011)【葛藤】
次の週早々、小野木抹殺部隊の出発を見送り、気が抜けた山下は、椅子に座り込んで項垂れていた。
「山下さん」
突然声を掛けられた山下は飛び上がるほど驚き、目を剥いて振り返った。
「犀川さん、居たのか」
「ずっと、居ました」
「どうして、ここに居るんだ」
責める口調になってしまった。
今迄も、旅立ちの時の同席は許していなかったのだ。
「小野木さんの資料が必要になるかもしれないから、タブレットを持って来て欲しいって、言われて」
璃子が控えめに訴えた。
そうだった。
すっかり忘れていた。
「声を掛けるタイミングが無くて。すみませんでした」
「いや、こっちこそ悪かった」
璃子はタブレットを山下の前に置くと、足早に去って行った。
山下には、また一つ気掛かりが増えてしまった。
璃子は、タイムマシンのシステムを起動させてから、旅先の年代を設定するまでの手順を見てしまったのだ。
尚、間の悪いことに、今回の旅立ちの瞬間は抹殺部隊が、自分たちで出発レバーを引いて旅立って行った。
普段あまり意識している者は居ないが、出発の瞬間は『時の扉』内でも操作出来る。
つまり、システムを起動させた後で『時の扉』へ入れば、一人でも過去へ旅立てるのだ。
自分の前世を救うための手段を、璃子が手に入れてしまったことになる。
山下は頭を抱えた。
叫び出したい気分だった。
深夜、暗いモニタールームに人影が現れた。
人影はシステムの起動スイッチの場所を探しているのか、操作盤をスマホで照らしている。
しばらくして目的のものが見付かったのが、ほっとする様子で伝わって来る。
人影は少し躊躇っていたが、結局スイッチを押してシステムを起動させた。
幾つかのレバーを上げ下げしてから、年代をAD1430に設定した。
次に、人影が月日を入力しようとしたところで、山下は部屋の照明を点けた。
急に辺りが明るくなって、璃子は反射的に振り向いた。
「山下さん」
顔を強ばらせている。
「一回見ただけで覚えたんだな。残念だ。そんな優秀な人を解雇しなくちゃならないなんて」
話すのも辛いという感じに、山下の顔は暗く沈んでいた。
「待ってください。ごめんなさい。もうしません。解雇だなんて、言わないでください」
「いつ勝手に、過去へ行ってしまうか分からない人を、このままここで、働かせる訳にはいかないんだ」
とんでもないと言いたげに、璃子は瞼を見開いて首を振った。
「違うんです。山下さんが辛そうだったから」
息継ぎがうまくいかなかったのか、言葉を詰まらせた。
「俺を気遣って、過去へ行こうとしたのか?訳が分からないな」
山下は手近な椅子へ、疲れ切った身体を沈めた。
座ると、より一層疲れを自覚した。
この璃子の裏切りとも言える行いが、ここ数ヶ月の間で、山下の精神を一番削ったかもしれない。
「山下さんが辛そうだったから、遥花さんの旅立ちの時は、私がオペレーション出来たらと思って、練習してただけなんです」
必死な表情を見せる璃子に対して、山下は笑ってしまった。
「1430って、設定してるじゃないか」
もうそれ以上、嘘はつかないでくれと、祈るような気持ちだった。
「遥花さんの行く年代を覚えて来なかったから。仕方なく、思い入れのある年を設定しただけです」
言い訳にしか聞こえなかった。
肩を落とした山下は、両手で顔を覆って深い溜め息を吐いた。
「もういい。犀川さんも、久谷さんも。勝手にすればいい」
ようやく口から出た言葉は泣き言に近かった。
「山下さん。私は、犀川璃子を生きることに決めたんです」
璃子の言葉に、山下は少し顔を上げた。
「私は前世よりも、犀川璃子を大切にするって決めたんです。山下さんが、それに気付かせてくれました」
身を起こした山下は、それでもまだ茫然自失の状態だった。
「ジャンヌ・ダルクは精一杯生きたって、言ってくれました。だからもう、それでいいって思ってるんです。今度は、私が精一杯生きる番なんです」
その言葉が真実であったとしても、山下には受け止める気力が残っていなかった。
もう、どうでもよかったのだ。
「山下さん。私を信じてください」
『彼女のことは、信じてあげてください』
ふいに、山下の頭の中に小野木の声が響いた。
『ちゃんと、彼女の気持ちと向き合ってください』
確かに、今迄の璃子の働き振りからは、山下を欺いて、過去へ行くタイミングを狙っていたとは思えなかった。
「ジャンヌ・ダルクを救うのは、諦めたということなのか?」
「はい。あれはジャンヌの人生ですから」
「本当に練習してただけなのか?」
「そうです。山下さん一人で、いろんなことを抱えているから。私に何が出来るだろうって、考えてたら眠れなくなって。ここへ来てしまいました」
山下と璃子は無言で見詰め合った。
「信じてください」
璃子はもう一度懇願した。
漓子を信じるには、リスクしか残っていないと理屈では分かっている。
解雇するのも簡単なはずだ。
だけと、山下の心の奥底の声が璃子を解雇するなと叫んでいた。
山下は璃子を信じたいと思ってしまっている自分に戸惑っていた。
だから尚更、璃子を許すべきか迷った。
『彼女のことは、信じてあげてください』
この気持ちは小野木の影響だと、山下は無理に自分を納得させることにした。
「分かった。今回は、犀川さんを信じる。小野木君に感謝してくれ」
「それは、どういう?」
璃子の問いには答えず、山下はシステムの電源を落とした。
小野木抹殺部隊は、八月月初からの月のサイクルを目一杯使用したが、小野木を探し出すことも出来ずに戻って来た。
「部隊の荷物の中に、死体が入る大きさの物は無かった?」
遥花と同じ懸念は山下にもあった。
小野木の抹殺完了を、日本支部には知らせない可能性もあると思っていたのだ。
「注意して見ていたが、無かった。何よりも、消息も掴めなかったことに憤っていたのは、芝居じゃないと思えた」
遥花は取り敢えず安心したようだった。
「山下さんが送り込んだほうは?」
本部の部隊は、小野木が訪れた直後のティカルへ向かった。
その部隊とは別に、顧客の生野が訪れるサイクルの少し前へ、山下は部下を派遣していたのだった。
あくまでも、新店舗稼働の最終確認と称していた。
「小野木の手で、作成途中の地図が残されていたから、それを手掛かりに捜索したらしいが、ダメだったそうだ」
「じゃあ、私はそのエリア以外を捜索するわ」
「五年も経ってるんだ。あまり気負い過ぎるな」
「分かってる」
明日の新月、遥花はティカルへ旅立つ。
結局山下は、遥花を引き留めることも、自分の気持ちを託すことも出来ない葛藤を抱えたままだった。




