90:欲しいもの
「えっと、ミネコさん、でしたっけ?素敵なお歌をありがとうございます。うちの息子、この2日ですっかりとミネコさんにはまってしまったみたいでして、家でも「あのお歌が聞きたい」なんていって、言うことを聞かないんです」
うわっ、それはなんだか、逆効果になってしまっている気がする。さすがに申し訳ないな。
「あっ、文句を言いたいんじゃなくて、お願いなんですけど、私にもミネコさんが歌っている歌を教えてほしいなって思いまして……。それなら、いつでも息子と歌えるかなと思って」
あぁ、そういうことね。確かに、私だけのものにしているのももったいないな。
だけど、なんていうか難しいな。CDなんてあるわけないし、魔法で録音する技術なんてあるはずもない。あるとするなら、元の世界の技術しかなくて、この世界で通用するとは思えない。
そのこともあり、スピッカとスマホの存在は隠していて、どうやって音を出しているのかと聞かれたときは、私にしか使うことができない特別な魔法を使っていて、ほかの人が使おうとすると、耳が聞こえなくなるか目が見えなくなる。なんてちょっとウソをついている。
そんなウソがいつまで通用するかわからないけど、とりあえずその場しのぎって感じ。
……と、話を戻して。
「確かに、私も、音の魔法については、ほかの人が使おうとすると、失明したり失聴したりするので、教えらえませんが、子供向けの歌を歌っているのは、私も一緒に楽しんでほしいからなんですよね……。少し何か手がないか考えてみます。おそらく、今すぐにというのは難しいと思いますが、なにか手助けになるような何かができるように考えてみます」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」
それだけ言うと母親は息子を連れて去って行った。
ただなぁ。子供向けの歌を歌っている理由って、暇そうに私のパフォーマンスを見ている子どもたちの好奇心をくすぐって、興味を持たせ、楽しんでもらおうと思って始めただけ。
確かに、歌い継がれている2曲やそれ以外の子供向けの曲は私も小さいころからテレビを見て歌を聴いて育っている。
歌い継がれようとするなら、広まってもらわないと私だけが歌っていても意味がないな。
かとか言って、私、楽譜は読めても、譜面に起こしたり、曲を作ったりっていうのができないのよね。それに、絶対音感もないし、教えることはたぶん難しい。となると、一緒に歌って覚えてもらうしか手がないか。
となると、歌詞カードを作る?でも、どうやって?ペンなんて持っていないし、紙だって調達しないといけない。またメイランちゃんにいろいろ聞いて考えるか。
いろいろ考えていると、片づける手が止まっていたみたいで、しゃがんで木札とスピッカを持ったまま固まっていた。
思い出したかのように動き出すと、せっせとアイテム袋に自分の品を片付け、しれっとこの場から立ち去る。
なんだか、いつもより疲れた気がする。たぶん、それは、予定にいれていなかった〈パッヘルベルのカノン〉を踊ったせいだろう。とは思っているけど、途中の〈最終論争〉でも大きく動きすぎたことが原因のひとつだろうなとも思っているけど、何とも言えない。
とりあえず、メイランちゃんの宿へ先に行って、いろいろ聞いてみようかな。
……なんというか、メイランちゃんの宿に行くときって、たいてい何かを聞きに行っている気がする。ギルドに行くよりもこっちでいろいろ聞いていることが多い。こっちのほうが聞きやすいっていうのもあるかもしれないけど。
なんて思いながら、メイランちゃんの宿に到着。
中に入ると、パンを焼いているのか、いい匂いが玄関を支配していた。
「あら、ミネコさん、ご宿泊ですか?」
カウンターからひょこっと姿を現したと思ったら、入ってきたのが私だとわかったとたん、とてもうれしそうに身を乗り出して歓迎してくれる。
けど、残念ながら、今日も宿泊じゃないんだよな。聞きたいことがあったから来ただけ。
「それだったらとっても嬉しいんだろうけど、ごめん、違うの。またちょっと教えてほしいことがあってきたんだ」
「そうなんですね。もしかしてこの前言っていた電灯のことですか?」
「あっ、それは解決したの。ミドルウルフの魔石に切り替えて明るくしたことでね」
「ミネコさん、お金持ちですもんね。それくらいどうってことないじゃないんですか?」
ちょっとニヤニヤしながら聞いてくるメイランちゃん。なんだか、前よりも仲良くなった気がするのは気のせいだろうか。
「そんなことないけどね。まぁ、自分が快適に暮らすためなら、お金は惜しまないかな。おいしいご飯と、快適な自分の部屋は特にね。……って、そんな話をしに来たわけじゃないのよ」
もう少しでメイランちゃんのペースに引き込まれそうになっちゃった。私はメイランちゃんとおしゃべりをするためだけに来たわけじゃないんだよね。
「ものを書くときって、紙とかペンって使うよね?」
「はい。もちろんです」
「どこで手に入るかわかる?」
「えっ、あっ、はい。宿で使っているのは、少し高めの紙を使ってるからってお母さんが言ってました。それもギルドに買いに行ってます。たぶん、ミネコさんが宿泊の申し出をしたときに書いてもらったのがそれなんですが……」
……思い出せ~。もう半月くらい前の話になるか?この宿に流れ着いたのって、間違って召喚された翌昼だったと思う。
その時はまだ頭も正常に働いていなくて、どうすればいいか不安でいっぱいだったから、記憶もあまりない。ただ、ベッドがふかふかで温かったことは覚えている。
あ、待てよ。いろいろ思い出してきた。確かに、あの時、私の名前だけを書いた記憶がある。ほかにも書くところがあったと思うけど、なにもわからなくて、何も書いてないと思う。
話数調整の為、明日の更新はお休みいたします。
ご了承ください




