉間に皺が寄ってるわよ」
小野木を引き連れて入って来た遥花が、山下をからかった。
「そんな怖い顔してると、璃子ちゃんに嫌われるわよ。山下さんの笑顔は、接客の時に全て使い果たされるって。璃子ちゃんが、嘆いているのよ」
「遥花さん、言っちゃダメです」
慌てる璃子の様子から、自分が璃子にどういう印象を持たれているのかを、山下は初めて思い知った。
「無愛想なほうが、真実の山下さんなの。完全な二重人格なんだから、気にしなくていいのよ」
遥花が璃子を慰める。
無愛想、二重人格と言われて、少しだけショックを受けている山下を気にする者はいなかった。
本人に自覚が無いとは、誰も思っていないのだ。
「山下さん、午後に、少しお時間をいただけませんか?」
小野木が真面目な顔を向けてきた。
「構わない」
小野木は先日ここを訪れた生野と同い年だ。
身長が高いという体格差も有るが、生野と比べると、自信に溢れているように見える。
三人が出て行った後、山下は洗面所へ向かい、しげしげと自分の顔を眺めたのだった。
ランチを終えてきた璃子が山下の顔を見るなり、キラキラした瞳で訴えて来た。
「来週の新月に、遥花さん達が旅立たれるんですよね?旅立ちの瞬間に、私も立ち会えないですか?」
璃子の真っ直ぐな視線が、山下は苦手だった。
いつか、この熱い視線に負けて、自分の中の何かが崩壊するのでは無いかという全く根拠の無い漠然とした不安が、何故か過る。
それほどの力が宿っていると感じてしまうのだ。
「建築技術部から、CAD入力のヘルプ依頼が来てるじゃないか。そっちに集中してくれ」
ぶっきらぼうに返すと、璃子はしゅんとして席へ戻って行った。
璃子をタイムトラベルのシステムへ触れさせるのは、まだリスクがあると考えていた。
自分の前世と、どのように折り合いを付けたのか分かるまでは、タイムトラベルの核となる部分に璃子を近付ける気は無かった。




