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013)【幸せの、その先へ】

九月末の新月前日、遥花が生野と二人で帰国した姿を見た山下は、涙が溢れそうになるのを必死で堪えた。


検査施設に入った遥花へ連絡を入れると、既に早瀬部長が面談中だった。

そこに割り込む形で山下も参加した。


「では、小野木君とは会えなかったんだな」

早瀬が確認した。

「はい。都市の周辺から離れた場所の集落も回りましたが、捜し出せませんでした。申し訳ありません」


「いいんだ。苦労を掛けた。とにかく身体を休めてくれ。山下さん。お聞きの通りです」

「了解した。久谷さん、無事に戻ってくれて感謝してる」

「ご心配お掛けしました」

遥花の表情からは何も読み取れなかった。


小野木の抹殺命令は取り消されていない。

今後も、小野木が向かった以降のティカルへ行くアテンダントは、小野木を見付け次第、抹殺しなければならない義務が生じ続ける。

それはこの先もずっと、山下の心にのしかかる重石おもしになるのだ。




遥花が帰国した日の夜、山下は一人自宅で、久し振りにアルコールを飲んでいた。


管理職の自宅は一般社員の寮とは違い、一戸建てが割り当てられている。

平屋だが、一人で住むには広すぎる家だ。


『山下さんの家の前にいます』

璃子からメッセージが入ったのは、二本目の缶を開けようとしていた時だった。

何故、璃子がこの場所を知っているのか謎だったが、山下は取り敢えず玄関へ急いだ。


玄関のドアを開けると、家の前の駐車スペースへ車を停めた璃子が、車の脇に立っていた。


『T・T・T』を離れてから、まだ半月ほどしか経っていなかったが、もう何年も会っていないような気がした。

その間、山下が璃子のことを思い出さなかった日は無かった。


璃子に会いたいと、芽生えてしまったどうしようも無い気持ちを抱えていた山下は、璃子の姿を見た途端、自分を抑えることが出来なかった。


「遥花さんから、帰って来たって連絡をもらっ」

璃子が言い終わる前に、山下は璃子を抱き締めていた。


「山下さんのことが、気になって」

璃子は驚いていたが、山下の腕から逃れようとはしなかった。


「これは、親友としてのハグですか?」

違うと言いかけたが、山下の理性が待ったをかけた。


結局山下は、璃子からそっと離れてしまった。

「悪かった。どうかしてた」

「山下さん」

「こんな所へ来ては駄目だ。帰ってくれ」


このまま璃子と一緒にいたら、璃子の優しさに甘えてしまう。

愛せないと言ったくせに、璃子を都合のいい存在にしてはいけないと思った。


山下が家の中へ戻って、しばらくして、璃子の車が走り去って行く音が聞こえた。


この先はもう、璃子がここへ来ることは無いだろう。

それでいいんだ。




「旅の疲れは、幾分取れましたか」

山下はカウンター席に座った生野へ向かって微笑んだ。


生野は検査施設から今日退院する。

その前にと、山下へ挨拶に訪れたのだ。


帰国後の生野の瞳には、旅立ち前には無かった光が宿っていた。

頼りない印象も薄らいでいる。


身体の負傷が激しかったことからも、安泰な旅では無かったと見当が付くが、生野は何も語ろうとしなかった。


「久谷さんはどうしていますか」

生野が恐る恐るといった感じで尋ねてきた。


遥花の身体にも普段には見られない深い傷があった。

だが、遥花もまた口を閉ざしている。


「添乗員には旅の後、二ヶ月間の休暇を取らせています。久谷はいつものことですが、休暇の間の消息はわかりません」

山下はテンプレート通りに答えた。

旅の後はアテンダントに言い寄ってくる客も多い。


山下は思い切って、生野の反応を見ることにした。

「生野様も、もうご存知かと思いますが。久谷は、現地で行方不明になった後輩を捜していたんです。『T・T・T』の掟を破ってでも、絶対に彼を助け出すと、私に宣言して旅立って行ったんですよ」


生野は曖昧に肯いて顔を伏せていた。

両手を顔の前で組んで、表情を読み取らせないようにしているのが明らかだった。


やはりだ。

生野と遥花は、ティカルで小野木と接触したに違いない。

推測が確信となっていたが、客人の生野に対して問い詰める訳にはいかなかった。


その後、生野とどんな会話をしたか山下の記憶は曖昧になっているが、気が付くと生野を送り出していた。


生野と入れ替わりに遥花が現れた。

「生野君が来てたのね」


「黙っていてすみませんでしたと、君に伝えてくれと言っていた。久谷さんのことは消息不明だと言っておいたが、それで良かったのか」

「ええ。ありがとう」

言いながら、遥花はカウンター席へ座った。


「ここは盗聴されてない」

山下は静かに続けた。

「何があったか話してくれ」

「山下さんは知らないほうがいいわ」


「小野木君を見付けたんだな」

遥花は頷かなかった。


「生きていたんだな?」

「ええ」

山下はほっと息を吐き出した。


「小野木には、こっちへ帰る意思は無かった」

「久谷さんは納得したのか?」


「納得出来る訳ないじゃない。でも、住んでる場所は分かったんだから、少し前のサイクルで行けば、不意を突ける。眠らせて、現代へ連れて来ることも可能だと思ったの」

「俺に黙っていたのは、そうしないと決めたからなのか?」


「そうよ」

「何故」


「私達は成すべきことをしたって、生野君に言われたの」

「成すべきこと?」

遥花の考えを変えるほどの影響力が、あの生野にあったとは驚きだった。


「彼が言った、黙っていたことが関係しているのか?」

山下の問いに、遥花はいたずらっぽく小首を傾げて、どうかしらという顔を見せた。


「山下さん。私は『時の扉』が過去への旅立ちの扉だと思い込んでいたけど。行きも帰りも『未来への扉』だったと気付いたの」

そう言った遥花の表情は、すっきりと何かを削ぎ落とした顔付きだった。


「向こうで何があったんだ」

遥花が、自分の知らない何者かに変わってしまったような感覚に襲われていた。


楽しそうに、少しだけ笑って返す遥花を見て、山下はそれでもいいかと思った。

遥花が幸せそうだ。

こんな彼女を見るのは何年振りだろう。


「小野木のことよりも、山下さんは、自分の問題に決着を付ける時よ」

「何のことだ」

「しらばっくれてもダメよ。璃子ちゃんから、全部聞いてるんだから」

山下は自分の額に汗が滲むのを感じた。


「いい加減、自分の気持ちを認めなさい」

山下は自嘲気味に笑った。

「認めて何になるんだ。彼女と俺は、歳が離れ過ぎてる」

「やっぱり。そんなつまらないことを気にしているのね」


「数年は楽しく過ごせるかもしれない。だけど、その後はお互いに不幸が待っているだけだ」

「璃子ちゃんのほうは、とっくに覚悟を決めてるって言うのに」


「彼女にはすぐに、もっと相応しい奴が現れる」

「璃子ちゃんにとっての相応しい人は、山下さんしか居ないの」

山下は押し黙った。

遥花はそんな山下へ、慈愛に満ちた眼差しを向けた。


「あんな子とは、二度と出会えないわよ」

「知ってる」

「彼女にしか、山下さんの殻は破れない」

「知ってる」


「だったら、行って」

眉を寄せる山下を無視して、遥花はスマホを取り出した。


「ここに今、璃子ちゃんが居るわ」

遥花は山下のスマホへ位置情報を送信した。

それでも山下は動こうとしなかった。


「幸せになっていいのよ。山下さん」

祈るような口調だった。

「幸せの、その先を恐れないで。人との出会いに、偶然なんて無いの」


遥花も何かの気付きを得て変わり始めている。

山下は自分も覚悟を決めようと思った。

幸せの、その先に何が待っていようと、それもきっと自分にとっての学びなのだろう。


「ここを、任せてもいいか?」

遥花の温かい眼差しを背中に感じながら、山下は店を出た。

駐車場へ向かいエンジンをかける。


璃子に会ったら、まず初めに何を言おうか。

とにかく謝って、感謝を言って。

これから君と、たくさんの時を共有したいと告げる。

それから、愛していると伝えるんだ。


璃子はどんな反応をするだろう。

蛙化現象を起こさないだろうか。

その時は、取り縋って、思いっきり格好悪く振られてこよう。

そんな無様な経験が自分に訪れるかもしれないなんて、それもきっと、鉄壁の殻の中で暮らしていた、今までの人生より素敵なことだ。


もし、璃子が自分を受け入れてくれたら、その時は、幸せでいられる道を模索し続けていくんだ。

璃子と一緒に。


璃子が遥花と待ち合わせをしている店が見えてきた。


『未来への扉』か。

遥花の言葉が思い出された。

あの店の扉が、自分にとっての未来への扉になる。


自分は今まで現状維持の扉を開けることしか選択してこなかった。

気付きさえすれば、未来への扉はどこにでも、それこそ何の変哲も無い所に、幾らでも存在していたのだ。


車を停め、店の入口へと向かう。


期待と不安が入り交じり、胸が高鳴る。

そんな自分を許すことを、もう躊躇しなかった。

山下は未来へ向かって扉を開けた。

〈完〉

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