92:返却
「あと、ミネコさん、ここでペンだけを買うということは、すでにインクもお持ちですか?持ってなければ、セットでご案内出来ますが」
「そんなサービスもしているの?」
「はい。私たちもちゃんとした売買人なので」
「それじゃあ、お言葉に甘えて、一緒に買わせてもらおうかな。なんていっても、色はもう決まっているのも同然かな。歌を書き出すのは黒にしたいし、ピンクのペンに関しては、私のサイン用のペンにしたいから、このペンと同じ色がいいかな」
「わかりました。すぐにお持ちします」
ルーイさんは、また奥に引っ込むと、私がお願いした色のインクが入ったビンを2つ持って戻ってきた。
「ミネコさんがご指定された色をお持ちしましたが、お間違いないか確認して下さい」
……うん。問題ない。黒のインクと淡いピンク色のインク。これで間違いないね。
「はい。大丈夫です。間違いないです」
「それでは、代金ですが、用紙50枚で銅貨5枚、ペン一本で銀貨3枚、インクが1ビンで銀貨2枚ですので、金貨1枚と銅貨5枚ですね」
うっ、少し高い買い物になってしまった……。だけど、活動のため、仕方ないか。
ルーイさんにぴったりの金貨と銅貨を支払い、代物を受け取ったら、そのままアイテム袋に収納。
これだけあれば、なんとか活動の基盤にはなるかな。
それに、用紙が50枚で銅貨5枚なら、また追加しても問題ないと思う。これなら、アイドルっぽい私が完全復活ってところかな。まぁ、まだまだ観客は少ないから、まだまだ頑張らないといけないのはわかっているんだけどね。
そこからルーイさんと少し話をしてから、東の門の近くにある近衛兵の詰め所に行かないといけないことを思い出し、簡単に場所を聞いてから、そっちに向かう。
またこれが遠いのよ。初めて東の門に行くんだけど、北にあるギルドからまた広場のほうに戻ってきて、東に折れていく。そんな感じ。
いっそのこと、ダイヤになるように道を整備してくれたらいいのに。なんて思ってしまうのも事実。正直、同じところしか歩いていないけど、それで不満はないのかと思ってしまう。
北にあるギルドから歩いてだいたい50分くらいだったと思う。ようやくといっていいほど遠く感じた。
そして、付近は森に囲まれていて気づかなかったけど、パッと横を見ると、少し奥に大きな建物を見つけた。
もしかしてここが詰所?だとしたら、そうとうわからないところにあるよ。まぁ、ここが拘置所という可能性もあるわけだけど……。
ただ、ルーイさんは、わかりにくいところにあるって言っていたから、たぶん、ここで間違いないと思う。なんでこんなわかりにくいところにあるのかなぁ。なんて思いつつ、近くにいた近衛兵に声をかける。
「すいません。ここで盗られたものをあずっ買ってもらってるイシザキ・ミネコっていうものなんですけど」
少し引き気味に声をかけると、ぎろっとにらまれ、何歩か後ろに下がってしまった。
「イシザキ・ミネコ?……あぁ、ハイセンが言っていたあの件か。ついてきな、嬢ちゃん」
この前の人と違って、少し偉そう。ちょっと感じ悪いかも。なんて思いながらも、少量のお金が入ったアイテム袋をもらいにおじさん近衛兵についていく。
そして、案の定というべきか、ちらっと見えていた大きな建物に吸い込まれる。
「ちょっと不気味か?まぁ、仕方ねぇわな。東の森からほかの町で重罪を犯した輩が逃げ込んでくるから、ほかの場所より、警備を強化しているしな。それに、なにをしでかすかわからんやつを易々と逃がすわけにもいかないからこういう茂みの深い森の中に俺たちの詰め所があるんだ」
理由はある程度納得できた。でも、こんな茂みの中に隠れられちゃ、見つけるのが大変なんじゃない?って思ってしまうのは自然だろうか?
「まぁ、なんでもっと開けた場所に詰め所を作らないんだ?って話だろうけど、このほうが門を突破した奴らが油断して歩いてくるからさ。そこを捕まえるのさ。こんな屈強な近衛兵に取り押さえられたら、そう簡単には逃げられないさ。なんせ、いつも4人がかかりだからな。それに、東の森から逃げてくる奴らは、たいていヘロヘロになって門番のところに来るから、たとえ、突破したとしても、たやすく捕まえることができるのさ」
私、何も聞いてないんだけどなぁ。なんて思いながらも、たった5分の道のりも少し遠く感じた。
そして、大きな建物に入ると、男らしいにおいが鼻を突きさした。どうやら、女性がいなくて、体臭などを気にする性格はないらしい。思わず、「うっ」と声が漏れてしまった。
「そしたら、返却の手続きをするから、ちょっとここで待ってくれよな。担当の兵を呼んでくる」
大柄なおじさん兵は私に声をかけると、どこかに行ってしまった。そして、10分くらい待たされただろうか。ようやく1人別の近衛兵を連れてくると、「自分のやることはやったから持ち場に戻る」と言わんばかりにどこかへ行ってしまった。
「すいません、お待たせいたしました。預かりもの担当のヘレンと言います。今日はこちらのアイテム袋を返却ということで聞いておりますがお間違いないでしょうか?」
目の前に座った男性は、さっきとは違って物腰が柔らかい。店で接客をしていても評判になるくらいだろう。なんて思いながらも、ヘレンさんが持ってきていたトレーの真ん中に鎮座している私の財布兼アイテム袋を見る。
……うん。間違いない。アルテーノさんのところで買ったアイテム袋だ。
「また、空き巣に入られるとは災難でしたね。それではこちらの書類にサインだけしてもらえますか?」
そう言って、ヘレンさんから1枚の紙を渡される。そこには、「盗難被害に遭ったこの品物は、中身などなにひとつ異なるものはなく私の手に戻りました」とだけ書かれていて、その下に「アイテム袋」と書かれていた。
そして、ヘレンさんが指さした場所には、私の名前とサインを書く欄があって、その2つで受け取ったという証書になるみたい。
いろいろトラブルになるもんね。こういうのって。だから、返却のときは一番気を遣うんだろうな。なんて思いながら、私の名前と、昔から使っているサインを書き込む。
「はい。ありがとうございます。それでは、これでちゃんとミネコさんのもとに盗られたものが還りましたね。ご足労お疲れ様でした」
どうやら、たったこれだけのために、わざわざ歩いてきたみたい。私も私で馬鹿だなぁ。なんて思いながらも、広場まで戻ってくる。




