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002)【T・T・T】

室内へ移動した生野が、息を飲む気配がした。


ここは『T・T・T』の扱っているツアーを紹介する部屋だ。

小規模な映画館くらいの広さがある。


映画館のように、正面の壁へ向かって下がり傾斜の階段状の床になっており、四席の椅子を二列、計八席だけ、ぜいたくな間隔を開けて設けてある。

腰壁の上から天井はプラネタリウムのようなドーム型になっていて、スクリーンは無いが、白い壁と天井がスクリーンの役目を果たす。


「ここは弊社のプレゼンテーションルームです。どうぞ、お好きな席へお掛けください」


生野は山下に促されると、恐る恐ると言った感じで、端の座席へ腰を下ろした。

居心地が悪そうに天井や椅子に目をやっている。


『T・T・T』を理解して貰うには、この部屋を利用するのが、言葉で説明するより早いのだ。


「生野様。改めまして『T・T・T』へ、ようこそ」

山下は隣接した操作ルームへ入り、照明を落とすと、マイク越しに声をかけた。


「正面にご注目下さい。弊社が企画しております、ツアーの概要がご覧いただけます」


正面の白い壁面に格子状の亀裂が入り、縦横それぞれ三列に九つの、別々のグラフィック画像を映し出した。

メソポタミアのジックラドでの儀式、古代ローマのコロッセオで戦う戦士、修行する仏陀、モーゼが海を渡る場面など、全て古代の出来事に関する画像だ。


「座席の小机にある、青色のボタンの一つに触れてみて下さい」


小机には青色に優しく光る九つのボタンと、緑色と赤色に光るボタンが一つずつ見えるはずだ。

青色のボタンは壁面の画像と同じように、縦横に三列ずつ並んでいる。


生野は中央の光に指を当てた。

中央の画像はエジプトのピラミッドだった。


他の八つの画像が消え、中央の画像が大きく引き伸ばされた。


『ピラミッド建設』

重々しい男性の声でナレーションが始まり、それと共に、静止画が動画になった。


どこかの博物館の映像展示で流れるような、重厚なナレーションのバックには、雄大さを感じさせる音楽が流れている。


『現代の科学をもってしても、その建設方法は謎のままである。その謎を、あなた自身で確かめに行かれてはどうでしょうか。T・T・Tツアーでは、三大ピラミッドの内、クフ王が建設したとされている、最も大きいピラミッドの建設現場へご案内いたします』


映像には粗末な布を腰に巻いた男達が、建設中のピラミッドのほうへ、石灰岩を移動させていく様子が映し出されている。

ゲームなどに用いられている3Dグラフィックスのリアルな動きだ。


天井には照り付ける太陽と青空が広がり、青空は前後左右の映像へ繋がっている。

右手の壁には砂漠、左手の壁には遠くにナイル川が流れている様子が描写されており、ドーム内にいる者は三六○度、古代エジプトの風景の中にいる間隔を味わっているはずだ。


建設中のピラミッドの奥のほうに、さりげなく存在していたスフィンクスがクローズアップされると、スフィンクスの手前へ、ラベンダー色の髪をした三等身の女の子が歩いて登場した。


「こんにちは。私はリリーよ。このツアーの魅力はねぇ」

リリーだけわざと、古めかしい2Dの平面的な描写にしてある。

背景よりも浮き立たせるのが狙いだ。

着ているシャツの胸に書かれた『T・T・T』の文字で、胸の豊満さを強調している。


「何と言っても、ピラミッドの建設作業員として働けるところよ。だ、か、ら。体力のある男性限定のツアーなの。ピラミッドを造った人類の一人に、あなた自身が加わるのよ。すごいでしょ」

あどけなさの残る高い声を響かせ、リリーはウィンクをした。


「だからって女性の方、がっかりしないで。女性にお薦めのツアーも沢山あるのよ。エジプトだったら、クレオパトラ七世とユリウス・カエサルとの出会いの場面を見学するなんてのはいかが?興味のある方は三-Bを見てね!」

リリーはもう一度ウィンクして、ぼんっと音を立て、雲のような煙に巻かれて消えた。


『オプショナルツアーでは、ジェセル王の階段ピラミッドをご案内いたしております。完成から半世紀ほど経っておりますが、現在とはまた違った姿をご覧いただけることでしょう』

ナレーターは冒頭の男性に戻っていた。


山下は映像をそこで一旦停止させた。

薄い灯りを点し、ドーム内の様子をモニターで確かめる。


生野はぼんやりとしているように見えた。

しかし、生野の顔をクローズアップしてみると、信じられない物を見せられて呆然としている表情だと分かった。


「お気付きですね」

山下が優しく話しかけると、生野は身体をびくっとさせ、視線を左右へ彷徨わせた。


「私共は、タイムマシンの開発に成功しました」

そんなまさかと言う生野の声を、椅子に設けてあるマイクが拾う。


「私共がご案内する場所は、遺跡ではございません。リアルタイムの古代文明なのです」


山下が操作ルームから出て姿を見せると、生野が待ち兼ねたように尋ねてきた。

「『T・T・T』はタイム・トラベル・ツーリストの頭文字ですか」


「別にこだわるところではありませんが、正しくはタイム・トラベル・ツーリズムです」

この全く捻りの無いネーミングには、山下も普段から説明するのを避けている節がある。


「弊社はカルツァ・クライン理論から着想を得てタイムマシンを開発しました。カルツァ・クライン理論は多次元時空において重力と電磁場を統一させる理論です」

「多次元?電磁場?」

生野が眉間を寄せた。


「本当に、タイムマシンを?」

「タイムマシンの構造に、ご興味がお有りですか?」

「いえ、全く」

生野の答えに、山下は内心がっかりしていたが顔には出さなかった。


『T・T・T』を訪れる客の中で、タイムマシンの構造にまで興味を持つ者は少ない。

大学で物理学を専攻していた者が、昔の知識をフル活用して聞きたがることがあるが、稀だ。


興味を示しそうな現在進行形の物理学者は、民間会社が開発したタイムマシンなど、端から信用しないため『T・T・T』の客にはならない。


結果、タイムマシンの素晴らしい仕組みを説明する動画も、用意はあるが、披露する機会がほとんど無いのを山下は切なく思っている。


「古代文明や歴史に、ご興味は持っていらっしゃいますか?」

「古代文明も歴史も好きです。漫画で読んで、知ってる程度ですが」


「生野様には、七世紀のティカルへ行って貰いたいというのが、柳原氏の意向です」

「ティカル。マヤ文明の?」

ティカルと聞いて、すぐにマヤ文明が出てくるところで察するに、興味が有るという言葉に嘘は無いようだ。

山下は満足気に顎髭を触った。




生野達三人を見送った山下はタブレットを立ち上げた。


生野のデータファイルの『可』『不可』を選択する欄の『可』へチェックを入れる。

タイムトラベルの客として生野を認めたのだ。


備考欄に『受動的。意思が希薄。侮辱されることには、それなりに抵抗感があるようだが、好戦的では無い。他人のためには危険を顧みない傾向有り。アテンダントには、彼の自由を尊重しない者を推奨する。』と打ち込み、アテンダント部の責任者へデータを更新したことを通知した。


生野は、旅行先が現代ではない場所だと聞かされても、あまりストレスが無い様子だった。

むしろ、古代文明の活きた状態を体験出来ることに、少し感激もしていたようだ。


しかし、報酬のためとは言え、時代を越えて見知らぬ土地へ旅立つことへの警戒心が薄い理由は何故か。


生野は他愛ない世間話だと思っていただろうが、山下はプレゼンテーション後の生野との会話で注意深く探っていた。

他人に対して共感性が高く、他人を疑わないというのが、山下の受け取った生野の印象だった。


共感性に優れているのは素晴らしいが、そういう性格の者は簡単に他人へ同情する傾向もある。

それがいつも良い結果を導き出すとは限らない。


加えて、生野のように、やりたい、知りたいなどの欲求が乏しい者は他人の意見に流され易い。


次の行動を指し示すアテンダント=案内人には、ぶれない強い意識を持つ者が望ましいと結論付けたのだった。

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